![]() |
|||||||
![]() |
|||||||
|
このコンテンツは、Adove GoLive6.0で制作しています。 | ||||||
![]() |
|||||
![]() |
|||||
|
|||||
|
||||||
![]() |
||||||
![]() |
||||||
|
||||||
![]() |
||||
| 白黒濃淡画像に色をつける処理。Pseudoカラー(疑似カラーと呼ばれる。) | ||||
![]() |
||||
![]() |
||||
|
||||
- 【最初の画像処理 - 米国NASAによる火星探査】 (2007.07.16)(2007.07.22追記)
- 世界で最初に大々的にデジタル画像処理を行ったのは、米国NASA(JPL)である。
- 以下、当時行われた画像処理プロジェクトを紹介したい。
- 画像処理プロジェクトは、火星地表面の撮影とその画像処理から始まる。
- ● デジタル画像
- デジタル画像処理を最初に開発したのは米国JPLであり、1965年のことである。JPLは、正式名称を Jet Propulsion Labs (= ジェットプロパルジョンラボラトリーズ)と言い、NASAの研究組織として惑星の探査研究を受け持っている。この研究所は、カルフォルニア工科大学が中心となって研究運営がなされている。当時、デジタル画像処理を担当した開発責任者は、クレイトン・ラボー(Clayton LaBaw、1935年〜、当時30歳)氏であった。クレイトン氏は、マリナー4号(Mariner 4)のデジタル映像転送システムの設計にも携わりカメラの運用責任者でもあった。
- ● 三億キロ彼方からの画像伝送
- NASAでは、1962年11月に火星に探査船を送るプロジェクトを立ち上げた。「マリナー4号プロジェクト」と呼ばれたものである。総予算は、1億2500万ドル(当時の円レートで450億円)であった。 当時、全米では火星に生物が存在すると深く信じられていて、大統領はじめ全米が火星の様子を探るこのプロジェクトに大きな関心を寄せていた。マリナー4号は1964年11月に打ち上げられて、翌年1965年7月に火星軌道に入り、地上高6,000kmから地表面を200x200画素の解像力で撮影を行い合計22枚の画像を地球に送ってきた。この画像は火星表面の1%にあたるものであった。200x200画素の画像は、1画素あたり1kmに相当する200kmx200km範囲の画像であったが、地球から撮影して得た画像よりも150倍も良い分解能を持っていた。
- このプロジェクトの技術的チャレンジは、(1)火星地表を鮮明な画像を撮影することと、(2)得られた画像をデジタル信号に変換して遠く離れた地球に送り届けることであった。遠く離れた宇宙空間で画像データを送受信する通信技術は、これに先立つ1962年、金星に送り込んだマリナー2号のデータ通信で採用され実証された「Phased Locked Loop = PLL」という通信方式で目途が立っていた。PLLは、宇宙通信史上画期的な技術発明であった。これは、送り手と受け手の両方が原子時計のような非常に正確な時計を持って同期をとり、同期に合わせて「0」と「1」のデータ情報を送るものであった。二つの信号しか送らない、まさにデジタル通信であった。この技術をラボー氏らは画像通信に応用した。ラボー氏の最初の仕事は、このプロジェクトを遂行するにはデジタル通信システムが絶対必要であることをトップの人たちに認識させることだった。普通のアナログ・ビデオシステムは、すでに探査機「レンジャー」に乗って月に飛び、あるいは「タイロス」衛星に乗って地球軌道を回っていた。普通に考えればアナログ方式で問題ないと考えるのが当然だった。しかし今回は、地球周回や月などと違って桁外れの距離である。テクノロジーのスケールをそのまま相似的に当てはめるわけにはいかなかった。デジタルのシステムこそが画像データの超遠距離伝送を高い忠実度で実現してくれる唯一のシステムであると考えざるを得なかった。
- 【ルナ3号 Luna 3】
- 宇宙から画像を送る試みは、マリナー4号が初めてではない。ソビエト連邦(USSR)が1959年10月4日に打ち上げたルナ3号は、月面の裏側を撮影して地球に画像を送ってきた最初の出来事である。マリナ−4号より6年も前のことである。このミッションでは、35mmフィルムカメラで撮影が行われ、衛星に積み込んだ現像機で自動現像を行った。そして、仕上がった銀塩画像をファクシミリのような機械(スキャナー)で読み取って衛星(ルナ3号)が月の表側に出てきたときに地球に送った。ルナ3号は、29枚の写真撮影を行ったうちの17枚の画像を送ってきた。人類が初めて見た月の裏側であった。当時は、デジタル信号の送信技術が確立していなかったので、フィルム画像を読み込むスキャナーの電気信号をそのまま増幅して地球に送信した。1画像を1000本の走査線で読み取ったと言われている。ルナ3号は、地球から月へ向かう軌道に乗って月の南極側から裏側に回り込み、40分かけて北極側を縦断する形ですり抜け月の裏側の70%相当を29枚の写真に収め、地球へ向かう軌道途上で撮影した写真を現像して地球に送信してきた。画像データは、地球に遠い距離の所では極めて低いデータ送信量で送信し地球に近づくにつれてデータ通信速度を上げたと言われている。Luna3号は、月と地球の周回軌道を回りながら地球に近づいた時に写真を送るという作業をしていたようで最終的に17枚の画像を送ってきた。10月8日に撮影された月の裏側写真は、10月18日までの10日間に渡って送信作業が行われたが、10月22日に交信が途絶えた。交信が途絶えたルナ3号は、そのまま周回軌道を重ね1960年4月頃まで生き延びてその後大気圏に落ちたと言われている。17枚の画像はアナログ信号であったので画質がひどく悪くノイズが多かったと言われている。ソビエトの科学者はこれを画像処理によってなんとかものになる画像にした。1960年当時、電子回路は真空管の時代であった。トランジスタは1960年代にアメリカで発達する。従ってソビエトではトランジスタの技術はないため、衛星に積み込まれた電子機器は真空管であった。
- ● 画像をデジタル信号に変換する仕組み
- 火星探査衛星マリナー4号に搭載されたカメラは、フィルムカメラではなく、現像を行わない直接撮像のテレビカメラであった。カメラは、当時のテレビ局が最新のスタジオカメラ用として採用していた「ビジコン管」(Vidicon tube、撮像管、真空管)である。もちろん、白黒テレビであった。当時にはCCDなどの固体撮像素子もなかった。テレビ放送は、NTSC(アメリカと日本などが採用したテレビ放送規格。2011年までアナログ放送として使われる)と呼ばれるアナログ送信技術が規格化されていて、電子映像装置はすべてNTSC規格に準拠していた。従ってビジコン管は走査線525本の性能を持っていた。しかし、宇宙通信ではアナログ通信が行えないため、データの通信が確実におこなえるデジタル信号に置き換えなければならない。当時のデジタル通信では、525本の情報は多すぎて送信することができなかったので、ビジコン管の走査線を変更して200本と低くした。
- 画像を形作る走査線は、光の強弱を電圧の強弱に変えたアナログ電気信号であるため、マリナー4号ではこのアナログ信号をA/D変換器(Analog Digital Converter)を使ってデジタル信号に変換した。A/D変換器は、トランジスタとコンデンサで組み合わせた電子回路で弁当箱程度の大きさであった。この装置によりカメラ画像を200x200画素、6ビット(64階調)濃度に変換した。ビジコンカメラがとらえた画像は、240kビット(30kB)のデジタル画像となった。このデジタル画像を1枚作るのに2.5秒かかった。A/D変換されたデジタル信号は、一旦、デジタル・テープレコーダに記録された。これの意味するところは、当時、たったこれだけのデータ情報を記録する電子メモリ(ICメモリ)がなかったことである。それ以上に200x200画素、それも64階調とお世辞にも高画質といえないデジタル画像を2.5秒かけてしか作れない当時のデジタル技術のレベルを見落としてはならない点であろう。デジタル画像は、まだ産声を上げたばかりであった。当時は、デジタル技術をささえる半導体製造技術が成熟していなかったのである。デジタル・テープレコーダが使われたのは、ビジコン管画像の撮像スピード(110Kbps)に対応できる通信速度が確保できなかった(当時のデジタル通信は8.33bpsが限界であった)ことと、火星の裏側に回り込んだ際に地球にデータが送信できない問題があり、データは一旦テープで保存して後でゆっくり送信する必要があったためであった。宇宙通信データも当時は1秒間に8ビットを送るのが精いっぱいであった。200x200画素のデータを地球に送るのに8時間もかかった。
- ● 火星から送られるデータを解析して火星の姿を推測
- 火星から送られてきた画像データを画像処理する担当者は、ブルース・マーレー氏(Bruce Murray、1931年〜、当時34歳、のちカリフォルニア工科大学名誉教授・JPL = ジェット推進研究所所長)であった。火星から送られてきた数値データは、ブラウン管上に明暗の輝点として画像変換する「フィルムレコーダー」を使って8時間(8.33bps換算)かけて一枚の写真が作られた。小型の白黒モニタに1回に一本ずつ白い線が浮き出て、それの繰り返しによって画像を作っていった。
- 最初に受信した画像は、真っ白な紙のようなものだった。要するに何も写っていないのと同じ画像であった。当時、全米は火星の写真を今か今かと待ちわびていたのでマスコミの取材攻勢が強かった。彼らはマスコミの追求を避けるため、研究所の最上階に隠れて分析の仕事を行った。部屋の外にはマスコミを近寄らせないよう、武装したガードマンが見張った。ドアには警報機さえついていた。そうした環境下で三日三晩不眠不休で火星から送られてきた画像データの解明にあたった。
- ● 画像処理
- 研究チームは、火星から送られてきた画像データが真っ白な画像だったので、数値データでマッピングをすることを思いつき、画素一個一個の濃淡を数字として印字し、紙を走査線一本ごとに切り分けて数字の並んだ細長いテープを床に並べてつなげた。床の上では作業がしずらいので、テープの集合をカーテンのように壁に掛けた。1枚の絵は200本の走査線でできているから切り分けられた紙テープは200本になった。こうして出来上がった数字のマップを眺め回して、基準記号に相当する数値を見つけ出した。これは画像の歪みを補正するための記号で、いったんこれを見つけてこれを基準にして見ていくと、次第に画像全体の様子がつかめてきた。緩やかな丸みを帯びた領域らしきものを見て、彼らはこの画像が惑星の端の地平線を写したものではないかと気づいた。その想像が正しければ、惑星の外側には宇宙空間が広がっているはずであり、そこは明度でいえば暗闇であるはずだと考えた。暗闇ならばその数値は「0」のはずであったが、送られてきた数値は「24」だった。彼らにとって、暗闇が「24」の数字で表されているという発見こそが、苦悩と焦燥の三日間の中で最も光明を感じた瞬間だったに違いない。「24」は画像で言うところのバックグランドノイズであった。
- 彼らはこれを手がかりに4万個のデータ(200x200画素)について全ての画素に渡って「24」を引く手計算を行い、濃度データを0から39までとした。カメラは、もともとは6ビットの64階調で設計されていたので、64階調のうちノイズ成分の24を引くと40階調、すなわち0〜39階調となる。5ビット程度の濃度階調ではとて暗い画像となるめ、コントラストを上げるためにこれらに1.6を掛けた。これら一連の作業がまさしく画像処理であった。彼らは、米国大統領を始め全米、全世界の人々の期待を背負いながらそのプレッシャーと闘い不眠不休でデジタル画像処理を開発して行ったと言える。
- ● 処理コンピュータ
- 光明が見えだした手作業による作業手順は、直ちにコンピュータのプログラムに作り直されることになった。マリナー4号のグループが利用していたコンピュータは、米国DEC社(Digital Equipment Corporation、1957年創設、1998年Compaqに買収→2002年HPに買収)が製造した「PDP-4」(Programmable Data Processor 4型機)というミニコンピュータであった。このコンピュータは、学術計算用コンピュータとしては最高級に属するものであった。彼らは、最初これを利用して計算を行おうとしたが、当時の高性能コンピュータでさえ40,000個もの数字データ(240kビット)を扱う計算には荷が重すぎた。そのコンピュータに積まれたメモリは4000語(18ビットで4kwords = 9kB )しかなく、今回の処理に最低限必要な記憶容量の10分の1にも満たないものであった。
- そこで彼らは、画像データの数値を磁気テープに全て移して別棟にあるIBM科学計算用コンピュータ「7094」で処理しようと考え、マスコミの目を避けつつ密かにデータを運び込んだ。
- IBM「7094」は、1962年に開発された最新鋭のコンピュータで当時300万ドル(日本円で11億円)相当のものであった。このコンピュータは、SAGE(Semi Automatic Ground Environment: 半自動防空システム)開発のために作られた核分裂計算用スーパーコンピュータ「ストレッチ」の後継機であり、後に世界を席巻するIBM「システム360」のパイロットともいうべきコンピュータであった。当時、このコンピュータは最大級の大型コンピュータであり、大きな一次記憶装置を備えていた。しかも、アセンブリ言語という機械本位のプログラム言語しか使えない「PDP-4」と違って、当時、科学技術分野で広く使われていたFORTRANという人間が使う日常語に近いプログラム言語を使うこともできた。ラボー氏が見つけた画像処理法は、瞬く間にFORTRANを使った「7094」コンピュータで走るプログラムに書き直された。画像処理のプログラムはIBM「7094」に転写され、マリナー4号からのデータが入力され解析処理された。
- IBM 7094が当時最高性能だったとは言え、コンピュータは磁気テープによって起動するもの(今のようなハードディスクドライブではない)であり、データを入れるのも磁気テープを使った。これでも当時のパンチカード方式(max. 12ビットx80 = 960ビット/枚、読み取り速度10枚/秒)に比べれば格段に大容量で超高速であった。しかし、高性能と言っても、今のパソコンに比べてさえもその処理能力は「うさぎと亀」に等しいものであった。
- ● 火星の全貌の解明
- 最初の写真がやっと良い画質になったとき、彼らが目を凝らして見ていた画像は火星の先端(地平線)であったことがはっきりした。マリナー4号からは画像が次々と送られてきていた。最初の三枚を受信してから三日後に報道関係者に火星の画像を公開した。ある画像には月面にそっくりなクレータが写っていた。大昔にできたクレータが現在まで現存するということは、火星にはそれを風化させたり浸食させたりする水も気体もなかったということを物語っていた。それこそが世紀の大発見であった。
- 注意しなければならないのは、マリナー4号が送ってきた写真は火星の表面のほんの一部分だけをカバーしたいただけで、火星の全容を写しだしたものではないことである。後の1971年〜72年には、改良の進んだ高性能カメラ搭載の観測機が火星の軌道に乗り、今までとは全く違った火星表面を撮影し送ってきた。それは、月の表面とは全く異なった地表であった。太陽系の中で最も大きな火山の発見もした。また、太古の洪水で切り開かれた海峡らしき地形も発見し、極地では何百万年にもわたる気候の変化を暗示するような堆積層も発見した。
- - 参考文献: 「新・電子立国 6巻 コンピュータ地球網」 相沢 洋、矢吹 寿秀、1997.3.20初版、日本放送協会
![]() |
||||
|
||||
| このように、画像処理は、画素単位での数値演算処理が基本となる。二値化も色つけも、スムージングも、エッジエンハンスもすべて上記の手法(画像演算処理)が基本的な流れとなる。 | ||||
- 計測カメラは、一般のデジタルカメラでも使用することができる。しかし、そうしたカメラから計測データを抽出する場合には、誤差の出ないようにカメラとレンズの性能を十分に考慮しなければならない。例えば、カメラは計測に耐えるだけの濃度情報を持つものであるとか、露出時間が正しく制御できるものであるとか、タイミング良く画像が得られる機能を持つものであるとか、レンズの歪みが十分にとれているか等を知っておく必要がある。
- (参考URL 光と光の記録 - 記録編)
- カメラを固定する台座は、しっかりとして強固なものでなければならない。振動などでカメラが揺動すると計測に影響する。拡大撮影では倍率が高くなるので撮影画像の揺れが特に大きくなる。必要に応じてカメラ位置を微調整する光学微動ステージが使われる。
- 光源は、短時間露光での撮影にパルス光源を使用したり、高輝度光源を使用する。また、ライトシートによる流れの可視化撮影を行う場合にはレーザ光を使う。光源は、画像計測の役割が大きい大切な計測装置の要素である。
- (参考URL 光と光の記録 - 光編)
- 画像ボードは、計測カメラから送られてくる画像データをコンピュータに取り込む仲立ちをするためのもの、すなわちインターフェースである。画像ボードは、通常デスクトップの拡張ボードに差し込んで使われる。ノートパソコンを使う場合は、PCMCIAカード型のボードを差し込んで使う。ノートパソコンはコンパクトで使い勝手が良い反面、バスの転送能力が低くボード(カード)の種類が少ない。
- 最近は、コンピュータ標準のインターフェース、例えば、イーサネットやUSB2.0、IEE1394などを介してカメラからの画像データを取り込む方式も増えている。この場合、画像ボードは必要とせずコンピュータのイーサネットやUSB2.0に直接接続する。一般のデジタルカメラ、ムービーカメラはこの方式に属している。
- カメラ画像データは高速かつ大容量であるので、2000年頃までは一般のコンピュータインタフェース(RS232Cやプリンタボート、10Baseイーサネットなど)を使って取り込むことはできなかった。従って、この時代までは画像ボードの働きは非常に大切で、カメラ画像データはこのボードを介して取り込まれていた。デジタル画像がコンピュータに取り込めなかった時代は、アナログ信号をデジタル画像ファイルに変換する画像ボードが使われた。
- 画像ボードの利点は、大容量の画像データを効率よくパソコンに取り込めることである。例えば640x480画素、30コマ/秒の画像データは、基本的に73.73Mビット/秒のデータである。カラー画像の場合は、3倍の221.2Mビット/秒となる。このように普通の映像データでさえも非常に大量のデータ転送を要求する。これを逐次処理して画像フォーマットとしてコンピュータに保存するためには、CPU、コンピュータバス、圧縮画像フォーマットなどの各要素に高速化のための技術革新を必要とした。画像ボードは、大量に送られてくる画像データのコンピュータ中枢部への橋渡しをする介在役を果たしている。その橋渡しとしては、画像データを画像ボードで圧縮してJPEG画像に変換したり、メモリを搭載して一時的に画像を蓄える機能も含まれる。
- 上の図に画像ボードの基本的機能を示す。この図は、外部から画像データ信号を取り入れて内部で必要な処理を行いコンピュータバスにデータを出力する流れを示している。
- 画像の入力は、アナログ信号(RS170信号)であったり低電圧差動信号(LVDS)であったりする。最近ではカメラ専用のカメラリンク信号(CameraLink)も使われている。入力信号の違いは時代を反映したもので、高速通信に伴いいろいろなデータ通信規格が決められてきた。
- ・RS170信号: アナログビデオ信号。640x480画素相当、30フレーム/秒(29.97フレーム/秒)の画像を扱う。
- ・LVDS信号: デジタル信号。ツイストペアの信号線で、電圧が0.3V程度と低い信号。
- 消費電力が少なく高速通信が可能。655Mビット/秒の転送速度を持つ。
- ・CameraLink: デジタル信号。LVDSをカメラデータ用に規格したパラレル信号。1.93Gビット/秒の転送速度を持つ。
- カメラから送られてくる画像データ信号は、画像ボードによって画像ファイルに整える処理変換を行う。多くの場合、ボードにはバッファメモリが搭載されていて、外部からのトリガ信号が入ると一枚の画像分を整えて出力することができる。この機能は、現象とのタイミング、例えばストロボ光源との同期や、欲しいタイミングで一枚の画像を得るのに便利であった。トリガ機能のないボードは、コンピュータ内部の指令信号、もしくは垂れ流しで画像をコンピュータ上位部(RAM領域)に作ることになるので、画像の取得タイミングが正確でなくなる。従って時間精度の良い画像データの取得は期待できない。画像ボードによってはメモリ搭載のないものもあり、こうしたボードでは画像データをバッファとして蓄える機能がないので、直接コンピュータバスに画像ファイルを渡すことになる。必然的に転送性能はコンピュータに依存することになり、コンピュータバスの性能、コンピュータのCPUクロック、DRAMの性能、HDDの性能に左右されることになる。
- 画像ボードによっては、ボード上で二値化処理や形状の判断処理を行う画像処理機能を搭載したインテリジェントボードもある。
- 画像ボードによって整えられた画像データは、コンピュータバスを介して画像処理ソフトウェアが待つコンピュータRAMに伝送されたり、保存のためにHDDに転送される。コンピュータバスも画像ボードの性能を左右する大きな規格であった。この規格もパソコンの初期のISAバスからPCI Expressバスまで進化した。
- ・ISAバス(Industrial Standard Architecture bus):
- 1984年、米国IBM社がPC/ATと呼ばれる業界標準のパーソナルコンピュータを発表した。
- その時のコンピュータバスの規格であった。この標準バスは、2001年頃に使命を終えた。
- ISAバスは、転送速度が8Mバイト/秒と低く、画像を扱うには遅すぎた。
- ・PCIバス(Peripheral Components Interconnect bus):
- ISAバスのデータ通信に限界がでてきたために、インテル社が中心となって開発した
- コンピュータバス規格である。1992年に制定された。
- 転送速度は、133Mバイト/秒(32ビット)、266Mバイト/秒(64ビット)であり、
- ISAバスと比べて16倍〜32倍の高速通信が可能になった。長らくパソコンの標準バス規格となった。
- ・PCI Express(PCIe)バス:
- 2002年にPCI SIG(Industrial Standard Architecture Special Interest Group。
- インテル、IBM、マイクロソフト、AMD、NVDIA、他900社)によって策定された高速コンピュータバス。
- 2005年頃よりこの規格をサポートするコンピュータが出始めて普及するようになった。
- このバスを必要としたのは、高速で高画素の画像表示を行うビデオ表示ボードであった。
- また、ギガイーサネットやUSB2.0、IEE1394などの高速通信ポートが出現し、コンピュータバスにも
- 高速バスに対する要求が高まった。
- このボードは、転送速度は5Gbps(5Gビット/秒)で、従来のPCIバスの3倍〜4倍の速度を確保できる。
- 取り込んだ画像を保存し、再生、変換保存、画像処理を行う処理装置である。従来は専用の処理装置が使われていたが、コンピュータの性能向上と共に扱いやすいパーソナルコンピュータでの使用が増えWindows、Macintoshなどが使われている。UNIXが得意なユーザではLinuxなどのコンピュータを使って画像処理システムを構築するケースもある。
- 画像演算を行うソフトウェア。代表的なものを別にあらためて紹介する。
- ■ BMP /DIB(びぃえむぴぃ・でぃあいびぃ、Bit Map File/ Device Independent Bitmap)
- マイクロソフト社が開発した最も基本的な画像フォーマット。ビットマップピクチャの略。MS-DOSの時代(1980年中盤)以降から使われ出した。味も素っ気もないシンプルなフォーマットであるが、OSがサポートしているのでシンプルな画像処理を行うのには都合が良く現在でも使われている。ただし、画像ファイルは画素分と色情報分がそのままデータ量になるので大きなファイル量となる。例えば、1024x1024画素でカラーの場合 、
- 1024x1024x3 = 3.15MB
- 3.15MBのファイル容量となる。1.4MBのFDD(フロッピーディスク)が標準だった頃の1990年代中頃まではこのようなデータは扱うことが困難であったため、当時の多くは640x480画素(VGA) = 921KB以下の画像を使っていた。
- ■ TIFF(てぃふ、Tagged Image File Format)
- 汎用性が高くて使い勝手がよく、MS-DOSに標準サポートをするようになったので画像ファイルの標準となった。TIFFは、1986年に開発された。TIFFは、スキャナーから読み取られる画像の保存フォーマットとして開発された。開発当時は多くの方言があり、互換性の問題があったが現在では解決をみて互換性の高いファイルフォーマットになっている。TIFFは、画像にデータ(カメラデータ、日時、計測データなど)が埋め込めるため計測用としては重宝されている。また、一連のTIFF画像を一つのファイルとしてまとめる機能もあり(concatenated TIFF)、計測分野で使われた。
- TIFFは、圧縮フォーマットも開発されたが基本的には非圧縮なのでファイル容量はBMPファイルと変わらない。
- ■ JPEG(じぇいぺぐ、Joint Photographic Experts Group)
- 上記の画像ファイルが大容量になるので、圧縮を用いた画像ファイルが提唱された。JPEGと呼ばれる非可逆圧縮フォーマットは、写真画像を圧縮保存するために開発された。JPEGを開発した組織は、非営利団体組織で1986年に作られた。6年の制定準備期間を経て1992年にJPEGフォーマットが作られた。現在、多くのデジタルカメラの標準フォーマットとして採用され、インターネットの画像としても多く利用されている。
- JPEGの利点は、写真などのような細かい情報の圧縮に効果が高いことである。
- 欠点は、非可逆圧縮であるため圧縮率を高くした画質の悪い画像ファイルを元に戻すことが不可能であることや、図形などの線画に対してノイズ(モスキートノイズ)が出やすいことである。
- ■ PNG(ぴぃえぬじぃ、ぴんぐ、Portable Network Graphics)
- PNGフォーマットは、1994年に開発された。JPEGの非可逆圧縮と異なり可逆圧縮なので画質の劣化がない。その分圧縮率が悪く、写真画像などではJPEGの方が圧縮に対する画質効果が高い。しかし、図形や単純な写真、文字画像などはJPEGよりははるかに圧縮が高く画質も綺麗である。JPEG画像は原理的に原画像の1/64の圧縮が限界であるが、PNGはそれ以下で圧縮することができる。
- この画像ファイルは、1987年に開発され一斉を風靡したGIFファイルの後継フォーマットである。GIFファイルが著作権があったので自由に使えるフォーマットを策定し1994年に制定した。それがPNGファイルである。
- ■ Bayer(べいやー)
- Bayerフォーマットは、カラー画像の原画像フォーマットである。通常のカラー画像はRGBの三色に分かれてそれぞれ8ビットの濃度を持っているので画像サイズが白黒画像の3倍になる。Bayerフォーマットでは、一枚の画像だけを使ってそこにRGBの市松状のパターンを配置し、色情報を近傍の画素から拾い上げて構築するという方式をとっている。この方式によって、デジタルカメラも1枚の固体撮像素子でカラー画像が得られるようになる。RGB別々の素子で撮影してRGBで記録する方式の方が画質的には最もすぐれたものとなるが、Bayer方式の方が簡便である。米国コダック研究所のBayer博士が開発したのでこの名前がある。コダックの特許が切れた1993年にデジタルカメラメーカーがこぞって採用するようになり一般的なフォーマットとなった。
- ■ RAW(ろう)
- 生データの画像ファイルである。多くの場合、デジタルカラーカメラからの画像情報をそのまま保存することを言う。デジタルカメラがBayerフォーマットの撮像素子で作られているのでByaerフォーマットと言えなくもない。海外のメーカーは、Bayerという言葉を使うのにあまり抵抗がないが、日本のメーカーはBayerという言葉を使うのに神経質で、強いて使おうとしない。特許が絡むことは避けたいとする必要以上の神経質な体質があるのであろうか。それはさておき、RAWデータはBayerフォーマットの画像にカメラデータを入れ込んだものである。デジタル一眼レフカメラでは、RAWファイルとJPEGファイルのいずれかで画像保存できるようになっている。RAWファイルで保存した場合、これを再生するにはメーカが作った専用のビュアが必要になる。専用のビュアを使って再生し、必要に応じ別の画像ファイルフォーマットに変換保存できるようになっている。RAWフォーマットは、JPEGフォーマットに比べファイル容量は大きい。TIFFファイルなどに比べれば1/3以下ではあるもののなぜ容量の大きいRAWデータが使われているかというと、プロカメラマンは、画像をポストプロセッシング(後処理)したい要求が強くあるからである。JPEGは非可逆圧縮なので一度保存した二度と元には戻らない。また、多くの一眼レフデジタルカメラは、各色12ビットのデータを持っている。これをJPEGに変換してしまうのは惜しいという理由でRAWを選ぶことが多い。プロカメラマンは、RAWファイルを「未現像」画像と言っている。画像処理のことを「現像」という。フィルムカメラを愛用してきた人たちならではの表現である。
- ■ AVI(えいぶいあい、Audio Video Interleaved Format)
- AVIは、マイクロソフト社がWindowsOS用に開発した初期の動画ファイルフォーマットである。BMP静止画ファイルを連番付け(ストリーミング)してそれに音声を加えた(インターリーブ)フォーマットがAVIである。このフォーマットは、1992年に開発されたものの、5年後の1997年にサポートを中止してしまった。従って、かなり古い規格フォーマットということになる。古い規格でありながら、2007年の時点でも計測分野ではよく使われている。
- なぜ現在も使われているのかと言えば、このフォーマットが非常に簡単でありしかも使いやすいからである。多くのユーザが動画を入れる箱のように使っている。箱にはいろいろな圧縮のコーディング(coding)が組み込まれファイル容量を少なくすることができる。古い規格であるため、2GB以上の容量をもつものは再生ができない。
- ■ WMV(だぶりゅえむぶい、Windows Media Video)
- マイクロソフト社がAVIの後継として採用している動画像フォーマット。2GB以上のファイルを扱えることや、MPEGの圧縮技術を使えるメリットがある。WindowsのOSが正式にサポートしているため、Windows MediaPlayerでは標準のファイルフォーマットである。しかし計測分野ではあまり用いられていない。MPEG(画像補間方式の圧縮技術 = 一枚一枚静止画として画像を保存していない)ファイルフォーマットであるため、動画像を正転、逆転再生したり1コマ送りや逆送りすることが難しかったり、1コマ毎の画像計測を行う場合に連続した静止画像を持たないMPEG画像は計測が不安定になりやすいからである。
- ■ MPEG(えむぺぐ、Motion Picture Expert Group)
- 高画質で圧縮率が高いことから映画用の動画フォーマットやインターネットの動画配信用のファイルフォーマットして普及している。計測用としては、まだ十分に認知されていない。その理由は、この動画フォーマットが全ての画像にわたり情を記録するタイプではなく画像の間引きを行って間引いた画像は前後の画像で補間する方式をとっているためである。この方式はファイルの圧縮が高く映画などをDVDに変換保存するのに都合がよい反面、計測用画像処理には不向きである。不向きである理由は、計測画像処理では、画像を一枚一枚吟味したり、認知のフレームを停止させたり逆転再生させることが多く、MPEG画像ではそのような使われ方を想定していないためである。画像処理用として採用するには慎重な吟味が必要である。
- ■ QuickTime(くぃっくたいむ)
- アップル社が開発した統合ファイルフォーマット。静止画も扱えるが動画像ファイルフォーマットとしての位置づけが強い。 マッキントッシュが強い生物分野、広告分野、映画分野でよく使われる。インターネットの動画配信においてもストリーミング技術が優れ画質も良いので良く使われる。iPodの普及で浸透力が増してきた。現在のQuickTime(2005年でQuickTime7)は、MPEG4に加えH.264/AVCを標準フォーマットにしているため互換性が高い。MPEG4で保存したQuickTime画像はMPEG画像同様解析には注意が必要である。
「PhotoShop」は、米国Adobe社が開発を続けている画像レタッチソフトウェアである。
ImageJは、計測用に作られたフリーウェアの画像処理ソフトウェアである。
GraphicConverterは、ドイツ人Thorsten Lemke氏がマッキントッシュ用に開発を続けている画像変換ソフトウェアである。
- 特にデジカメの画像ファイルのサポートが充実していて、多くの画像とその情報を閲覧することができる。
- 使いやすいツールボックスを使って画像の拡大・縮小、画像の切り取り、画像サイズの設定(リサイズ)などができる。
- QuickTimeやアニメGIFが使え動画を作ることができる。(AVIはサポートしていない。)
- 画像フォルダーの中身を一気に閲覧することができる。
- フォルダー内の画像を指定する大きさと時間間隔でスライド表示する。スライド表示された画像のファイル名とパス名も表示できる。
- フォルダー内に納められた一連のBMPファイルをJPEGファイルに一括変換するというようなバッチ処理が可能。
- フォトショップには及ばないが、私が使う範囲の画像処理機能は十分に備えている。
- レタッチ機能 - 画像で色が潰れた部分やゴミが付着した部分を修正することができる。
- ガンマ補正 - 濃度階調の「硬さ」を調整する機能。
- シャープ機能 - 画像強調機能。
- ぼかし機能 - ガウス処理などのぼかし機能。
- 白補正 - ホワイトバランスが取れていないカラー画像の「白」補正機能。
- 赤目補正 - デジカメのストロボを使って人物を撮影すると瞳が赤く撮影されることがある。その赤目を画像処理によって修復する機能。
- グリッド発生機能 - 画像内にグリッドを発生させて画面の傾きや構成のチェックを行うことができる。
- 画像フィルタ機能
- 画像回転・ミラー反転・斜め補正
- 明るさ・コントラスト機能
- 解像力変換 - 2000x2000画素相当で撮った画像を400x400画素相当に変換する機能。書類作成でそれほど解像度を要求しない画像を貼付する場合に使う。
- アルファチャンネル機能 - 文字などを埋め込んだときに透明度を選択して重ね合わせ処理ができる。
|
![]() |
||
|
![]() |
|||
|
|||
IrfanTest-005.tif
![]() |
|||||
![]() |
|||||
|
|||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||||
|
||||||||
ターゲットをコンピュータが読み込んでいく場合、どのくらいの大きさが適当であろうか。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|