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光と光の記録 - 光編   (2010.02.04) 
「光と光の記録 - 光編」 (2003.12.18)
 光と光の記録が本になりました。
出版社は、産業開発機構(株)殿で、 
情報機関誌「映像情報 Industrial」誌 
に2002年1月から2003年11月までの 
約2年間に渡り掲載された内容を、
一冊の本にまとめたものです。
 
「映像情報」誌に掲載された内容は、
本Webサイトの内容を基本としています。
本に御興味ある方は、上記サイトにアクセスして下さい。
「光と光の記録 - 光編その2」 (2007.06.06)
 「光と光の記録」第二巻が刊行されました。
出版社は、産業開発機構(株)殿で、 
情報機関誌「映像情報 Industrial」誌 
に2004年1月から2005年3月までの 
約1年3ヶ月に渡って掲載された内容を 
一冊の本にまとめたものです。
 
 
目 次
 
■ 光と光の記録について考える
 ■ 主観としての光、客観としての光
 ■ エネルギーとしての光、電磁波としての光
 ■ 光の歴史
    光の粒子説・波動説、そして光量子説
     波長
    可視光域外の光
    X線
    光速
    レーザ
■ 光の単位について
 
■ 光の明るさ
プランクの放射則
■ カンデラ
 
■ 光度と照度について
■ 照度と輝度について
 
 
 
照度・輝度の換算表
カンデラ(candela)
ルーメン(lumen)
ルクス(lux)
フート・カンデラ(fc-cd)
ニト(nt)
cd/ft2
ラドルクス(lm/m2
フート・ランベルト(lm/ft2
ランベルト(lm/cm2
アポスチルブ(asb)
スチルブ(stilb)
■ 完全拡散面
ランベルトの余弦則
ランベルト(Johann H. Lambert)
米国の照度の表し方
燭(しょく)
 
■ 光度と輝度について
光度と輝度の関係
■ ANSIルーメン
■ 距離変化に伴う輝度値について
 
■ 光の色について
日本人の色感覚
波長と色
色の規格化
色相(Hue)、彩度(Chroma)、明度(Value)
色温度
プランク(Max Planck)
■ 比視感度
 

 
■ ヒトの目
  人の目のレンズ焦点距離(Lens Focal Length)
  人の目の感度(Luminous Sensitivity)
  人の目が感じる色(Color)
  人の目の反応時間(Luminous Response)
  網膜細胞(Retina, Photo Recepter)
    - 解像力(Resoloving Power)
 
■ フォトン(光子)
  光の三つの革命
  フォトンの単位
  光の波、光の粒
  量子としての光
  光量子
  光と電子
  フォトンの明るさ
 
  アインシュタイン(Albert Einstein)
  ニュートン(sir Isaac Newton)
 
■ 光 - 波と粒子
■ 光速と長さ
メートル原器
1960年
ガリレオの実験
レーマーの実験
フィゾーの実験
フーコーの実験
マイケルソンの実験
現在の1メートル
■ レーザ光の強さ
レーザ光の有効性
レーザシャドウグラフの光源
 
■ 自然現象に見る光の性質
光の直進
  コロンブスと月食
  点光源
  レーザ光
  光の速度
  長さの基準としての光
  幾何光学
光の反射
  通り抜ける光、捕捉される光
  原子(分子)と光
  光と電子
  炭素(Carbon)
  エネルギギャップ
  鏡(Mirror)
  反射板(Reflector)
  光の反射・屈折の横ずれ現象
光の屈折
虹(Rainbow)
ハロー現象(日暈、月暈)
蜃気楼、逃げ水
チェレンコフ光
ホイヘンス
光が電磁波たる理由
音波と電磁波
媒質の違いによる光の屈折
屈折率
スネルの法則
光路可逆の原理
フェルマーの原理
全反射
水の反射率
屈折のたまもの - レンズ
 
 
偏光
ポラロイド(Polaroid)の発明 - ランド博士
偏光発見の歴史
方解石による複屈折現象
反射偏光の発見
ブリュースター
フレネル
直線偏光、円偏光、楕円偏光
1/4波長板
光の干渉
眼鏡の反射防止膜
ニュートンの薄膜研究
レンズコーティング
干渉フィルター
ダイクロイックミラー
薄膜技術のまとめ
干渉と回折の祖 - トーマス・ヤング
モアレ干渉
ペリクルミラー
光の吸収
透明物体、白色体、黒色体
カラーフィルタ
ゼラチンフィルタ
光の散乱(レーリー散乱とミー散乱)
レーリー卿
レーリーの回折限界
チンダルとチンダル現象
ミー
紫煙・白煙・黒煙
青い瞳
見える粒子、見えない粒子
ブラッグ散乱
ブラッグ
光の回折
ヤングの回折・干渉実験
レンズの分解能
結像ボケ研究の先駆 - エアリー
光の分光 - 回折格子の原理
レンズ職人 - フラウンホーファー
回折の考え方
回折格子
ボシュロム社
ブレーズ格子
プリズムによる分光と回折格子による分光
分光器の基本配置1 - ローランド式分光器
分光器の基本配置2 - ツェルニー・ターナー
分光器の計測精度
 

 
■ 光源について
 
■ 太陽
■ 月
■ 蝋燭(ろうそく)
 
■ ガス灯 
■ アーク電灯
電気の光
ライムライト
 
■ 管球
白熱電灯
クーリッジ
タングステンランプ
タングステンハロゲンランプ
 
■ 放電灯
蛍光灯
蛍光灯の歴史
蛍光灯のフリッカ
蛍光灯直流点灯
「水銀」と発光
水銀の電気分野での使われ方
アマルガム
水銀の有害性
蛍光灯に使用される水銀の量
蛍光灯の演色性
キノ・フロ(Kino Flos)
高周波点灯蛍光灯(Hfランプ)
 
■ 次世代型 無電極放電ランプシステム
■ 水銀灯
■ ナトリウムランプ
■ クセノン(キセノン)ランプ
高速道路標識投光用光源
■ キセノンフラッシュランプ(ストロボ)
瞬間発光光源の歴史
キセノンフラッシュの発明
  - エジャートン博士
レーザ発明への貢献
キセノンフラッシュの性能
キセノンフラッシュの発光原理
ストロボの明るさの単位
■ 閃光電球
閃光電球の歴史
閃光電球の発光
■ 長時間閃光電球
■ メタルハライドランプ
演色性
HMIランプ
自動車ヘッドランプ
イカ釣り漁船の集魚灯
水銀キセノンランプ
 
 
■ ルミネセンス
 
■ 発光ダイオード(LED)
発光ダイオードは半導体(固体素子)
pn半導体接合を通過する電子
Eg(バンドギャップ、禁制帯幅)
自動車のヘッドランプにLED
青色発光ダイオード・白色発光ダイオード
LED携帯ライト = 懐中電灯
高輝度LED
 
LCD(Liquid Crystal Display) = 液晶
液晶ディスプレーの経済効果 - 使用電力
液晶の誕生
液晶の構造
カラーTFT液晶
シャッタとしての液晶
 
EL(Electro Luminescence)表示灯
 
光と光の記録 --- レーザ編  別コーナー
  
  レーザ(LASER)
  ヘリウムネオンレーザ
  アルゴンイオンレーザ
  窒素レーザ
  炭酸ガスレーザ
  YAGレーザ
  ファイバーレーザ
  固体グリーンレーザ
  エキシマレーザ
  銅蒸気レーザ
  ヘリウム・カドミウムレーザ
  波長可変固体レーザ
  色素レーザ
  半導体レーザ
 


 
■ X線光源
X線(X-ray)の発見
X線の性質
X線のエネルギー
X線を用いた撮影応用
 
■ 中性子光源
 
■ 爆発光源(アルゴンフラッシュ、アルゴンキャンドル)
 
■ シャッタ(Shutter)
ギロチンシャッタ
レンズシャッタ
フォーカルプレーンシャッタ
ロータリディスクシャッタ
ロータリミラーシャッタ
ケルセルシャッタ
ポッケルスセルシャッタ
ファラディシャッタ
銅線爆破シャッタ
液晶シャッタ
イメージコンバータシャッタ
電子シャッタ
キセノンフラッシュシャッタ
アルゴンフラッシュシャッタ
LED(発光ダイオード)シャッタ
レーザシャッタ
AOM(音響光学素子)シャッタ
 
 
レンズ・・・人類の科学史上最も有益な発見
       光と光の記録 --- レンズ編  別コーナー
 
光の記録原理・・・ CCD、CMOS、銀塩フィルム、
          イメージインテンシファイア
       光と光の記録 --- 記録編  別コーナー 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
光と光の記録について考える
 
 
 映像を表現の手段として扱ったり、計測の手段として扱う人にとって、「光」は重要な要素です。
私たちは、この光についてあまり深く考えず、映像機器を操って画像がまがりなりに得られればそれで良し、としています。
このWebサイトでは、映像を作り出す「光」について、今一度原点に返って認識を深めて見ようと考えています。
 
 私は、30年間映像に関わり、映像からどのような情報が得られるか、という世界を歩んで来ました。
今回は、みなさんと一緒に映像に関わる「光」の捉え方について、今一度おさらいをして見識を新たにするとともに光を記録する方法についてどのようなものがあるということについても、できるだけわかりやすく、かつ具体例を挙げて話を進めて行きたいと思っています。
 
■ 主観としての光、客観としての光
 「光は、本来主観的な範疇で扱われてきた、と私は考えています。
視覚は、人間の五感の中でも極めて重要な感覚で、生まれながらに明るさや色合いを会得し、明るいとか暗いとか、赤い、青いという言い方をしてきました。
光を認識する手段は、ヒトの目に負うところが多かったのです。
 
 光の概念は、ヒトの目を中心にして構築され、太陽の下でヒトが認識する光とその影が光の規範となっていました。
長さとか重さの単位に比べて、光の量を決めるには随分と時間がかかりました。
映画やテレビ、写真などの映像媒体が盛んになってきても、映像の質は人間の目による判断に負うところが多かったのです。
写真にしてもテレビにしても、映像媒体は人間の目が見たものと同じような質を求められたのです。
 
 そうした中で、光を記録する感光材料が発明され、レンズが発達するようになると、光の量が問われるようになりました。
どれだけの光の量を与えれば記録に耐える写真が得られるか、が問題になったのです。
写真技術が発達する中で、光を計る照度計、輝度計、色差計が必需となりました。
もちろん、生命の持つ「眼」も光の反応に対して定量的な科学アプローチがなされました。
 
 19世紀になって電気物理学が急速な発展を見るようになると、光に反応する金属(半導体)が見いだされて、光の量を電気に置き換えられるようになりました。
この発見は、大きな意義があります。光を電気に変える下地ができたのです。
光に反応して電気を蓄える光電面ができて、テレビ技術が発達し、ビデオ技術が進歩しました。
光電変換素子が作られるようになって、どれだけの光を与えるとどれだけの電気が発生するかということがわかるようになり、光を量として測ることができるようになりました。
 
 
■ エネルギーとしての光、電磁波としての光
 光を客観的にとらえようとすればするほど、光を量として扱いたくなります。
その量をエネルギーの観点から体系づけて、電気、磁気の領域まで高めたのが、1865年に電磁波を体系づけたイギリスの物理学者マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)です。
マクスウェルの電磁波の統一理論により、光は電磁波と同じ性質をもつと考えられるようになり、量子力学の発展と共に、波長、振動数、光速をもとにした「光子」(photon、フォトン)と呼ぶあたらしい概念が登場しました。
  光は、水のように連続した量ではなく、粒子のように一つずつ数えられるという考え方が出てきました。
これが光子という概念です。これらの体系化づけには、プランク、アインシュタイン、コンプトン、ボーアらが活躍します。
量子力学の世界に入り込みますと、光は電子と恐ろしく密接な関係をもっていることがわかります。
原子核を回っている電子は絶えず自らのエネルギー準位を高めたり落としたりして、その都度外部からエネルギーを吸収したり放出したりしています。
この電子の運動に密接に関係しているエネルギーの一つが光エネルギーなのです。
光の根元は、エネルギーの塊であり、電子エネルギーの形を変えたものであることがわかってきました。
レーザは、そうした研究過程(光の誘導放出と共振原理)で発明されました。
 
 
 
■ 光の歴史  (2006.03.29)(2006.04.03追記)
 
▲ 光の粒子説・波動説、そして光量子説:
 光は、人の歴史とともにありました。
暗闇が支配する夜と、太陽が差し込む昼の2面の世界がある地球上では、太陽(神々しい光)は「神」そのものでもありました。
人類歴史の中で、太陽は光の権化であり「神」そのものであったのです。
規則正しく運行する太陽と、まばゆいばかりに差し込む光は、古代の人たちにとって畏敬以外のなにものでもなかったことでしょう。
「神」の代名詞でもあった太陽は、その光を使って日時を知ることや鏡やレンズを使って光を曲げたり集めたりすることはあっても、
光そのものを科学的にとらえようとうする動きは、ルネサンスまでありませんでした。
文芸復興以降、光学の分野は大いに発展しました。
 
 光は、そもそも何であるのか?
 光は、粒子であるのか?
 はたまた、波であるのか?
 
という論議が現れます。
 
【粒子から電磁波になった光】
 イギリスの物理学者 ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)によって、「光は粒子である」と唱えられて後、光の素姓に関する論議は連綿と続けられました。この議論は、200年を経て、英国キャベンディッシュ研究所所長マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)の「光は電磁波である」という定義付けにより、一応の決着を見ます。
しかし、マクスウェルが定義した光の電磁波論も、本当にそうであるという確証が当時まだなく、「光はエーテルを媒体として伝播する波」という考えが根強くありました。
光の電磁波論( = マクスウェル理論)の追試のために、いろいろな学者が検証を行ってきました。
エーテルの存在が否定され、光の速度を測って光が電磁波であるとの確証が得られたのは、マクスウェルの死後3年経った1882年のことで、米国物理学者 マイケルソンによる実験がこれを明らかにしました。
マイケルソンは、自ら考案した干渉計装置を使って光速を精度よく求め、その中に「エーテルの介在する余地はない」という結論に達したのです。光の電磁波論を決定づけた出来事でした。
彼はまた、光を使って長さを測定する手法を考案しました(彼の装置で、フランスにあるメートル原器の長さが正確に測定されました)。
 
【光の波動性を決定づけたヤング】
 光が物理科学の対象になった当初、光は粒子であるという説が圧倒的に強い時代がありました。
この理論は、英国物理学者のニュートンが強く主張していたため、波動説を唱える他の学者の学説に耳が傾けられなかった時代があったのです。
同時代、オランダのホイヘンス(Christiaan Huygens、1629-1695)は、光の持つ波の性質をたとえに挙げて、ニュートンに対して異論を唱えました。
光の粒子説にせよ波動説にせよ、両者には納得のいく部分とうまく説明できない部分がありました。
光が波とするのなら、光は真空中を伝搬できないはずですし、光を粒子とするならば、偏光や回折現象をうまく説明できません。
しかし、光はどうやら波であるという結論を出したのは、イギリスの物理学者 ヤング(Thomas Young、1773-1829)でした。
彼は、光の干渉・回折実験を手がかりにして、光の振る舞いの中で、波の性質があまりにも大きいことを発表したのです。
ならば、真空を伝ってくる太陽光はどうして地球に到達するのか。
そうした疑問に対して、当時の物理学者たちは、空間にはエーテルという光を伝播する媒質が充満しているからだと仮説しました。
当時、多くの物理学者がそれを信じていました。そうでなければヤングの実証した波の性質が説明できないからです。宇宙の仮説よりも地上の実証が優先されていたのです。
そのエーテルの存在を、アメリカ人物理学者マイケルソンが否定しました。
彼は、光の速度を求める実験を行って、エーテルの存在を示す実験結果が何一つ出てこないことを根拠に、マクスウェルが唱えた光の電磁波論を決定づけたのです。
 
【光と量子力学】
光が電磁波であることが決定されて、量子力学の世界が開けてきます。
1900年初頭は、まだ、物質の根本である元素が原子核と電子でできていると理解されていない時代でした。
電子が発見されたのは、1897年、イギリス人物理学者 J.J.トムソン(Sir Joseph John Thomson)によってです。
原子核が発見されたのは、トムソンの弟子であるラザフォード(Ernest Rutherford:1871 - 1937)によってで、トムソンの電子の発見から6年遅れた1911年のことです。
それ以降、1913年にデンマークの物理学者ボーア(Niels Henrik David Bohr:1885 - 1962、キャベンディッシュ研究所にてトムソン、ラザフォードに師事)が、原子モデルを進化させた理論を発表し、原子の振る舞いの中で、光が果たす役割も徐々にわかってきました。
 
 しかしながら、ラザフォードが原子核を発見する6年も前の1905年に、ドイツの物理学者プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck:1858 - 1947)と、その弟子のアインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)によって、「光は、一つ一つと数えられる粒子の振る舞いをする存在(光子 = フォトン)でもある」と定義づけていました。
 光は、波でもあるし粒子でもある、という光量子説の誕生です。
 
 光のエネルギーについては、以下で述べる「光 - 波と粒子」を参照してください。
 
▲ 波長:
 光の歴史を振り返る時に何よりも見落としてならないのは、ニュートンの時代(1600年代)の科学者たちは、波動説にせよ粒子説にせよ、太陽の光が連綿と続くたくさんの波長をもったものであるという事を理解していなかったことです。
たしかにニュートンは、太陽光をプリズムを使って分解しました。
しかし、ニュートンは光の色が波長に依存していることを知りませんでした。
光の粒子は運動によって色を変えたり、干渉したりすることをなんとか説明しようとしていました。
ニュートンがなぜ粒子にこだわったかというと、光があまりにも強い直進性を持っているからでした。
光の色が波長に依存していることを突き止めたのは、ニュートンよりずっと後のヤングです。
ヤングは、光の干渉実験を使って光が波であることを決定づけました。
そして光の波長を特定しました。
ヤングの実験(1807年)以降、光の波長が論議されるようになります。
 
そして、分光器(1814年、回折による分光器は1817年)の登場です。
分光器によって、光の波長を簡単に特定できるようになりました。
分光器は、電気分野のオシロスコープのようなものです。
分光器によって、光の成分がたちどころにわかるようになりました。
分光器が光分野に果たした役割は大変大きなもので、この器械によって分光光学が大いに発展し、天文学分野のみならず、原子の発見に多大な貢献を果たしました。
新しい原子が発見されるたびに、検証の手だてとなったのが分光器による分光分析だったのです。
つまり、光が物理学の世界で重要な意味を持ちはじめたきっかけとなったのは、分光器の発明以降だと言っても過言ではないでしょう。
当時の化学者、物理学者は、元素を加熱すると固有の光が放出されることを突き止めていて、分光分析によって新しい元素を発見していました。
分光分析を確立した人たちには、
 
  ドイツのブンゼン(Robert Wilhelm Bunsen:1811 - 1899)
  ドイツのキルヒホッフ(Gustav Robert Kirchhoff, 1824-1887)
  スウェーデンのオングストレーム(Anders Jonas Angstrom: 1814-1874)
 
らがいます。
元素に固有の発光スペクトルがあることを突き止めたのは、オングスレームで1850年のことです。
 しかし、元素がなぜ固有の光を出しているのかはわかっていませんでした。
その秘密が解きあかされるのは、
  電子を発見したJ.J.トムソン、
  原子核を発見したラザフォード、
  そして、原子核を回る電子の配列を解きあかしたボーア、
の研究でした。これは、1913年まで待たなければなりませんでした。
彼らによって、電子の振る舞いと光の密接な関係が解き明かされたのです。
光がエネルギーの固まりであることは、それ以前の1905年、アインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)によって解き明かされていたので、ボーアの理論によって光量子が決定づけられました。
 
▲ 可視光域外の光:
 太陽光に人間の見えない光があることが突き止められたのは、1800年〜1801年です。
赤外線の発見と紫外線の発見です。
赤外線は、1800年イギリスの天文学者ハーシェル(Friedrich Willhelm Herschel、1738 - 1822、ドイツ生まれ、1757年ドイツの戦渦を逃れるためイギリスに移民)によって発見されました。
紫外線は、赤外線の発見の1年後、1801年にドイツ人リッター(Johann Wilhelm Ritter:1776-1810)によって発見されます。
可視光が、電波やX線などの連綿と続く波長による電磁波の一種類であることの序章とも言える出来事でした。
 
▲ X線:
 X線は、1895年ドイツの実験物理学者レントゲンによって発見されます。
赤外線・紫外線の発見から90年以上も後のことです。
X線は、光の延長上で発見されたものではありません。
別の研究過程で発見され、光の仲間に組み入れられました。
X線は、陰極線という真空の電気放電状態でおきる不思議な放射線を研究している過程で発見されました。
雷のような大気放電と違って、真空場で電圧を加えると不思議な放電発光が得られ、それがどういったものであるかという研究がドイツ、フランス、イギリスを中心に熱心に続けられていました。
この時代になると、電気的な研究と光の研究の接点が生まれてくるようになります。
 
 電気は、1800年のイタリア物理学者ボルタが電池を発明して以来、身近に電気を起こせるようになったので、電磁気物理学が急速に発展します。
イギリスのハンフリー・デイビーやその弟子マイケル・ファラディは電気分解によってたくさんの化学物質を発見していますし、電磁誘導現象も発見しています。
その延長上に、スコットランド物理学者マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)がいて、電磁気学が進展します。
電気を電子の粒としてとらえるようになったのは、1897年、レントゲンのX線発見から2年後のことです。イギリス人物理学者J.J.トムソン(Sir Joseph John Thomson)が、X線の追試をしている時に、電子の粒(電子)の着想を得たと言われています。
 X線の発見以降、イギリスでは電子の概念が発展し、フランスでは放射性物質の研究が熱心に続けられます。
フランスのアンリ・ベクレル(Antoine Henri Becquerel:1852 - 1908)は、1896年にウランからの放射線を発見し、1898年、マリー・キュリー(Maria S. Curie:1867 - 1934)は、夫ピエールと共にラジウムとポロニウムを発見します。
電気の振る舞いの中で、蛍光を発したり、新しい放射性物質が物を光らせるという現象は、新しい量子力学の門戸をあけることになりました。
 こうして、「電磁波」のグループの中に光が組み込まれ、波長を仲立ちとして、マイクロウェーブから赤外線、可視光、紫外線、X線へと流れるような電磁波の体系が出来上がりました。
 
▲ 光速:
 光の性質で大事なことは、光の伝播する速さです。現在の物理学では、光の速さは非常に重要な意味を持っています。
光の速さは、現在では物理単位量のもっとも大切な「量」となっています。
現在の度量衡の規定では、光によって長さが決められているのです(「光束と長さ」参照)。
重さの定義も、長さが元になっているので(摂氏4度の水の立方体 = 10cmx10cmx10cm)、長さも重さも両方とも光が支配してしまっていると言っても過言ではありません。
なぜ光が支配しているかというと、「光速」が非常に安定しているからです。
 
▲ レーザ:
 1960年代に入ってレーザが出現します。
レーザは、人類がつくり出した人工の光です。
レーザの発明によって、物理学、光学、工学のみならず医学、経済への貢献も大きくなりました。
近年、半導体レーザの発明によって、レーザの応用分野の広がりははかり知れないものがあります。
レーザは、とても大きな発明でした
レーザは、極めて純粋な単一波長を持つ光で、しかも波長の位相がきれいに揃っています。
波長の位相がそろっているということは、光の波長単位で物が計測できることを意味しています。
光の波長は短い(例えば、ヘリウム・ネオンレーザの場合は、λ = 632.8nm)ので、サブミクロン単位の計測が可能となります。
このようなことから、レーザを使った光関連製品は、現在では非常に多様な広がりを見せているのです。
 
 レーザの詳細は、「光と光の記録・・・レーザ編」を参照下さい。
 
 
 
 
光の単位について
 
 さて、光を明るさという考えて眺めてみましょう。
明るさの考えを今一度おさらいしておきたく思います。
明るさを言い表す数値の単位には2つの系統があります。
 
▲ 自然界の光を『量』として扱ってきた 光度(カンデラ、cd)、照度(lux)、光束(lm)による単位系
▲ 光を『エネルギー』として扱う エネルギー量(J:ジュール、W:ワット)の単位系
 
 エネルギー量の単位は、電気エネルギーを光に換える機器(白熱球、蛍光灯、ストロボ、レーザ)の普及に伴って、これらの機器の性能を表す単位としてワットで表わされていることでよく知られるようになりました。
60Wの白熱電球、30Wの蛍光灯というような呼び方をし、この値でだいたいの明るさを経験的に身につけています。
但し、ここで注意しなければならないのは、この値は電気入力の値であり、光エネルギーそのものではないことです。
通常の白熱電球は、使用する電気エネルギの90%近くが熱になり残りの10%程度が光になります。
従って、60Wの白熱電球が放出する光エネルギーは6W程度となります。
レーザなどでは、使用する電気入力エネルギーで表わさずに、出力エネルギーで表わされます。
というのは、レーザ光のエネルギー変換効率は、例えばアルゴンレーザでは0.02%程度しかなく、4Wのレーザ出力を得るのに20kWの電気エネルギーが必要となります。
これではエネルギー値の意味合いが薄れるため、レーザでは光出力で光の度合いを現します。
 
もう一つ光の単位には、量子力学で扱うフォトン(光子)という単位があります。
フォトンの単位は[J]というエネルギー量です。
この値は、微弱な光に対して用います。
電気の粒、電子(エレクトロン = electron)の対語として、フォトン(光子)はよく使われます。
光合成の研究を行っている分野では、モル数と光子の関連性を重視することから、[μmol/m2/s](光量子束密度 = Photon Flux Density)を使います。
この難しい単位は、ルクス(照度)と極めて近い単位です。
これは、光束(ルーメン)を光子の数に置き換えて、アボガドロ数で単位化したものです。
これはとても特殊なケースなので、深くは立ち入りません。
光の化学作用を研究するときに、モル数でとらえた方が都合が良いために使われる単位です。
 
 
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光の明るさ
 
 光の単位は何を基準にしているのでしょうか?
 キログラム原器のように絶対的な基準があるのでしょうか?
我々が手にする光の測定装置はそれほど精度が高いとは言えず、またその必要性もありません。
 
光の単位の根本は、カンデラ(candela)と呼ばれる『光度』(こうど)に始まります。
カンデラは、ラテン語で "けものの油でつくったロウソク" という言葉に由来していて、英語でもロウソクのことをcandleと言っています。
光の明るさを最初に定義したのは、1860年のイギリスです。首都ロンドンでガス条例を作った際に、「燭 = しょく、英語でcandle」という光の単位が使われたことに始まります。
当時、ロンドンでは大規模なガス灯事業が始められ、光を定量的に扱う必要が出てきました。
この時制定した、燭(しょく = キャンドル)の単位が国際燭になって、以後その明るさをもとにして、より科学的な手法によるカンデラという値が考え出され、1948年に国際度量衡総会で決定されました。
燭という単位が考えだされた88年後のことです。
高校までの教科書には1カンデラという値がどこからきたのか明確にされておらず、鵜呑みをさせるカリキュラムになっています。1カンデラなどどのくらいの明るさか検討もつきません。それほど身近に明るさのわかる指標がないからです。
ごくおおざっぱに言えば、家庭用の照明器具に付いているナツメ球(小さい白熱電球)が2カンデラ程度の明るさです。1カンデラはずいぶんと暗い光なのです。(1カンデラの光で1mの距離で照射される照度が1ルクスですから暗い。)
 
 1カンデラの明るさを持つ光が空間に放射されるとき、その光の量を表すのに『光束』(こうそく。Luminous Flux。単位はルーメン = lumen)という単位を使います。光の束(たば)と訳された光の単位は、光源から放射される光の糸のように見立てたもので、たくさんの光の糸が出ていればたくさんの光が出ていることになるため、明るいことを意味します。光の糸の密度が濃ければ明るい光源となります。
ルーメンは、1894年フランスの物理学者A.Blondel(1863-1938)が提案したものと言われ、その時の光源に1 国際燭(以下に述べる光度よりも前に定義された光度の単位)を用いたそうです。『燭』(しょく)については以下の項目を参照下さい。
 ルーメンの語源は、「窓」または「光」を意味するラテン語から来ています。
 
 
■ カンデラ(candela = cd) = 光度の定義(その1)
 1カンデラ(candela = cd)という光の定義は、以下のように定義されています。
『1気圧(101,325ニュートン/m2 )のもとで完全黒体を加熱し、白金の融けだす温度(凝固点温度 = 2042K)になった時、1cm2 の平らな表面から放射される光の中の垂直方向の明るさの1/60』
 非常に難しい言い方で、よくわからないかも知れませんが、これが国際度量衡総会で定義された単位なのです。この値は、それまで使われていた燭(しょく)という単位をもとに、一定の明るが得られるように、圧力と温度がしっかりした環境下で黒体を熱して、その黒体から発する光を取りだして明るさの量を決めたものと考えられます。要するに、燭をできるだけ客観的に再現の良い条件で定義したのです。古い時代の燭の明るさを当代のできる技術で精密に定義したのです。
 
 光度を表す1カンデラ(candela = cd)は、別に、1 lm/sr(立体角1ステラジアンに放射される1lm[ルーメン]の光束)と定義されています。
 
 ここで登場するルーメン(lumen)という単位は、光束(こうそく、luminous flux)と呼ばれるもので、空間に放射される光の量の単位です。この量によってたくさんの光が出ているかどうかの目安としたり、光源の性能を表す目安としたり、輝度や照度などを計算する場合の大切な単位になっています。
 ルーメンは、1894年にフランスの物理学者A.Blondel(1863-1938)によって提案されたものと言われています。
1ルーメンの単位は、光度1カンデラから放射される単位立体角の光の量(束)を表したものです。
1カンデラの理想点光源は、全立体角(四方八方)に放射されるため、空間全体には以下の光束が放射されます。
 
     全立体角( = 4πsr)x 1lm/sr = 4πlm ・・・(Light1)
 
πは円周率でπ = 3.14159です。
立体角の単位はステラジアンになります。
4π( = 12.566ステラジアン)は、平面の角度でいう2π(ラジアン)と同じで、360°の全周をあらわします。
従って、1カンデラの光度を持つ点光源は、四方八方に光を放ち(立体角で4π)、その光量は、光束で表すと4πルーメンになります。
平面角θと立体角ωの関係は、上図右に示す関係になっています。
 
     ω = 2π{1-cos(θ/2)} ・・・(Light2)
 
 上に述べた定義からわかるように、光度は、色々な波長の光が混ざった総合的な単位であり、完全黒体を想定したプランクの放射則に適合するエネルギー分布の集合といえます。
理想の点光源1カンデラから1m離れた所を照らす明るさが1ルクスとなります。(半径1mの球面で立体角1ステラジアンの占める面積は1m2となります。)
【プランクの放射則】 (プランクの放射則は有名ですが、式が難しいので、興味ある方だけ参考にしてください)
 プランクの放射則が意味することを述べたいと思います。
この法則は、光は、以下の式に示されるように、光の波長と温度によってエネルギー量が求まる、というものです。
この式の凄いところは、温度を一定とするならば光のエネルギーは波長の関数となることであり、波長全域に
わたってこの式を積分していけば、光そのもののエネルギーが求まってしまうことです。
 
Me (λ、T)= c1λ-5{exp(c2/λT)-1}-1   ・・・(Light3)
Me (λ、T) : 分光放射発散度 [W・m-2・nm-1
λ: 光の波長(単位はnm)
T: 放射体の温度(単位はK、ケルビン)
c1 : 2πc2 h
c2 : ch
h : 6.626 x 10-34 J・s(プランク定数)
κ : 1.380 x 10-23 J/K(ボルツマン定数)
c : 2.998 x 108 m/s(真空中の光の速さ)
 
 1900年に、プランクがこの放射則を導いた時代背景には、熱力学の急速な進展がありました。
この法則が、熱力学のみならず光の分野にまで使われるようになりました。
プランクがこうした熱力学を統一的に考えるようになったのは、当時、ドイツの鉄の生産による温度と
熱の科学的探求があったからだと言われています。
1870年になると、欧州の産業革命の嵐が後進国ドイツに移ります。
プロシアを中心に国家統一を成し遂げて常勝フランス軍に勝ったドイツは、国家の政策によって
鉄と石炭による重工業政策を押し出し、機械化と軍国主義を進めました。
 
こうした背景の中で、ドイツでは鉄鋼炉の高温測定技術が進んで、高温物体が発する光を正確に
測定する技術が発展します。
高温物体の研究では、キルヒホッフ(Gustav Robert Kirchhoff, 1824-1887)が発光スペクトルの
研究をし、ヴィーン(Whilhelm W.O. Franz Wien, 1864-1928、1911年ノーベル物理学賞受賞)が
熱力学を熱輻射に応用して良質な理論を作り、最終的にプランクが赤外領域にまで理論を推し進めて、
量子力学まで進展させました。
 その統合体系が、今述べているプランクの放射則なのです。
 
プランクの放射則に従うと、放射エネルギーは波長と温度に依存することがわかります。
上の関係式を一瞥しただけではよくわかりませんが、温度が高くなるほど放射エネルギーのピークは
波長の短い方に移動し、高温物体では可視光領域にたくさんのエネルギー放射をしていることが認め
られるようになります。
太陽光やタングステンランプ、ロウソクの炎、融けた鉄などは、この関係を良く表しています。
プランクが活躍した時代以前にも、鉄の生産において、鉄の溶けた色と温度には正確な因果関係がある
ことが理解されていました。
つまり、鉄を熱して行く過程で、鉄は始め鈍く赤く光り、温度の上昇と共に黄色味を帯びて、最終的には
白熱していくという現象です。
鉄を作る人々は、鉄の溶けた色を見て温度を知っていたのです。
この鉄の温度と発熱した色を理論的に解明したのが、ドイツの物理学者たちであり、プランクはそれを
集大成したわけです。
 
 現実の光は、白熱電球にしても、蛍光灯にしても、それにレーザにしても完全黒体とは程遠い発光分布をしているため、これらをすべてルーメン、カンデラに当てはめるのは疑問の残るところです。しかし、光を集合的に取り扱う上では都合がよい単位であるため、便宜的にこの単位系を用いており、この単位系に当てはまらない単色光やレーザなどに対してはエネルギー量の単位(J、W)を用いています。
 光を実用的に、かつ統合的にとらえるには、光度(カンデラ, candela = cd)よりも光束(ルーメン, lumen = lm)の単位を用いて、光束を『光』の中心単位としてとらえた方が理解が早いと思います。プロジェクタ(液晶プロジェクタ)などでは、明るさの性能を示す単位としてルーメンが使われています。こうした映像表示装置では、明るさをルーメン表示にしておくと、単位面積当りの光束で照度(lumen/m2 = Lux= ルクス)を求めることができ、また単位面積から単位立体角当りに放射される光束で輝度(1 lm/sr・m2 =1cd/m2)が求まるようになり便利です。
 下の図に光度、照度、輝度、光のエネルギーの流れ図を示しました。
 
 
■ カンデラ(candela = cd) = 光度の定義(その2)  (2006.12.06追記)
 上記で述べた光度の定義は、1967年の第13回国際度量衡総会(GCWM = General Conference on Weights and Measures)で決められたものです。
 その後、1979年10月11日、パリで開かれた第16回度量衡総会では光度の単位を以下のように取り決めました。
 
『1cd(カンデラ)は、光の周波数 540 x 1012 Hz において、問題とする方向の放射強度が 1/683 W/ステラジアン である光源の特定方向への放射強度とする』
 
『The candela is the luminous intensity, in a given direction, of a source that emits monochromatic radiation of frequency 540×1012 hertz
and that has a radiant intensity in that direction of 1/683 watt per steradian.』
 
 この意味は少し解説が必要かもしれません。
この定義の大きな特徴は、従来、黒体の発光放射光(連続した光)で光を定義していたのに対して、今回の新しい定義では、特定の波長についてのみのエネルギー単位量でカンデラ(光度)を定義しうることを示したことです。
つまり単位立体角に放出される波長555nmの光が1/683ワットであるとき、これを1カンデラと定義する、というのです。
光度が温度によって定義されていたのが、波長とエネルギー量で規定する決まりになったのです。
 
 この定義にもとづいて、光束は、波長555nmで683 ルーメン/w となりました。
 
 また、今回の新しい定義では、指向性のある光でも単位立体角当りに(波長 λ = 555nmで)1/683 Wの光が出ていれば1cdとして良いということになりました。
新しい進展です。
LED(発光ダイオード)などは、この恩恵にあずかって、指向性を持つ単色発光体でありながら、性能を表すのに光度(ミリカンデラ)で表すようになりました。
 
 
 標準光源から光を測定する手法とは別に、光の取り扱いを量子力学のレベルから行う方法もあります。
つまり、原子分子が励起して下位レベルに戻るとき、その原子分子から特定波長の光が放射され、エネルギ量を計算で精度よく割り出せることから、フォトン(光子=hν)カウントによる光のエネルギーを求める方法も行われています。
フォトン(photon)については以下の(フォトン=光子)の項目で説明しています。
 
 上図が、光の単位の関係図です。
光の単位の大もとは、光度(cd = カンデラ,candela)から始まります。
この光度の源流は、「燭(しょく) = candle power」から来ています。
光度から照度(ルクス)が考え出され、光束(ルーメン)と言う概念が導き出され、輝度(ニト)という概念が考え出されました。
 
 古典的な光の量に加えて、エネルギーという概念が入ってきた時に、エネルギーの単位と古典的な光の量の仲立ちをしたのが、683 ルーメン/W at λ555nm という値です。
緑の波長(λ =555nm)の光エネルギー1Wは、光束で683ルーメンに相当するという定義です。
古来、光は太陽光や月明かり、そしてたき火やろうそくの火などの自然光が中心でしたから波長という考えは希薄でした。
光が科学的にとらえられるようになって、人工の光が作られるようになると波長とエネルギーの関係が大切な問題になってきました。
光に波長という概念が入ってきて、エネルギーを波長(周波数)ごとにとらえる概念ができあがり、光子(hν)という概念が導入されるようになりました。
 
 以下の関係表が、カンデラとルーメンとワットの換算です。
ワットは、光の波長が関係していて、人間の眼に一番強く感じる緑(λ = 555nm)での換算となっています。
 
 
 
カンデラ
ルーメン
ワット(λ=555nm)
カンデラ(cd)
1
π/170
ルーメン(lm)
1/4π
1
1/683
ワット(W) (λ=555nm)
170/π
683
1
 
1 cd = 4π ルーメン = π/170 W ・・・(Light4)
 (点光源であり、全立体角 = 4πステラジアンに放射時の換算値。)
 
自ら発光している自発光物体は、輝度(cd/m 2 という数値で表され、光の反射によって光っているものは反射輝度で表されます。
輝度の学術的な考え方は少々難しく、多くの人は電球などの輝度を電球の表面積でかけて光度を求めようとしますがこれは間違いです。
 
 
 
 
 
 ■ 光度と照度について(Luminous Intensity and Illuminance) (2002.12.01)(2007.04.20追記)
 
 照度(Lux = ルクス)は、我々の生活の中で明るさを表す数値として一番馴染みの深い単位です。
日中の明るさも、事務所内の明るさも、居間の明るさもすべて照度によって数値化され、その値でおおよその明るさを認識しています。
人間の目は、日中の一番明るい150,000ルクスから月明かりの0.2ルクスまでおよそ1:750,000の明るさの変化を認識しています。
照度は、光源から物体に照射される光の量で示されます。
照度の単位はルクスですが、ルクスの意味は1m2当たりにどれだけの光束(ルーメン)が照射されているかを示す値(lumen/m2)です。
従って、発光体そのものの明るさは照度とは言わず、光度とか輝度という単位で表しています。
照度は、光を受ける量の単位ということができます。
光をたくさん与えても光を吸収する黒いものはそれほど明るく見えません。
逆に白いものは光を多く反射するので少しの光でも認識することができます。
同じ照度でも物体によって明るさの見栄えは違ってきます。
 
照度の定義に使われる光束は、光度(cd)から定義されています。
照度は、別の観点から次のように定義されています。
1カンデラの光度を持つ点光源(すなわち4πルーメンの光束を放つ光源)が、1メートルの距離から照射した明るさを1ルクスとする。
照度の本来の定義は、上でも述べたとおり、単位面積(m2)当たりに入射する光束(lumen)で表され、照度E(lux)は、lumen/m2という単位で定義されています。
1cdの点光源は、全方向(立体角4π)に光を放って4πルーメンの光束があり、これを1メートルの距離で光を受けると、1メートルでの全面積は4π(m2)であるので、照度は1ルクスとなるのです。単位立体角(1sr = ステラジアン)の1m位置での面積が1m2だからです。
 
 点光源から発した光は、距離が2倍になると受ける面積が4倍になるので(円の表面積が4πR2:R = 点光源からの距離)、照度は1/4となります。
これが有名な照度の逆二乗の法則です。
しかし、サーチライトやレーザなど指向性が強くて発散をしない光源や、照射距離に比べて光源が大きい場合(電球の大きさが照射距離の1/10以上ある場合)照度の逆二乗法則は当てはまらなくなります。
これは、放射される光束が拡がらずに距離が離れてもほぼ同じ面積に照射されるためです。
 
 
 
 
 
■ 照度と輝度について(Illuminance and Luminance) (2007.04.20追記)
 
 上の「光度と照度」で述べましたように、光を扱うのに一番良く登場するのが照度(単位:ルクス、lx、Lux、lm/m2)です。
その次に使われるのが輝度(単位:ニト、nt、cd/m2)ではないでしょうか。
光度は、日常生活や計測関係の仕事でもあまり使われませんが、光の単位の根本概念です。
もっとも、最近はLEDの明るさを示すのに光度(mcd、ミリカンデラ)の単位を使います。
光度があって、照度、輝度がある。それらを結び付ける概念が光束、と言ったところでしょうか。
 照度と輝度の両者にはどんな意味があり、どのように使い分けられているのでしょう。
照度は、物体が黒いものであろうと明るいものであろうと光が入る量によって求められます。
厳密に照度を定義すると、点光源から発せられた放射状に拡がる光が単位立体角に出す光束の量となります。
さらに、それが単位面積を照らす光束の量にも使われるようになり、今では単位面積に入ってくる光束の量で照度が定義されるようになりました。
照度は入射する光束の密度だけを言っているので、例えば、300ルクスの明るさの室内でも黒いものは暗く見え、白い紙は明るく見えます。
方や輝度はどうかというと、物体の明るさの度合いを指し示すのに使います。日常的にはあまり使いませんが、テレビモニタの明るさを言う時とか、会議などに使うプロジェクタスクリーンの明るさの度合いを表すときに輝度という単位を使います。
自発光体でない物体の輝度は、物体に反射して人の眼に入る光の量と言うことができます。
同じ光を当てても黒いものは低い輝度となり、白い紙は高い輝度値を示します。
照度と輝度には以下の関係があります。
 
     B = K x E / π    ・・・・(Light5)
       B:輝度(cd/m 2
       K:物体の反射係数、黒いほど値が低い、100%反射は1.0
       E:照度(ルクス)
       π:円周率(3.14159)
         注) ただし、この関係式が成り立つ反射物体は、拡散面を
            もつ物体についてだけです。鏡のようなものはこの限
            りではありません。K=1の物体面を完全拡散面と言い
            ます。
 
上に述べた関係式は、すべてのものにあてはまるわけでなく、完全拡散面について言える関係式です。
この式からわかるように、輝度と照度は同じ値ではありません。
π(円周率:3.14159)を仲立ちとしています。そして物体の明るさ(反射係数)も加味されています。
 
  輝度を求めるには、輝度計というものを用います。
物体が光っているものに対してその明るさを測るよりどころは、輝度計しかありません。
照度計では自発光体の面の明るさを求めることはできないのです(まわりくどいやり方をすれば換算できますが、一般的には測定ができません)。
 上の図が輝度と照度の違いを説明し、両者の関係を示した図です。
上の図では、左に白熱電球があり右に白熱電球の光で明るくなった反射板が置いてあります。
まず、輝度計を使って白熱電球の明るさ(輝度 = BL)を測ります。
次に同じ輝度計で反射板の明るさ(輝度 = Bb)を測ります。
両者の測定値は、容易に想像できることですが違うはずです。
両者が同じになるのは、反射板が限り無く明るくて、乱反射を起こさない板、すなわち100%反射の鏡の時です。
白熱電球からの光は、反射板で反射して四方八方に散らばります。この四方八方に散らばる度合いがπであると考えられます。
 
 上の式の数学的意味は、下で紹介するランベルトという人が考察して導きだしました。
ランベルトの余弦則というのが、輝度の概念を表した数式です。
ランベルトの余弦則では、反射する物体、もしくは発光体は完全拡散面であることが条件になっています。
完全拡散面というのは映画館に見られるようなスクリーン(実際は、人が鑑賞しない左右には拡がらないように、微小ではあるけれど縦筋状に波打たせて左右への光の反射を防いでいる)とか、白い大きな白熱電球(シリカ電球)がこれに近い性質をもっています。
ようするに、発光面(反射面)のどの方向から見ても明るさが一様な面を完全拡散面と言うのです。
輝度計でいろいろな角度から面の輝度を測ってみて、それがほぼ同じ値を示すならその面は完全拡散面と見なすことができます。
 
 さて、上の図の中の反射板を完全拡散面とし、反射板を輝度計で測ってBbを得たとします。
別に、照度計を使って反射板に入射する光を測定して照度ELを得たとすると、BbとELの両者には上の式で示した関係式が成り立ちます。
この式は、輝度と照度の関係は、物体面の吸収の度合いとπが仲立ちしていることを示しています。
また、完全拡散面という条件もついています。
 
最近、急速に進歩を遂げている液晶パネルの明るさは、照度で言い表わすことが難しく、輝度を用いています。
液晶パネルは、みなさんも経験されていることと思いますが、見る角度によって明るさが異なります。
最近はずいぶんと視認性が良くなったものの、それでも斜から見ると明るさが変わります。
この液晶を輝度値で表す場合は、測定した角度を明記しておく必要があります。
輝度は完全拡散面が基本となっているので、照度などへの換算を試みる場合に誤解が生じるからです。
 
 上の関係式で興味深いのは、テレビモニタのような発光体の明るさ(輝度)と室内照明で照らされた明るさ(照度)を比較する時に、輝度と照度の関係をこの式を用いることで簡単に比較でき、重宝します。
例えば、500ルクスの明るさのリビングでは、500ルクスに相当するような明るさのテレビ画面を基準として明るさを調整したり、その程度の明るさを持つテレビをあつらえたりすることができます。
室内の明るさに馴染んでいる眼がテレビモニタを見る時に、テレビが明るすぎたり暗すぎたりするのでは眼が疲れてしまうからです。
500ルクスの室内では、上の式を参考にして、灰色の明るさの画面で以下の輝度があれば良好であることが理解できます。
 
     Bb = 0.18 x 500ルクス / 3.14 ・・・(Light6)
      = 28.6 cd/m2
 
 
  
私が持っている古い照度計(左)と輝度計(スポットメータ)(右)。
1970年代のもの。
照度計(左)は、左部が入射面で完全拡散面の白色白板に入射した光を測光して照度を求める。
輝度計は、左部のレンズを通して入射した光をシリコンフォトダイオードで受け受光角度より物体から反射した輝度を求める。
両者とも受光素子で光を検出するのは同じ。光エネルギーを取り入れる光学系と、光エネルギーを照度と輝度に換算し表示するところが違う。
 
 
 
シリカ電球をデジカメで撮影して、「Image」という画像処理ソフトにて解析。
左画像中の水色の水平線の輝度プロファイルを右図に示す。右図の横軸が画像の画素座標で、縦軸が輝度値。
画像処理が示すシリカ電球の輝度は、256階調分の220の値が中央にあり周辺までほぼ一定の輝度を示している。
シリカ電球は、電球全般にわたり一定の明るさを持つ完全拡散面にほぼ近い輝度体であることがわかる。
 
 
次に、光の単位のそれぞれの換算について考えてみましょう。
以下に換算表を示します。
換算にはπが頻繁に出てきます。
 
 
 
■ 照度・輝度の換算表 (2000.06.05見直し)
 
 
 
照度 注1
(ルクス)
照度注1
(フート・
  カンデラ)
輝度
(cd/m 2
輝度
(nt = ニト)
光束発散度
ラドルクス)
光束発散度
フート
ランベルト)
光束発散度
ランベルト)
輝度
アポスチルブ)
照度
(ルクス)注1
1
1/10.764
0.18/π
0.18/π
0.18
0.0167
1.8/100,000
0.18
照度
(フート・カンデラ)注1
10.764
1
1.94/π
1.94/π
1.942
0.18
1.94/10,000
1.94
輝度
(cd/m 2
5.56π
0.515π
1
1
π
π/10.764
π/10,000
π
輝度
(nt = ニト)
5.56π
0.515π
1
1
π
π/10.764
π/10,000
π
光束発散度
(ラドルクス = lm / m2
5.56
0.515
1/π
1/π
1
1/10.764
1/10,000
1
光束発散度
(フートランベルト
= lm / ft2
58.8
5.56
10.764/π
10.764/π
10.764
1
10.764/10,000
10.764
光束発散度
(ランベルト
= ルーメン / cm 2
55,556
5,145
10,000/π
10,000/π
10,000
10,000/10.764
1
10,000
輝度
(asb = アポスチルブ)
(1/π)・cd / m2
5.56
0.515
1/π
1/π
1
1/10.764
1/10,000
1
注1)照度との輝度換算は、反射する材質によって異なるので18%反射材質での換算輝度とした。
 
上の表の見方は、横に見て下さい。(2000.06.05 整合性を取り見直しました。
                この見直しにはT工大M.Y.さん(訪問者からの声No.122)のご指摘を仰ぎました)
 
     1ルクス = 0.0573ニト = 0.0573cd/m 2 = 0.0167フート・ランベルト = 0.18アポスチルブ
 
という具合です。
以下に、現在使われている光の量を現す単位をまとめました。
 
 
【カンデラ】(candela)(cd) (2009.02.28追記)
 光度をあらわす単位です。 
 光の根本的な単位です。
 555nmの光が、立体角当たり(1ルーメン/sr)に、1/683 W放出されるエネルギーを1cdと定義されています。
 難しい定義となっていますが、レーザやLEDなど広範な光に対応する場合にはむしろわかりやすいかも知れません。
 歴史的には、燭(しょく)という光の明るさからカンデラが定義されました。
 
【ルーメン】(lumen)(cd/sr)
 光束を表す単位です。
 1カンデラ(cd)の光度を持つ光が、単位空間内(1ステラジアン)に放射される光の量を表す単位です。
 光度と照度、輝度の仲立ちをするため換算に便利です。
 
【ルクス】(lux)(lumen/m2
 照度を表す単位です。
 入射光束の単位です。
 単位平面(m2)にどれだけの光(光束= ルーメン)が入ってくるかを表します。
 この単位は1897年にドイツで採用されて、一時は、メートル燭(メートル燭、meter-candle)とも呼ばれていました。
 ルクスの語源はラテン語の『光』から来ています。
 明るさを言い表すのに最もなじみの良い単位です。
 事務所の室内は500ルクス、晴天の屋外30,000ルクス〜80,000ルクスです。
 
【フート・カンデラ】(ft-cd)(lumen/ft2
 これも照度を表します。
 ルクスがSI単位系なのに対して、これは1平方フィートあたりの入射光束を表します。
 ルクスをメートル燭と言っていたのに対し、フート燭(foot-candle)と呼んでいました。
 メートルとフィートの面積換算は、
 
     1 ft2 = 0.093 m2、  1 m2 = 10.76 ft2
 
 で示される如く、面積を表す単位が1 ft2の場合に1m2よりも1/10程度小さいので、
 1ルーメンの光が1 ft2に入る1ルーメン/ ft2は、1ルーメン/m2よりもたくさんの光束を受けていることになり、
 1ルクスより明るくなります。したがって、
 
     1 フート・カンデラ(= ルーメン / ft2 = 10.76 ルクス(= ルーメン / m2 ・・・(Light7)
 
 と換算されます。
 
【ニト】(nt)(nit)(cd/m2
 輝度を表す単位です。
 放射光の密度単位です。
 みかけの単位面積から立体角当たりにどれだけの光(光度)が放射されるかを表します。
 単位は、ntとか、nitで表します。
 ntは、cd/m2と同じ値です。
 晴天の青空の輝度は、2 x 103〜 6 x 103 ntです。
 ニトは『輝度』という意味のラテン語から来ています。
 よく間違えるのは、輝度を測ってその輝度を持つ面光源の面積をかけると光度が導きだされるのではないかと考えがちですが、それは間違いです。
 面積をかけても立体角の単位が消えていません。
 
【cd/ft2
 これも輝度を表します。
 米国の輝度の単位です。
 米国では照度は、フート・カンデラ(ft-cd)という値で親しまれているのに、輝度に関してはあまり頻繁に登場せず、
 フート・ランバートで言い表されることが多いようです。
 ですから、この値を米国でどのように表現しているのか知りません。
 カンデラ・フートと言っているのでしょうか。
 だとすると、照度のフート・カンデラと間違いやすくなってしまいます。
 
【ラドルクス】(lm/m2
 光束発散度と呼ばれる単位で、完全拡散面では照度に相当します。
 意味は単位面積から発する光束で、次元は照度と一緒です。
 アポスチルブと同じです。
 
【フート・ランベルト】(lm/ft2
 光束発散度を表す単位で、アメリカ・イギリスで使われている輝度単位です。
 footlambert(単位:ft-L)と呼んでいます。
 
【ランベルト】(lm/cm2
 光束発散度を表す単位で、単位面積をcm2としています。
 ラドルクスがm2を単位とし、フート・ランベルトがft2を単位としているのに対して、
 ランベルトはcm2を単位面積としています。
 
【アポスチルブ】( asb = 1/π・cd/m2 = lm/m2
 光束発散度で単位面積をm2としています。
 ラドルクスと同じです。
 
【スチルブ】( stilb、sb = 1/cd/cm2 = l04cd/m2
 輝度の単位です。
 この単位はcmを主要素としたCGS単位で毎cm2当たり1cdに相当します。
 快晴の空の輝度は0.2〜0.6sbです。
 スチルブの語源はランプを意味するギリシャ語から来ていて1921年フランスのA.Blondelによって名付けられました。
 
興味あることに、これらの明るさに関する単位は、他の単位がそれに貢献した人物たちの名前が付けられているのに対し、
Lambert(Johann Heinrich Lambert、独 1728 - 1777)以外に人物名の単位はありません!
 
 
 
■ 完全拡散面(Perfect Diffusing Surface) (2000.06.06)(2005.02.22追記)
  本ホームページを開設して「光と光の記録」がかなり親しまれるようになりうれしく思っています。
訪問者の中で問い合わせが一番多いのが、照度と輝度に関するコメントです。自分で光っているものと、周りから照らされて明るくなっているものの両者の明るさを比較するにはどうしたらいいか?という問い合わせです。
 両者を比較する手っ取り早い方法は、輝度計(スポットメータ、それがなければフィルムカメラの露出機構、デジカメの絞りと露出時間の情報)を使って、両者を測定してやれば数値で比較することができます。
建築関係者は、アポスチルブという単位で測定しているようです。
我々写真関係者は、輝度はnt(ニト)、照度はルクス、それにカメラの露光条件にはEV値を使用しています。
 輝度と照度の関係式は、光源に照射されて反射する面が完全拡散面であるという条件のもとで以下の関係式が導き出されています。
 
       B = K x E / π   ・・・(Light5)(前述)
           B:輝度(cd/m 2
           K:反射係数
           E:照度(Lux) 
 
この式が導かれる経緯を以下で示します。
 
 完全拡散面は、どの方向から見ても輝度の等しい表面を言います。
完全拡散面では、表面に凹凸があっても見る方向が変わってもどのような方向でも同じ明るさに見え、凹凸のあばたが見えません。
こうした拡散面は、左上の図に示すように、In・cosθの光度分布を持つ(拡散面を持つ)理想の面となります。
このような条件をランベルトの余弦則といい、この条件を満たす拡散面を完全拡散面と言います。
この余弦則に従うと完全拡散面の光度の軌跡は球面になります。
 
 
 
 【ランベルトの余弦則】
 
       dIθ = dIn cosθ   ・・・(Light8)
          Iθ: 完全拡散面の法線方向より
             θ角度から見た光度
          In : 完全拡散面の法線方向の光度
 
 この式は、発光面をどの位置からみても同じ明るさに見える、という完全拡散面の考えを数式にあらわしたものです。この式は、光度は見る位置によって変わり、発光面と垂直の法線面の光度(Iθ)が一番強く、θが90°である位置が「0」になっていることを示しています。
光度が変わることが、明るさが同じに見えるというのうのも変な気がしますが、輝度は面積当たりの光度ですから、発光面を横から見るとみかけの面積が小さくなります。
小さい面積から放出される光の量は小さいのが当たり前で、それが光度の変化として表され、ランベルトの余弦則として数式化されました。
 完全拡散面から放出される光度の強さは球面状を描くような強度分布となります。
輝度(B)は、任意の角度での光度(Iθ)と、その角度からのみかけの完全拡散面の面積(dA・cosθ)を割って求められるで、両者の関係は以下のようになります。
 
     dIθ = B・dA・cosθ   ・・・(Light9)
 
また、光度Iθによって照らされる面の照度(Eθ)は、照度面位置までの距離(Dθ)を使って、
 
     Eθ = B・dA・cosθ2 / Dθ2   ・・・(Light10)
 
で求められます。これより拡散面全周にわたって全光束を求め、それを微小面積で割れば、
 
     dF = π・B・dA   ・・・(Light11)
     dF/dA = π・B   ・・・(Light12)
 
という関係式がもとまります。
この式は、単位面積あたりの光束の量は、完全拡散面の輝度Bにπをかけたものであり、単位面積当たりの光束の量、dF/dAを光束発散度Mと言っています。
従って、完全拡散面では、拡散面から放射される輝度 B (cd/m 2)と光束発散度 M (lm/m 2)との間には、
 
     M = π x B  ・・・(Light13)
 
の関係があり、
 
     光束発散度と入射照度は同じなので反射率が1の場合、E = π x B
 
という関係式が導き出されます。
 
 完全拡散面は、上記のような条件を満足させる仮想的な面ですが、この条件に近いものとして、良質の乳白色ガラス(オパールグラス)、厚く塗布された酸化マグネシウム、硫酸バリウム、澄み切った青空、一様に雲のかかった空などがこれにあたります。
白熱電球のシリカ電球もボール全体が均一に光って完全拡散面に近い発光体です。
蛍光灯もチューブの回りは均一に光って明るさが一定なので完全拡散面とみなして良いと思います。
 
 
【ランベルト(Johann Heinrich Lambert、1728.8 - 1777.9)】
フランス生まれのドイツの哲学者、数学者。
独学で哲学科学を修める。父親は服の仕立て屋で7人兄弟(5人男、2人女)の中で育つ。
兄弟が多く暮らし向きも決して楽ではなかったので、義務教育を終えた12才より家業の仕立て屋を手伝った。
15才になると鍛冶屋で働くようになったがまもなく新聞社の編集者の手伝いの職を得て、哲学、科学、数学、天文学などの見聞を広める機会に出会った。
20才にはスイスに移り住んで名家の家庭教師をするうち、その家にあったたくさんの蔵書を読み学問の造詣を深めた。
家庭教師先の子どもが大きくなって彼らの見聞旅行に随伴し、ゲッチンゲンなどヨーロッパを回り思想家、科学者と親交を深めた。
 1765年ベルリン・アカデミーの会員。同じ時代の会員にはレオンハルト・オイラー(Euler:1707 - 1783)やジョセフ・ルイ・ラグランジェ(Lagrange:1736-1813)らがいた。
当時は、科学的現象を数式を使って表す学問が芽生え、イギリス、フランス、ロシアなどの国王や貴族が競って優秀な数学者を召し抱えた。
スイス人オイラーはそうした時代の代表的な人物で、卓抜な数理的頭脳を持っていた。
彼は、王族が作った科学アカデミーに招かれて論文を書き上げ自然物理学の数学的処理を確立して行く。
同じ仲間にオイラーの先輩のスイス人ダニエル・ベルヌーイ(1700 - 1782)や、オイラーの門下生で後にフランス革命政府軍によりエコル・ポリテクニクの初代校長になったフランス人ラグランジェらがいた。
ランベルトもこうした仲間と一緒に光の学問に足跡を残した。
彼は、生涯に200近い研究論文と16の著書を著した。
哲学の研究では、ライプニッツの影響下、科学知識と数学と同等の精確さを持つための条件を探求した。
物理学を数学と同等の精確なものにするために、測光学、湿度測定、高温測定の分野で貢献した。
『測光学』(1760)の著書では光度のコサイン則(ランベルトの余弦則)を発表した。
溶液の吸収度の法則、ランベルト・ベールの法則(Lambert - Beer's law)も有名。
 
 
  
 輝度の表し方にはたくさんの言い方があるので、理解しずらい面が多いと思います。
いろいろな人たちが自分たちで使いやすいように使っているというのが正直なところです。
カメラマン達にはおそらくエネルギーの単位であるワットなど必要ないでしょうし、アメリカ人にはルクスという照度の単位やメートル法はなじみが薄いでしょう。
反面、このページを見ている多くのエンジニアや研究者は、エネルギーで光を見ているので、フートランベルトやアポスチルブなどは使わないと思います。
 輝度の基本単位は、単位面積あたりの光度で[cd/m 2 という単位を用いていて、これをnt(ニト)と表します。
光っているものを完全拡散面と見なせば、輝度にπの補正を加えてアポスチルブ[asb](もしくはラドルクス)として照度(ルクス)と換算しやすい値にします。
我々の日常での光の単位は、輝度の単位[cd/m 2 ]と簡単な呼び名であるnt(ニト)、それに照度(ルクス)との換算をおさえておけば十分だと思います。
輝度は、蛍光面の明るさ、ランプの明るさ、スクリーンの明るさを表すときに使います。
 
 
【米国の照度の表し方】(1999.09.10)
 光の単位の表し方で最も一般的なものは照度です。単位はルクスが一般的です。
しかし米国では度量単位にヤード・ポンド法を使っているため、照度をft・cd(フート・カンデラ)で表しています。
この照度の表し方について疑問を抱かれた方からメールをいただいた(訪問者からの声2 No.75)ので若干の説明をしてみたいと思います。
 
 フート・カンデラというのは、米国が使っている照度の単位です。
日本やメトリックを採用している国では「ルクス」を使っていますが、米国はメートルではなくフィートが一般的ですからメートルをフィートに直して表しています。
 結論から言いますと両者には、
 
     1 ft-cd(フートカンデラ) = 10.76 Lux   ・・・(Light7)(前述)
 
という関係式があり、100 フート・カンデラと記されていれば約1,100 ルクスのことになります。
 
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照度の便宜的な考え方は、
光度1 cdの光が1 m離れた所で照らされる明るさを1ルクスと定義し、
2m離れると1/4倍の0.25ルクスになります。式で表すと、
 
     照度(ルクス) = 光度(cd)/(距離m)2   ・・・(Light14)
 
と表されます。距離の二乗に逆比例するという原理です。
米国のフートカンデラは、この距離メートルにフィートを当てたもので
照度(フートカンデラ) = 光度(cd)/(距離ft)2
となります。
 
     1 ft2 = 0.0929 m2   ・・・(Light15)
 
ですから、
 
     照度(フートカンデラ) = 光度(cd)/(0.0929 m2
                = 10.76 x 光度(cd)/(距離m)2
                = 10.76 ルクス   ・・・(Light16)
 
という換算になります。
 
     米国の文献を見て、照度にft・cd(フート・カンデラ)という単位が出てきたら、
     約10倍を掛け合わせればルクス換算になるとご理解下さい。 
 
なお、スティルカメラ撮影の露光条件を決める際に露出計に使用されるEV(Exposure Value)値については、『高速度カメラ入門Q&A』に説明がありますのでそちらを参照下さい。
 
 
 
【燭(しょく)(= candle power)】 (2002.3.24)(2002.12.08追記)
 燭は、光の単位である『光度』の言い表し方です。
私が小さい頃、蛍光灯などまだ十分に普及していなかった時代、小さい豆ランプ(5W程度か?)が夜の寝室に灯された明かりであったのを記憶しています。
この小さい豆ランプのことを祖父が『五燭電球』と言っていたのを覚えています。
燭(しょく)というのはどういう単位なのでしょうか?
 燭という単位は、1877年イギリスで決められた光度の単位です。
この単位をcandle powerと呼びましたからまさにロウソクの炎からきた単位のようです。
これを日本に輸入した際に燭と訳したのだと思います。この値の単位は、イギリス人ハーコートによって考案されたペンタン灯火を一定の条件のもとで燃焼させて、その発光の水平方向の光度の10分の一を『1燭』としのだそうです。
 燭は、上に述べた定義よりも前の1860年に英国の首都ガス条例で初めて法定され、その時の燭の定義は、「1時間に120グレーン(7.776 x 10-3kg)の割合で燃焼する6ポンド(2.7216kg)のくじらローソクの明るさ」とされていました。
1800年代初頭の英国は、灯火をロウソクから石炭ガスに替えていた時代で、光の明るさの基準が欲しかったのだと思われます。
 現在の光の単位になるカンデラ(candela = cd)は、燭とほとんど同じ光度を持った明るさで、燭もとにして正確なカンデラが制定されました。
1燭は、1.0067cd(カンデラ)に相当し、今のカンデラが単位として採用されるまでイギリスや日本などで用いられました。
日本では、1958年(昭和33年)12月31日に「燭」の使用が廃止されたそうです。
祖父は明治の人でしたから、カンデラよりも燭の方が使いやすかったのだと思います。
先ほど登場した5燭の電球は、5カンデラの光度を持った明るさの電球ということになります。
この電球の明かりの下では、1mの位置で5ルクスの明るさが得られるというわけです。
 
 ちなみに、ロウソクの炎の輝度(光度ではありません)を測定したところ、炎の真ん中の一番明るい所で1,200cd/m2 ありました。
炎の上部は750cd/m2 で中心部は150cd/m2 程度でした。
測定したロウソクは、直径20mm、芯径が2mmのもので炎の大きさが15mmx30mmほどでした。
このロウソクで照度を測定したところ炎からの距離10cmで200ルクス、30cmで15ルクスありました。
照度からロウソクの全光束を計算すると約20ルーメンの光束を持っていることになります。
これが一点から出されたとすると光度は20cdとなり、これは1燭光の20倍の明るさになります。
今回測定した炎は15mmx30mmほどの体積をもっていますので体積比1/20のロウソクを使用すればとすれば1燭光の光が得られる計算になります。
ロウソクと単に言ってもすべてが1燭光の明るさを持っているわけではないことがわかります。
 
 
■ 光度と輝度について(Luminous Intensity and Luminance) (2000.12.21)(2007.04.20追記)
 AnfoWorldをご訪問された方から輝度の意味合いがよくわからないというご質問を受けました。(『訪問者からの声』 No.163)
光の単位には、基本的に、
 
     光度、光束、照度、輝度、(それにエネルギーとしてのワット)
 
という基本単位があります。私たちは、これらの単位を状況に応じて使い分けています。
日常生活では、ほとんどの場合、照度(ルクス)で明るさの度合いを言い表していることが多いのですが、テレビの画面や電球そのものの明るさを表す時は、輝度を使います。
ここでよく間違われるのが、輝度と光度です。
輝度と光度の認識がきちんとできていれば、光の単位のとらえ方はかなり楽になると思うのですが、日常頻繁に使うものではないために、これらを認識するのはちょっと辛いかもしれません。
 光度、照度、輝度の間を取り持って、一元化した考えのできる光の単位が光束(こうそく)と呼ばれる概念です。
光を一本一本の束と考えて、どれだけの量の束(光束 = ルーメン)が、単位立体角空間に放射されるかで光度という単位ができ、どれだけの単位密度で放射されるかによって輝度という単位になり、そして、どれだけの量が面にあたるかによって照度の単位になります。
ちょうど頭に生えている髪の毛を想像してもらえると良いでしょう。
若い人は、髪の毛がフサフサとして単位面積あたりの髪の本数が多いのに、年を経るに従って薄く(単位面積当たりに生えている本数が少なくなる)のに似ています。
 照度と光度と輝度は、光束という単位で互いに関連づけられますが、光束の拡がり方がそれぞれの単位では違うようです。
照度は、光束が平行であれ、収束光であれ単位面積に入る光束でその値が求まります。
光度は、光束が四方八方に放射される値で、単位立体角に放射される光束で定義づけられます。
輝度は、単位面積から単位立体角あたりに球状の光度分布(光束放射)をするものです。この定義は、一般の人にとっては若干難しい感じを受けます。
 
 これまで照度と輝度については、前項でかなり深く説明してきました。
今回は、光度と輝度について述べてみようと思います。
太陽の明るさを言うときにどんな単位を用いれば良いでしょうか? 
また100Wの裸電球の明るさを言うときには、どんな光の単位を用いれば良いのでしょう?
何度も言いますが、光の量や明るさを表す場合に、一番よく使われるのは照度(ルクス)です。
ですが、照度という単位で全ての光の量を特定することは困難です。
テレビ画面の明るさを照度で表すのもかなり無理がありますし、蛍光灯の明るさも、発光体自体も照度で表すのは苦しいものです。
(照度と輝度の関係は、上の ■照度と輝度 で説明してあります。)
 
    発光体自体の明るさを言う場合には、輝度(cd/m 2)という単位を使います。
    発光体が点のような小さな物ですと、光度(cd)という言い方になります。
 
つまり、発光体(反射体)で面を持ったものは輝度で表し、一点から出ているような光源の場合には光度で表します。
その使い方の違いは、はっきりとはしていないのですが、光源の大きさが見る側から見て、光源の大きさの10倍以上離れて見るときは点光源として大きな誤りはないとしています。
つまり、10cmの裸電球を1mの距離で見た場合には点光源として見ても良い、という考えです。
テレビのブラウン管面(液晶画面)は、面の明るさが重要な性能であり、面自体が一様でなく暗い部分や明るい部分をかなり慎重に論議しますので点光源と見なすわけにはいかず、輝度という尺度を用いることになります。
輝度は、基本的には完全拡散面からの光度を前提としています。
しかし、実際にはそうした拡散面は希(まれ)ですから輝度計を使って輝度(明るさ)を測ることになります。
 
 
輝度は、面を持った発光体や反射体での明るさを表すのに使いますから、ブラウン管の蛍光面輝度、プロジェクターのスクリーン輝度、LEDの表示灯の発光輝度、太陽、月の明るさを表す時に使います。
太陽や月はかなり遠いところにあるので光度としてとらえることもあります。
 光度は、点光源の明るさを示しますから灯台の明るさ、蝋燭の明るさ、水銀灯、キセノン管などのショートギャップの放電発光灯の明るさに使用されます。
光度表示で示される光源は、投光距離によっておおよその照度が求まるので便利です。
10,000cdの光源は10mで100ルクスの照度が得られる、という具合です。
ただ、最近は光度で言うケースはあまり無く、点光源はルーメンという単位をもった光束で表されることが多いようです。
ルーメン表示ですと、投影する面積でルーメンを割ってやればおおよその照度がわかるという利点があります。
 
 
【光度と輝度の関係】
 光度I(cd)を持った点光源の周りを拡散板で覆った場合、拡散板の輝度 B(cd/m2)がどのようなものになるか検討して見ましょう。
輝度の単位を見ていると、輝度値に面積を積算してやれば光度が求まるように思えます。
しかし、輝度値に全面積をかけてやるとかなり大きな光度値となってしまいます。
点光源から放射された光束はある距離 R 離れた位置の拡散板で四方八方に拡散されるので、輝度と面積をそのままかけたのでは都合が悪そうなことは直感で判断できます。
 
 完全拡散面の所でも述べましたが、拡散面の単位面積当たりに入射した光束 F (lm)が四方八方に放射される場合、それが完全拡散面の場合は、立体角πステラジアン分だけ拡散します。
ですから輝度も入射した光束がπ分だけ拡散することになります。
輝度の定義は、何度も述べますが、
 
『面光源からある特定の方向に放射する光束が、その方向に垂直にとった単位面積当たり、及び単位立体角当たりいくらであるかを表す単位で、lumen / m 2・sr で表される。』
 
となります。
輝度は光束から求めないと正しい判断ができないことになります。
これをもとに、輝度と入射光束の関係式を求めますと、
 
      B = ρ * F / (π * A)  ・・・(Light17)
         B: 輝度  cd / m 2
         ρ: 透過率 (0-1.0)
         F: 入射光束 lumen
         π: 3.14159 ステラジアン
         A: 単位面積 m 2
 
という関係が導かれます。
ちなみに、F/Aは入射光束を単位面積で割ったものですから、これをE(照度)とおくと
 
      B = K x E / π   ・・・(Light5)(前述)
         B:輝度(cd/m 2
         K:反射係数
         E:照度(Lux)
 
となり、今まで述べてきた照度と輝度の関係式と同じになります。
 ここで見方を変えて見てみます。
完全拡散面に到達する光束は、光度 I cd から放射されたものですから全方位に光束 4πI lumen の光を放ち、それが球形の完全拡散面で受け止められ拡散されます。
 完全拡散面は、半径 R の球形ですから拡散面の表面積は、4πR 2で表せます。
したがって、完全拡散面で受ける照度は、
 
      F/A = 4πI / 4πR 2 = I / R 2   ・・・(Light18)
 
とすることができますから、上に出てきた輝度式は、
 
      B = ρ * I / (π * R 2  ・・・(Light19)
      I / R 2 = E ・・・(Light20)
 
で表され、これより、
 
      B = ρ * E / π  =   K x E / π   ・・・(Light5)(前述)
 
と表すことができます。
 
この式は、
     ある光度 I を持った点光源をRの距離で完全拡散球で包み込むと、
     拡散面の輝度は、立体角πで除した値に距離Rの二乗に反比例した値になる
ということがわかります。
従って、拡散面の輝度がBであったからといって、この輝度Bに表面積4πR 2をかけても、4πBR 2となり、
上の式のπBR 2/ρの値と比べて、4/ρも大きな値となってしまうことがわかります。 
 
  右の図は、家庭にあったシリカ白熱電球を点灯させて、電球表面の輝度をカメラのスポットメータで測り、併せて照度計を使って1m離れた位置から照度を測った模式図です。シリカ電球は、ホワイトボールと呼ばれているもので非常に均一な光を発します。
このホワイトボールを点灯させ電球表面の輝度(実際はEV値を測定してEV値から輝度値は簡単に換算できる)を測定しました。
その値は全域にわたってEV16(輝度値 9,150 cd/m 2)でした。
また、電球から1m離れた距離で照度を測っところ120ルクスありました。
このシリカ電球はカタログで見ると、球形の直径が95mmで、全光束が725 lumenあるとありました。
実測した輝度と、上で述べた輝度と光度の関係式からシリカ電球の見かけの光度 I cd を求めてみます。
 
     9150 = ρ * I / (π * (95x10-3/2)2 )  ・・・(Light21)
     I = 64.8/ρ cd  ・・・(Light22)
 
となります。また、カタログ値の全光束が725ルーメンという数値から見かけの光度を求めると、
 
     725 = 4πI  ・・・(Light23)
     I = 725/4π = 57.6 cd  ・・・(Light24)
 
となり、測定した値とよく一致します。
 また、測定した照度から見かけの輝度を求めますと、測定距離1mで120ルクスですから、見かけの輝度は120 cdとならなくてはならないのに、輝度とカタログ値から求めた見かけの光度とは倍近く違うことがわかります。
この理由は、電球をとりつけた背面の壁や反射などの周辺光が照度計に入射してしまうためと考えられます。
また、1mの距離でφ95の発光体は点光源とするにはまだ少し大きいのかも知れません。
測定距離を2mとしたら20ルクス程度となり、点光源に近い値となりました。
 
 
■ ANSIルーメン (2001.12.28)(2003.07.26追記)
 昨今のプロジェクタの興隆で、明るさの度合いを表す単位として頻繁に登場するのがANSIルーメンという光の単位です。
この値が大きいほど明るいプロジェクタとなります。
「光束」の単位がプロジェクタの性能表現になぜ使わているのかと言えば、この値を投影するスクリーン面積で割ってやれば、スクリーン照度を簡単に割り出すことができるからです。
照度は、我々が一番なじみが深い光の単位なので、理解がしやすいわけです。
理解しやすい照度もプロジェクタで映し出すスクリーンの大きさが変わると明るさが変わります。
従って、その大元の投射される光束でプロジェクタの明るさ性能を示しているのです。
 例を挙げますと、40万円クラスの液晶プロジェクタの明るさを1,200ANSIルーメンとしますと、このプロジェクタを使って、2m x 1.5m の大きさのスクリーンに投影した場合、スクリーン照度は、
 
     1,200 ルーメン / (2m x 1.5m)= 400 ルクス  ・・・(Light25)
 
となります。400ルクスは通常の事務所の明るさですから、事務所内でこのプロジェクタを使用してこの大きさに拡げて使用するには、部屋の明るさをプロジェクタのスクリーン照度よりも1/5から1/10に落とさなければなりません。
この場合には、部屋の明るさを100ルクスから50ルクスくらいにする必要がでてきます。
また、500ルクスの事務所内で部屋を暗くせずにプロジェクタを使用したい場合には、周囲照度の4倍程度の2000ルクスのスクリーン照度が必要となります。
この場合、同じプロジェクタを使うとしますと、スクリーン投影は1m x 0.8m程度の大きさが適当である、ということになります。
このように、ANSIルーメンの単位はスクリーンの大きさとスクリーン照度に直結する光の単位なので極めてわかりが良い単位、ということができます。
 ルーメンという光束の単位の前にANSIという記号がつくのは、ANSIという米国の規格協会(American National Standard Institute)が制定した測定方法によって光束(ルーメン)を算出しているためです。
ANSIが定めた光束の測定方法というのは、40インチから70インチの白いスクリーンを使って(映像は出さずに)光だけをスクリーンに投影し、その画面を9分割してそれぞれ各ゾーンの中心に照度計を置いて照度(ルクス)を測定する方法です。
この9箇所の照度の平均値にスクリーンの面積(m2)を掛けた値がANSIルーメンとなります。
 
 
 
■ 距離変化に伴う輝度値について
- 照度は照射距離で値が違ってくるのに、輝度は距離によって何故値が変わらないのか? (2000.12.10)
 
 22年くらい昔、私がこの業界に入って間もない頃、イベントの映像関係の仕事でプロジェクターのスクリーン設置工事を手伝ったことがあります。
この時スクリーン面の輝度を計るため輝度計(スポットメータ)を持って、張られたスクリーンにチャートフィルムを映してスクリーン各部の輝度を計ったことがありました。この時教わったのは、
 
     輝度面からの測定する距離が変わっても輝度値は基本的には変わらない。
 
ということでした。
当時は、実際に輝度計で計ってみて先輩の言っていることを事実として理解したものの、原理的に十分な理解をしていませんでした。
輝度面から離れれば明るさも暗くなりそうな気がして、イマイチしっくりと理解できなかったのです。
 輝度というのは単位面積から発している光束の度合い(光度)を示すものであり、距離が遠くなればそれだけ目(輝度計)に入る光束は少なくなります。
しかし、光を発している発光体の面積も小さくなるため、比率(立体角あたりの光束)は結局変わらないのです。
これが、『輝度は計る距離によって変わらない』という拠り所となっています。
輝度の単位面積を極端に小さくした点光源では値が光度となり、この値は光束を四方八方に発散させる能力を表すものであり見る位置によって値が変わる代物でないことがわかります。
 上記の説明は一般的な説明で(完全拡散光源について述べたもので)、発光体の放射に偏りがあるようなものではこのきまりは当てはまらないことをご理解下さい。
 
 
 
光の色について (2003.01.07)
 今までの説明では、光を強さとしてその量を求める方法について述べてきました。
光には、明るさの他に「色」という大切な属性を持っています。
光は波であり、その波長(振動数)の違いを人間の目が色として認識しているのです。
人間の視細胞は青色から赤色まで、光の波長にしてλ = 380nm 〜 780nmまでの領域を色として認識できます。
 地球上のものがいろいろな色合いで私たちの目に入り込むのは、それを映し出す光源、すなわち太陽光が、いろいろな光の波長成分を含んだ白色光源であり、その光源を物体が吸収したり、散乱させたり反射したりするのでいろいろな色に見えるのです。
 
■ 究極の光源 - 太陽
 太陽は地球にとっては究極のエネルギー源です。
エネルギーとして大事である以上に私たちの営みをする上でも大切な光源です。
太陽からはいろいろな光が降り注いでいます。
太陽は、水素がほとんどを占めるガス球で直径140万kmの巨大なものです。
太陽系のほとんどの質量が太陽にあると言われていますから、ガス球といってもその大きさと密度は相当なものです。
太陽は質量が大きいため水素が外に放出されることはなく、内部ではその圧力のために水素同士がぶつかる核融合が起きています。
この核融合でヘリウム(4個の水素原子から1個のヘリウム原子)ができるのですが、その核融合反応時に生成エネルギーができ、光もその一部として放出されます。
1グラムの水素がヘリウムに変わる核融合反応ではおよそ1億5000万キロカロリーのエネルギーが発生します。
太陽光の内部は1600万Kの高温であり、70万km離れた太陽表面(光でも中心から2秒以上もかかる距離!)ではその温度は6,000Kとなっています。
太陽表面では、固体輻射に近似した連続スペクトル(固体を熱していくと温度に応じた発光が見られその発光は赤外から青色領域までをカバーする連続した発光)が見られます。
厳密に言うと、太陽光は赤外から紫外まで連続した光を放射してますが(もっと厳密に言うとX線や各種放射線も放出している)、特定の波長が歯抜けになったような現象(これを吸収線、フラウンホーファー線と言う)が見られます。
なぜ特定の波長が歯の抜けたように無くて吸収されてしまうかと言うと、表面にある原子やイオンが特定の光を吸収するので、その波長分だけ欠落した形で光が放射されるのです。
 
■ 視神経
 人は太陽の光に適応するために、電磁波の中の特定波長だけを光と感じています。
また、その特定範囲の波長を色として区別できるようになっています。
目が色を識別できるのは、目の中の視細胞に色を見分ける能力があるためで、その原理は、写真フィルム、カラーテレビやプロジェクタ、デジタルカメラなどに見られる光の三原色と極めて似た機能だと言われています。
すなわち人間の視細胞には赤、緑、青の三原色に応答する三種類の感色機構があるのです。
これは最初、ヤング(Thomas Young、1773-1829、英国医学者、物理学者、考古学者)とヘルムホルツ(Hermann Ludwig Ferdinand von Helmhortz、1821-1894、ドイツ物理学者、生理学者)が唱えました。
この説に反して、ヘリング(Edwald Hering、1834-1918、ドイツ生理学者)が反対色という理論(視細胞は、明-暗、赤-緑、青-黄の反対色に応答する機構があるとする理論)を唱え、両者間で長い間論争されてきました。
最近の生理学の研究により、網膜のすい状体には三原色に相当する細胞があることがわかり、それが三原色的な信号を発生し、網膜内の神経細胞で反対色的なパルス信号に変換されて脳に伝達されていると考えられるようになりました。
 
■ 日本人の色感覚
 日本人は、色に関しては古来、明るいと暗い、赤いと青いの4つの感覚しかなかったようです。
日本の言葉の中にも「赤い」のように形容詞で終わる色表現はこの四つだけです。
ですから、緑色も「青」の仲間としてとらえられていましたし、秋に色づく葉も赤いもの、黄色いもの、橙色のものといろいろあるのにすべて「赤」いとひっくるめて紅葉としていました。
大相撲中継で土俵の天井四隅にぶら下がった房(ふさ)は、白房、黒房、青房、赤房の四つです。
青房が緑であるのをいつも不思議に見てました。
また、交通信号で「青になったら渡ろう」と、青色信号に目を凝らして見ていた小学校時代、その青の信号がどうしても青に見えず、緑色だったのを「どうしてだろうなぁ」と子供心に思ったものでした。
日本人は古来色を4種類にしか区別せず、青も緑も「あおい」であったわけです。
 このように日本人の色に対する認識は大きく4種類とし、微妙な色に関しては、鳶色、亜麻色、鶯色、だいだい色、茜色、と言うようにものの色に寄せて表現していました。
 
■ 波長と色
 ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)は、プリズムを使って太陽の光を分光し、白色光が多くの色を持った光でできていることを示しました。
1666年のことです。ただし、ニュートンは、波長によって色が変わると考えていませんでした。
彼は光は粒子と考えていて、波とは考えていなかったのです。
その後、光の色は波長に強く依存していることが確かめられました。
しかし、すべての光の色を単一の波長だけで言い表せるかと言うとそうではありません。
380nmから780nmまでを連続的に変えていけば相当数の色が再現できます。
しかし、実際の光の色はそれ以上にあるのです。
例えば赤い光と紫の光を混ぜると赤紫色の鮮やかな光が得られますが、これは太陽光の単色光で取り出すことができず、二つを混ぜ合わせないと出来上がらないのです。
すなわち、赤紫は単色光ではないのです。また、淡い色彩である桃色も単色光ではなく白い光にわずかに赤い光を落として出来上がります。
光の色は音楽の音色と同じようにいろいろな波長が絡みあってできたものであることが理解できます。
その色合いはまさに無限大と言っても過言ではありません。
逆説的に言うと、ある色を出す場合に、いろいろな光を混ぜての調合が可能で、同じ色をだすのに幾通りものやり方があることを教えてくれてもいます。
 光の色を作るのにいろいろな方法がある中で、赤と青と緑の三種類(三原色)ですべての色を作ることが考え出されました。
 
■ 色の規格化
 色は主観的であり、客観的に数値化することが難しいものですが、これをなんとか数値化できないものかと大きな関心が寄せられてきました。
色の絶対的な数値化の試みです。
 色の規格はSI(国際単位系)では規定がありません。
SIの国際規格で決められている光の単位は、光度(カンデラ、cd)と光束(ルーメン、lm)、照度(ルクス、lx)、それに輝度(ニト、nt)の4つだけです。
光の色に関しては国際照明学会が主導的な役割を果たしています。
この試みは、光の三原色という概念が確立化され、3種類の光の比率で再現の良い色が無数にできることから、光の色の規格化が始められたように思います。
この規格は、国際照明学会(CIE = Commision Internationale de I'Eclairage)による色度図の完成で成果をみます。
 色度図では、白色光を三原色の混合で表し、その比率を1:1:1としています。三原色が均等に混ざると「白」になるというものです。
また、この比率の合計をいつも1としておけば、緑と赤の比の二次元グラフですべての色が表されるようになります。
三原色としては、通常、赤 = 700nm緑 = 546nm青 = 436nmの単色光を用いています。
 下に示す色度図では縦軸に緑(y)を取り、横軸に赤(χ)を取っています。
 
 
 図に示された馬蹄形の曲線の周りに示された数値は光の波長を表し、その数値でどんな色に見えるかを表しています。
馬蹄形の境界線上に乗っている色を総称してスペクトル色と呼んでいます。
山形をした曲線の下側の直線部分は、単独の波長としては存在しない光の色で、赤と紫の単色光を混ぜ合わせることによって作ることができます。
この直線部分は、現実の波長で示すことができないので補色となる相方の波長で示し、これにマイナス符号を付けて表示されています。
 白色は、χとyがそれぞれ0.33の所に理想の白があることを示しています。
この時、χ(赤)とy(緑)の比の合計が0.33 + 0.33 = 0.66 であるので、暗黙に青の成分(z成分)が0.33含まれていることを了解しなくてはなりません。
この図は三色の比の合計が1になっていることを前提にして作られからです。
したがってχ=y=0.33の場合、青(z)の成分が自動的に0.33となって白になっています。
 上の図を見てみると面白いことに気づきます。
波長が700nmの光は赤色であり、本来ならχ = 1、y= 0、(z = 0)であるはずなのに、図ではχ= 0.7、y = 0.3、(z = 0)となっていて緑の成分が少し加味されています。
この理由を簡単に述べますと、赤だけの成分では実際の赤にほど遠い色となってしまうからだそうです。
この色度図を作るのに比色法と呼ばれる手法をとっています。
色の特定というのはいまだに純然とした科学計算式には乗せることができず、人間の感覚に頼っている部分が多いためでしょう。
この色度図の作成には、一つの視野の一方に測定したい色を入れ、他方に三原色を混合した検定光を入れて両者を比較し合致した時の三原色の比によって測定色の色を決定するというやりかたを取っています。
 
■ 色相(Hue)、彩度(Chroma)、明度(Value)
 上の色度図は、色の特定には実に都合よくできていますが、同じ色でも明るく見えるものと暗く見えるものの特定には適当ではありません。
物体にたくさん光を与えると明るく見えるようになりますが、与えすぎると白くなってしまいます。
反面、与えないと暗く見えて最後には黒に落ちてしまいます。こうした『明るさ』や『鮮やかさ』の考えを考慮するため、色には3つの属性があると考えて、色を三次元的に特定する試みがなされました。
この立体的な光の色の特定方法としてマンセル表色系が有名です。
マンセル値で示された色表示は、塗装色を指定する場合によく利用します。
マンセル(Albert H. Munsell)は米国の画家で1905年に色の立体表色を考案し、1930年代にアメリカ光学学会(OSA = Optical Society of America)がこれを採用して世界に広まりました。
彼の考え方はその後、写真やテレビジョンにも影響を与え、三原色とならんで彼の考え方による色の作り方が一般的になりました。
 マンセルの考え方は、波長で示されるスペクトル色に加え、白色を何パーセントか加えるという表現で色を表しています。
この二つの量をそれぞれ「色相」と「彩度」と呼ぶことにしました。色相は青とか赤で表し、彩度はスペクトル色(一番鮮やかな色)を10に、白色(無彩色)を0という具合に目盛ります。
現実の色彩は同じ色であっても光の当て方で明るい色と暗い色という感覚があるのでこの度合いを表すのに「明度」という量を使います。
黒を0とし、白色を10と目盛り、その中間に様々な明るさの灰色を並べ、それに応じて種々の色の明暗を区別するのです。
 マンセル表色系は、上でも触れたように、色相 (H:Hue)、明度(V:Value)、彩度(C:Chroma)の3つの属性に よって色を規格化するものであり、HV/Cの順に記号化して表します。
例えば、2.5R 4/10という具合に表わされ、「2.5R、4の10」と呼んでいます。最初の2.5Rは色相を表し赤の2.5番を示します。
4は明度で0から10の間の4番目の明るさを指します。
最後の10は彩度を表し0から10までの値を取るので、10の場合はもっとも鮮やかな色になります。
ちなみに、色を持たない灰色のマンセル値はNeutralであるNの記号で色相を表し、N7というように明度を後に付けて示します。
灰色では彩度の値は取りません。
 
 
 
 
▼ 色相(Hue):色みの種類を示します。
R(赤)、Y(黄)、G(緑)、B(青)、P(紫)の5つの基本色相と、その間の中間色相としてYR、GY、BG、PB、RPの5種類を加え合計10種類の色を作り、各々を感覚的に等しく10 分割して100色相とします。
理論的には10分割されていますが、それぞれの色相の代表色は5の位置にあり、2.5、5、7.5、10の4つの色相がメインであるため、ほとんどのケースで40色相が主な色票化として利用されています。
 
▼ 明度(Value):色の明るさを示します。
明度は無彩色(色を持たない黒から白)を基準とし、理想的な黒を0、理想的な白を10としてその間を感覚的に等しい段階に分けています。
有彩色の明度は、その明るさの感覚 が無彩色の基準と等しいところの明度記号で表しています。
 
▼ 彩度(Chroma):色のあざやかさを示します。
無彩色の0を起点とし、色みのさえかたの度合いの増し方を 等歩度に分割表示します。
彩度の限度は色相によって異なります。
 
 右に示すのがマンセル色立体と呼ばれるもので、色の3属性の立体構造を実際の色標本にしたときの構造を表したものです。
この色立体からわかるように色標本はすべての組み合わせで標本ができるのと違い色によっては少ない標本しかなかったり多くあったりします。
全体的に明るい上側と暗い下側は色標本が少なく、白と黒に収束しています。
 
■ 色温度(Color Temperature) (2000.12.29)
 光の性質を表す値に色温度(いろおんど)というのがあります。
白色光源はすべて同じ色あいではありません。太陽光にしても朝日と夕日では光の色が違いますし、曇空の色合いも晴天の昼間の光と違います。
こうした白色光源の光の色合いを数値で表すために「色温度」という考えが導入されました。
色温度は、数値K(ケルビン)という単位で表わされます。
ケルビンは温度表示の一種で、「絶対温度」とも呼ばれているものです。
 一般的な温度表示は日本やフランスなどで日常使われている摂氏(度C)、それに米国では華氏(度F)が用いられています。
   (温度の歴史については、「AnfoWorldオムニバス情報3 標準化-温度」を参照)
 
絶対温度は、物質がこれ以上下がることのできない絶対0度(-273度C)を決めて、これをある単位の刻み(このきざみは摂氏と同じで水の融点と沸点を100等分した一つを1度とする)で温度表示したものです。
論文などの学術的な場ではこのケルビン単位が使われています。
色温度もこのケルビンを利用しています。
 固体を熱していくと、物体は暗赤色から光を出し始め温度の上昇とともに輝きを増し赤から青に熱放射が起きます。
この現象に注目したドイツ人のプランク(Max Karl Ernst Planck : 1858 - 1947)熱放射則を導き出します。
この放射則は、放射率が1(外部からの熱エネルギーを完全に吸収し、自ら発する熱エネルギーも完全に放射する物体)の性質を持つ完全黒体について当てはまる熱放射、吸収に関する法則で、カーボンブラック(黒鉛)がこの法則に近似する物体であると言われています。
プランクの熱放射則によりますと、完全黒体の熱放射は波長に関してある波長をピークとした山なりの熱放射となり、温度とそのピーク波長は極めて関係が親密で、ウィーン(Wien)という人が、「黒体は、絶対温度Tで放射する波長の中の一番多い波長λmと絶対温度Tに逆比例する」ということを発見していました。
つまり温度が高くなるとピーク波長は短くなり赤から青に変わってくるというものです。
これをウィーンの変位則といいます。
プランクはこのウィーンが導いた法則をさらに任意の波長について放射エネルギーを求める方程式を導き出したのです。
 この絶対温度Tの時に一番多く放射している波長の色、言い換えるならば、黒体が発している色と同じ発光の温度を色温度と言うようになりました。
 現実の物体は、完全黒体などありませんから、便宜的に白色光源の色合いを示す数値と見なすことが多いようです。
たとえば、1800Kの温度を示すタングステンの色温度は1825Kであり完全には一致していません。
また、色温度はこうした学術的なものから単なる色の付きぐあいを表す色感の数値手段として用いられてもいます。
したがって蛍光灯などのように輝線スペクトルが多い緑の色が強い発光も色温度に当てて表現されています。
 
 
光源の種類
色温度(K = ケルビン)
太陽 日出後 30分
太陽 正午
一様に曇った空
青空の光
2400 - 2650
5000 - 600
6500
11,000 - 20,000
4100
タングステン電球(40W)
 同上 (100W)
 同上 (1,000W)
写真電球(1,000W)
CIE標準光源 A
 同上 C
2760
2850
2990
3200
2856
6740
蛍光ランプ (白色)
 同上   (昼光色)
4200
6500
閃光電球
3500 - 4000
ろうそく
1850
出典:「照明工学」電気学会編、オーム社
 
 
 人間の目はある意味順応性が良いので、普段みなれた光も白い光としてとらえることができますが(反面、ヒトの比較能力は驚くほど発達していて、二つの光源の色の違いの比較は微妙な所まで見分けることができます)、フィルムのような感光剤は、人の目のように時と場合に応じてさまざまな色合いを持つ白熱電球を白色と見なすことができず、光源の色合いを忠実に再現してしまいます。
つまりタングステン電球は赤色が強い色合いになり曇り空では青色が強く出てしまいます。
 カラーフィルムではこうした色合いを補正するために3200Kのタングステン光源用フィルムと、日中の太陽光でカラーバランスの優れた5600K用のデーライトフィルムの2種類が用意されています。
CCDカメラでは電子的に色補正ができるので、カメラを白い被写体に向けて補正ボタンを押せば最適な白表現にする機能がついています。
 フィルムではこうした色温度補正がフィルム側でできないためにカメラレンズに色温度変換用のフィルターを入れて、光源とフィルムの色温度の違いを補正するようにしています。
微妙な色温度補正を行うには、色温度をミレッド値という数値に代えて計算を行い、光源のミレッド値と感光剤のミレッド値の単純な引き算で導き出されたミレッド値のフィルターを用いれば色温度補正を行うことができます。
 ちなみにミレッド(MIRED)値とはMicro Reciprocal Degree の略で、色温度の逆数に100万をかけた数値のことです。
 
      Mired = 1,000,000 x 1/色温度    ・・・(Light26)
 
 
【標準の光】
 色温度を測るためには色温度計を用いればいいのですが、その色温度計の基準となる光源が標準光源と呼ばれるものです。
CIE(Commision International de I'Eclairage)では、標準の光をA、B、C、Dという具合にクラス分けして標準の光を規定しています。
Aは、2856Kの完全放射体の光と規定してこれを実現する方法として2856Kに近似するガス入りタングステンランプ(透明のバルブ)を使っています。
この規格は1968年に決められました。
Bは、4874Kの光で、Cは6774Kに相当する光です。
これは太陽の光に近似させたもので4875Kは黄味がかった昼光、6774Kは青味がかった昼光です。
これを実現するには、Aのランプに成分の定められた溶液を使ったフィルタ(デビス・ギブソンフィルタBまたはC)を装着します。
標準の光D65は、色温度約6504Kの昼光を代表する光で、自然の太陽光下での分光分布を統計的に調べて波長毎の値が規定されています。
CIEは、Dの光について4000Kから25000Kまで任意の色温度について昼光の分光分布を数式で求める方法を完成して公開しています。
D65はその中の一つというわけです。
 標準の光が、太陽の光であり完全黒体の放射であることがこの標準の光からわかります。
 
【標準光源】
 色彩上の標準の光を得るのとは別に、光の単位の根本的な単位である光度(cd = カンデラ、candela)を求める標準光度光源があります。
光度は白金のルツボに入った溶融トリアの白金凝固点温度での光で求めていますが、これを一次標準器といい、この一次標準器に代わって測光単位を維持するための標準電球があり、これは上記の標準の光を作り出す光源とは区別されています。
この標準ランプの製作は非常にシビアなものと聞いています。
この電球は、光出力の安定性、再現性を良好に維持するため材料や構造及び製作に特別の考慮を払い、十分にエージングした白熱タングステン電球が用いられるそうです。この光度標準電球は、一次標準器と分光分布を近似させるため、2042K(白金の凝固点温度)の電球が用いられます。
 
 
【プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck)】(1858 - 1947)  (2006.04.06追記)
 プランクは、ドイツの理論物理学者である。
1918年にノーベル物理学賞を受賞した。熱エネルギー(温度T)と光エネルギー(波長λ)を統一的に理論づけ歴史的な業績を残した。
彼は、物理量を連続した量ではなく、飛び飛びの(離散的な)量として捕らえた先見ある物理学者で、その飛び飛びに取る定数(プランクの定数)は、量子力学にとってなくてはならぬ定数となっている。
もっとも、この定数もアインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)の光量子説の援護があって、初めてその意義が認められることになった。
当時としては、プランクの概念は革命的ですらあった(逆に言うと、簡単には受け入れがたかった)。
プランクの法則に従うと、熱、光、あるいは電波などの放射エネルギーは、連続して変化する量とはならずに、一つ一つ分割された量子の集合として放射されるという。
従って、エネルギーである光も最小単位があり、これが光が粒子としての振る舞いをする根拠となり、光子(フォトン)と呼ばれる概念ができるもとになった。
  [参考:フォトン(光子)]
 
 プランクは、比較的恵まれた環境で研究・思索を行えた学者である。
プランクは、1857年、ドイツのキールという所で、法学教授の父と、プロテスタントを曾祖父に持つ環境で生まれ育った。
ベルリン大学を中心に研究活動を行った。1880年代後半の物理学世界は、熱力学が勃興してした時代で、プランクはこうした熱力学の世界を量子力学の世界へ誘っていった。
 量子力学がドイツを中心にして発達していった時代背景には、国情が大きく関わっている。
1870年代、イギリスで発展した産業革命は、後進国ドイツに移る。
プロシャを中心に、国家統一を終えてフランスに勝ったドイツでは、国家の政策によって鉄と石炭による重工業に重点がおかれ、機械化と軍国主義を背景に鉄の生産技術が向上した。
ドイツのクルップが開発した鉄鋼は、その品質と性能の高さで軍需品として大成功をおさめた。
鉄を作るには温度管理が大事と言われる。
ドイツでは、このため高温の鉄鋼炉の温度測定技術が向上し、高温物体が発する光を正確に測定する技術が発達し、量子論を生み出す下地となっていった。
高温の温度測定技術を高めるために熱力学が発達した。
 
 当時、熱放射に関しては、
  キルヒホッフ(Gustav Robert Kirchhoff: 1824 - 1887)
   → 吸収と発散との関係、黒体の概念を導入、スペクトルの研究
  シュテファン(Joseph Stefan: 1835 - 1893)とその弟子ボルツマン(Ludwig Boltzmann: 1844 - 1906)
   → 波長全域にわたる放射エネルギーが温度の4乗に比例することを発見
  ヴィーン(Wilhelm Carl Werner Otto Fritz Franz Wien: 1864 - 1928)
   →熱放射している黒体は温度の上昇によって放射しているピーク波長が短波長に移行するすることを発見
らの研究が発表されたばかりの時期で、活況を呈していた。
プランクも、この方面の研究に傾注するようになる。
キルヒホッフとヴィーンの熱輻射の理論によって、熱力学はほぼ完成したかに思われていたが、1600度Cの高温場での発光スペクトルを赤外領域で測ると、それらの理論と少しばかりの食い違いが出る事が、1897年にわかった。
プランクは、その違いに注目し、最終的にこれらの研究を統合的に体系づけることのできる、プランクの法則を1900年に導きだした。
 彼は、エネルギー、そして光の色と波長に対して次のようにアプローチをしていった。
つまり、プランクは熱エネルギーの計算を行いやすいようにするために、光のエネルギーにも原子(これ以上は細かくすることができないという単位)を仮定し、1個、2個とカウントできるように考えた。
エネルギーに最小ユニットがあると仮定すること自体がすごい発想であるが、微分積分の世界では、Δχ、Δy、Δtという値を想定してそれをどんどん小さくしていく手法があるので、彼もまた、そのようなアプローチをし、エネルギーの最小単位を限りなく「0」にもってくれば、つじつまがあうだろうと考えていた。
プランク以前にも、ボルツマンがこの手法で熱力学にアプローチしていた。
こうして、彼は熱エネルギーの理論式を立てて、実験で得た数値を入れて検証を行っていった。
この過程を通じて、エネルギーの塊を「0」に収束していけば、きれいな解を求めることができるはずであった。
しかし、この試みはうまくいかず収れんできなかった。
エネルギーの塊を「0」とせずに、ある塊としてとらえると、実験式と非常によく一致した。
つまり、この塊こそ、光の色ごとに特定される塊 (= hν)であった。
 プランクは、現代の量子力学ではなくてはならぬ「プランクの定数 = h = 6.6260755 x 10-34 J・s」を発見するにいたるのであるが、
それが、電子と光、素粒子を結び付ける大変な発見であったことを、当時のプランクは知る由もない。
彼の弟子であるアインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)が、さらに発展させて光量子説を展開していくことになるのである。
プランクの定数によって、光もエネルギーを持った粒子として扱えるようになった。
プランクの考えを統括的に継承したアインシュタインが、「光」は粒子の性質をもったエネルギーのかたまりであるとし、光電効果をもとにした光量子説を1905年に打ち出し、1922年ノーベル物理学賞を受賞した。
 プランクは、1913年ベルリン大学の大学長に就任したとき、相対性理論を唱えだしたアインシュタインの意義を見抜き同大学に招いた。
彼は、「プランクの定数」と「アインシュタイン」という二つの大きな発見をしたことになる。
 ベルリン大学退官後の、1926年から死去するまでの1947年は、決して幸せとは言えなかった。
折からのナチスの台頭で、それに異を唱えた彼は、ナチスから不当な処遇にあい、家族の不幸な出来事や空襲による被災などに苦しみ、ゲッチンゲンで死去した。
 
 
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比視感度(spectral luminous efficiency) (2002.01.27)
 エネルギーがいくら高くても人間には見えない光があります。
人間の眼は、明るい環境では 555nmの緑の波長に最も効率よく反応し、400nmの紫色より短い波長、そして700nmより長い波長には全く反応しません。
また、人間の眼は暗い環境で活発に反応する桿体(かんたい)細胞と、明るい環境で活発に反応する錐体(すいたい)細胞の2種類があるため、暗いところでは青色の光を明るく感じ、明るいところでは赤色をより明るく感じます。
映像機器で被写体を記録する場合、この比視感度が非常に重要になります。
なぜなら、フィルムカメラもビデオカメラも人間の眼に見える如く記録しなければならない宿命上、人間の目の感度特性に合わせたフィルム感光乳剤やビデオカメラ光電面を開発しているからです。
反面、物理工学の研究分野では肉眼を越えた波長域(例えば、赤外、紫外、X線)で感度を持つ記録媒体の要求もあります。
 黒体と比視感度特性を用いてエネルギー量と光度の関係を解析した結果によりますと、比視感度の最も高い波長である 555nmで、光エネルギー1Wが光束683lmに相当することがわかりました。
 
      1W(at 555nm)= 683 lm   ・・・(Light27)
 
 この関係は、エネルギー量単位と光度単位を行き来する上で極めて重要な関係式です。
 
 
 
 
 
ヒトの目(Human's Eye) (2003.01.07)(2005.08.21追記)
 光を考える際、ヒトの眼の仕組みと働きを知っておくことは大切なことです。
光は、有史以来ヒトと共にあり、ヒトの生活の大きな拠り所となってきました。
光を科学的にとらえるようになったのは近代になってからで、光が電子と密接な関係のある電磁波であることが解明されたのは本当に最近のことなのです。
光学は、ヒトの眼の働きをお手本にしながら成長してきました。
カメラやレンズの仕組みを見てみると人の眼や網膜、視神経に通じるところが多く見られます。
 ヒトの眼は直径24mm程度の眼球からなり、光が入る方向から順に角膜、虹彩、前房水、水晶体、硝子体、網膜の構成で成り立っています。
 人の目の視角は、片眼で鼻の方向約60°、耳の方向約90°の視界を持っています。
両眼を用いると上下左右ともほぼ180°近くまで感知することができます。
ヒトの眼は、この範囲すべてに渡ってはっきりと見えているわけではなく、よく見える範囲は4°程度に限られ、あとはただぼんやりとしか見えていません。
つまり目の中心の狭い範囲に視神経が集中してあとはぼんやりとしか見えず、必要に応じて眼球が動き興味ある部位に絶えず焦点を合わせて物体をとらえているのです。
この動きはとても速く、視野をサーチしながら視野の全体をシャープな像として頭の中で記憶・認識しているのです。
人の目は180°の視野があると言いましたが、眼球の速い動きによって視野をシャープにとらえる範囲は40°〜50°と言われています。
したがって、カメラなどのレンズは40°〜50°の範囲を撮影できるものを標準レンズと呼んでいます。
35mmフィルムのライカサイズのカメラ(1眼レフカメラ)では、f46mmのレンズがこれに相当し、2/3インチのCCDカメラでは、f12mmのレンズがこれに相当します。
ヒトの目とカメラレンズの違いは、人の目が狭い範囲で像をとらえ眼球運動によって広い範囲をシャープに認識しているのに対し、カメラレンズは広い範囲のフィルム面、CCD撮像面の周辺までピントがぼけることなく像を結像させなければならないため、撮像面全域にわたって収差のないレンズが求められます。
従って、ヒトの目につけるメガネには高度な収差をとったレンズを使う必要はありません。
老眼用のメガネ(凸レンズ)をカメラレンズに使ったとしたら、画像周辺部が収差によってボケてしまい使い物にならないでしょう。
 
 
 
 
 
■ 人の目のレンズ焦点距離(Lens Focal Length)
 
▲ 屈折力(Diopter)
 ヒトの眼の中で、レンズ作用があるのは主として角膜と水晶体です。
屈折力は角膜で約45D(ディオプター)、水晶体は注視する物体の距離によって変化し、その屈折力は15〜27D(ディオプター)です。
ここでD( = Diopter、ディオプター)というのは、レンズの屈折力を表す値です。
焦点距離1mを1D(単位はm-1)と表し、屈折力が高くなるほど値が大きくなります。
屈折力は、1mを焦点距離で割った値となり、屈折力が50cmなら2D、25cmなら4D、100mmなら10Dという値になります。
 
      屈折力(D) = 1m / レンズ焦点距離 m   ・・・(Light28)
 
 角膜は、厚さが0.5mmの透明な固い膜でできていて、それ自体に調節能力はありません。
血管が通っていないので他人同士で移植ができます。
角膜の湾曲に異常があると、垂直断面と水平断面で曲率半径の差が大きくなり乱視の主要原因となっています。
 
▲ 人の目はズームレンズ
 水晶体は、毛様筋の働きで厚みを変え近距離から遠距離まで物体を正常に見ることができます。
その屈折力は15D-27Dの範囲で変化するそうです。
いわゆるズームレンズです。
ズームレンズというと、CCDカメラについているズームレンズを思い浮かべます。
カメラのズームレンズは、画角の調整用としてズーム機能を使っていますが、ヒトの場合は焦点を合わせるために焦点距離を変えています。
焦点距離が変わると画角も変わって大きさも変わるような気がするのですが、人の目はそのようになっています。
CCDカメラのピント調整は、レンズと撮像素子の位置を変えることによって行っているのに対し、ヒトの目は、眼球の大きさが一定で硝子体を伸び縮みさせてピントを合わせることができないので、水晶体の焦点距離を変えることでピントを合わせているのです。
この働きは、ズームレンズに薄い接写リングを挿入してズーム比を変えるとピントの合う範囲が表れるので、ズームレンズでピントを合わせるという考えで理解いただけるかもしれません。
ヒトの目のピント調整機能も年とともに変わります。
遠くのものから近くのものまで焦点を合わせようと目の屈折力を変える能力を調節力と言い、近点距離の屈折力から遠点距離の屈折力を差し引いた値で表します。
この値は、10才の若年で14D、25才で10D、50才で2.5Dが標準と言われ年と共に調整能力は弱ってきます。
50才の人が2.5Dの調節力しかないということは、その人が正常な目の持ち主で遠くのものが正常に見える場合、近点は2.5Dの屈折力となり40cmとなります。
ですから40cm以内にあるものはピントが合わずにぼやけてしまいます。
 
▲ 人の目の焦点距離
 目の構造を単純にして考えて薄いレンズとみなすと、水晶体は後側焦点距離が約23mmの凸レンズと見なすことができます。
その直前にレンズで言うところの絞りである虹彩があり、その前面が角膜で覆われるという仕組みです
。レンズの前方は空気ですから物体空間の屈折率は1、像を結ぶ網膜までは硝子体とよばれる液体で満たされてますから、その屈折率は水に近く1.34となっています。
この構成で等価レンズを考えるとレンズの焦点距離は、
 
     22 mm x (1/1.34) = 17.1 mm   ・・・(Light29)
 
f17.1mmとなります。
この式の意味は、直径が22mmの眼球で無限遠の物体を見たとき、目のレンズは22mm後方の網膜に像を結ぶため、レンズの焦点距離は22mmとなります。
しかし水晶体と網膜の間には硝子体が入っていて屈折率が違うため、その屈折率を考慮した場合に、焦点距離がf17.1mmになることを示しています。
 
▲ 人の目の明るさ
 レンズの絞りに相当する虹彩は、明るさに応じて見かけの大きさが2mmから7mmくらいまで変化し、5mm程度を境に色収差や球面収差が悪化すると言われています。
目の結像機能を評価する場合、レンズ絞りの直径が5mmで焦点距離f17.1mmの無収差レンズと考えればよいことになります。
目のレンズの明るさは、
 
     F = f / D = 17.1mm / 5 mm = 3.4   ・・・(Light30)
 
となり、口径比F3.4(収差を無視すればF2.8)の明るさを持つレンズということができます。
 
▲ 人の目の分解能
 目を無収差レンズとした場合のレンズの分解能は、
 
     0.6λ / sinα = 0.6λ / (D/2f)
      = 0.6 x (550 x 10-9m / (5 /2 x 17.1 ) = 2.26 x 10-6 m = 2.26 um   ・・・(Light31)
 
となり、目の最高のコンディションでの分解能は2.26ミクロンであることがわかります。
この式は、ホイヘンス・フレネルの光の屈折による回折限界から求めた値です。
sinαは、レンズの世界、特に顕微鏡レンズでは有名な値で、N.A.(Numerical Aperture)と呼ばれる値です。
N.A.は光を集める能力を表す数値です。
sinαが1.0の時、レンズ口径比はF0.5となり、この値が理論上一番明るいレンズとなります。
詳細は、開口数、N.A.を参照ください。
 ヒトの目が2.26ミクロンの分解能を持つことが分かりましたが、この値を信じて、この程度の小さな粒子を裸眼で識別できるかと言うとそうは簡単にいきません。
レンズ機能を持つ角膜と水晶体を通った光は、網膜にきちんと結像させて像を認識させなければなりません。
ヒトの目の解像力は、網膜神経の大きさとレンズの組み合わせで決まり、被写体を識別できる分解能は明視の距離(25cm)での分解能になります。
一般的に人の目の分解能は明視の距離で0.07mmと言われています。
水晶体の分解能に比べ随分と大きな値になっていますが、これは、水晶体の分解能と網膜の視神経の大きさの総合で視角限界を求めた値です。
ヒトの目の最小視角は、物体に対して1"(1/60°)と言われていますから、明視の距離(250mm)での物体を認識できる能力は、
 
     目の視角分解能 = 250mm x tan(1/60°)
         = 0.073 mm  ・・・(Light32)
 
となります。
詳しくは下の項目「網膜細胞」で述べます。
 
 
 
■ 人の目の感度(Luminous Sensitivity)
 ヒトの目は、明るいところから暗いところまでかなり広範囲に渡って見ることができます。
網膜にある視細胞は、錐状体と桿状体の二種類があります。
錐状体細胞は、網膜の中心部3mm部分に密集していて明るいところで働き(明所視 = photopic vision)、桿状体は中心の周りをとりまき暗いところで働きます(暗所視 = scotopic vision)。
二つの視細胞が切り替わるのは被写体の輝度が0.002cd/m2(照度にして0.03ルクス)で、満月の夜より一桁暗い明るさで役割を交代します。この状態を薄明視 = mesopic vision と言っています。
 過日(2003年2月)、映画館で映画を鑑賞する機会があって出かけたときの事です。
映画鑑賞は2年ぶりで久しぶりの鑑賞でした。あいにく行くのが遅れ、映画館に着いた時には予告が始まっていて観客席は暗くなっていました。
明るいところから暗いところに入る時、目が慣れるまでしばらく時間がかかります。
暗いところに入った直後は目の前が真っ暗でしばらく何も見えません。
俗に目が慣れるとも言いますが、目が慣れると不思議なもので意外といろんなものが見えてきます。
若い頃は映画館に入ってもすぐに目が慣れたのですが、遠視がはいったこの年になって久しぶりに暗い部屋に入ってみて、以前にも増して目が慣れるのにかなり長い時間がかかったのはショックでした。
 ヒトは、光に感ずる能力がとても高く、10-7ルクス(0.000001ルクス)程度の光を感じると言われています。
フォトンを検知するほどの感度をもっていることになります。
暗いところに入った時、ヒトの目は、明るい場所で主役であった錐状体細胞の感度が約1,000倍くらいに上昇します。
この状況が約10分ほど続き、続いて徐々に桿状体細胞が働きだし、この細胞の感度も1,000倍に向上します。暗いところに慣れるのに約20分ほどかかるのに、暗いところから明るいところに出るときは1-2分で順応します。
 人の目の感度は、ある本によるとフィルム感度に換算してDIN4000とありました。
DINというのはドイツのフィルム感度規格で、
 
     DIN = 10 log ISO + 1   ・・・(Light33)
       DIN: フィルム感度のドイツ規格
       ISO: フィルム感度の国際規格。ASA感度がそのまま採用された。
 
と定義されています。
感度換算するときに、我々はフィルム感度を基準として判断します。
これは、従来、写真を撮るとき、ISO100のフィルムやISO400のフィルムを使用してきているため、その感度を体で知っているからです。
現在よく使われるCCD白黒カメラは、ISO1600程度の感度、カラーデジタルカメラでは、ISO400程度となります(ISOフィルム感度の説明は以下の『ASA感度』を参照下さい)
上の式からDIN4000は、ISO 10400 (10の400乗!)あることになります。
ちょっとこの値はにわかに信じがたいので、自分自らの経験で算出してみます。
 私の経験から言うと、満月の月明かりはかなり明るく、人の顔も色合いもほぼ認識できます。満月の明かりは一般的に0.2ルクスと言われています。
月明かりの下では歩くこともできますし障害物もなんとか避けることができます。
ということは、月明かりの明るさで、人は1/10秒程度の時間で物を認識できることになります。
人の目の虹彩が全開の時の口径比(レンズ焦点距離と虹彩の大きさの比)はF2.8となり、1/10秒での露光で物体が認識できる人の目の感度は、ISO感度に換算すると、ISO100,000相当となります。
目の錐状体細胞は、この明るさの1/10程度までは自らの感度上昇で追従し、それ以下の明るさについては桿状体細胞が働き1000倍の感度を得るようです。
そうしてみると、人の目の感度は、ISO1,000,000,000(10の9乗)となります。
このように考えると、先に述べたヒトの眼の感度がDIN4000 = ISO 10400 (10の400乗!)とする値との間に相当な開きがあることがわかります。
いずれ、この項目は折りを触れみなさんからの情報を踏まえ更新したいと考えています。
 
 
■ 人の目が感じる色(Color)
 ヒトの目には、光の三原色に反応する視細胞があり、これによって色を認識していると言われています。
カラーフィルムやCCDカメラ内で色を作っている原理が目の中でも出来上がっているのです。視
細胞には明るい光を得意とする錐状体細胞と、暗い光を得意とする桿状体細胞があり、明るい光を得意とする錐状体細胞は、黄緑色をピークとする赤い色に感度が強く、網膜の中心に特に密集しています。
暗い光を得意とする桿状体細胞は、青緑をピークとする青い色に高い感度があります。
この細胞は、網膜の中心には分布しておらず周辺に散らばっています。
 日本人は、古来、色の識別を黒と白、青と赤の4種類で大別して、細かい色は、蓬色(よもぎいろ)、鴇色(ときいろ)、茜色(あかねいろ)というように自然にある色合いで示していました。
黒い、白い、青い、赤いというように「い」で終わる色の形容詞はこの4つしかありません。
だから、青も緑も「青い」部類に入り、黄色も赤も「赤い」仲間に入れられています。相撲の土俵の角の青房は緑色であるし、信号機の「青」も実は緑色です。しかし、日本人はこれを青としていました。
秋に山々の木々の葉が黄色や赤に変わるのを「紅葉」と称していました。
黄色までも赤に入れていたのです。
これは、逆の見方をすれば、色は複雑なためばっさりと大きく色分けしていたのかも知れません。
 江戸時期、経済の主導権を握った町人階級が豪奢な生活をはじめ、武士階級を圧迫することを憂えた幕府は、町人の服地の色を強く規制するようになりました。
町人階級は、その色の規制の中で独自の色文化を築きあげて行きました。
色の規制が厳しい中、茶色と灰色は「お構いなし」とされたために、実にたくさんの色が作り上げられ、四十八茶百鼠と呼ばれる言葉が生まれました。
北原白秋の詩の中に出てくる「利休鼠」も、灰色の一種の色合いであり、利休のお茶にあやかって抹茶のような緑色がかった灰色のことを言っています。
 このように、色はかなり複雑で多様です。そして主観的です。
学術的は、色は光の波長で表されます。
しかし、実際の色はいろいろな波長の光が混ざり合って出来上がってます。
国際照明学会(CIE = Commision Internationale de I'Eclairage)では、この色を表すために色度図を完成させて複雑な色合いを数値化しました。
詳細は、「色の規格化」を参照ください。
 
■ 目の反応時間(Luminous Response)
 面白い事実があります。ランプが点滅するとき、ゆっくりと点滅する点灯時間の長いものは間合いの区別がつきますが、発光が短くなって1/100秒程度になると、どれが長い発光でどれが短い発光かわからなくなります(発光の短いものは一般的に光量が少なく弱い光なので光の強弱は区別がつきます)。
100us(1/10,000秒)の発光と1us(1/1,000,000秒)の発光の区別をつけるのは並大抵のことではありません。
また、ストロボ発光装置を使って1秒間に数回から数十回まで変化させていきますと10Hzあたりから間欠発光が連続発光として認識されるようになります。
実はこの現象は、人の目の働きの中で結構大事なもので、活動写真、映画、テレビ、アニメーションなどの動画はすべてこの人の目の「残像」現象を利用しています。
映画の撮影・映写速度が16コマ/秒と決められたのは、人の目が動画として無理なく目に入る最低の速度であったそうです。
撮影速度を最低にセットしたのは高価なフィルムを無駄遣いしたくなかったからです。
映画がトーキー(サウンドトラック入り)の時代に入り、音質を確保する必要上、撮影・映写速度が16コマ/秒から24コマ/秒に上げられました。
 テレビが60フィールド/秒(30フレーム/秒)に決められたのは発電所からの交流周波数が60Hzであったためです(ヨーロッパは、電源周波数が50Hzであるため、PAL規格のテレビ映像は、50フィールド/秒、25フレーム/秒となりました)。
ブラウン管に映像を出す時、ブラウン管には高電圧が必要です。商用電源から高電圧を作る場合に、どうしても商用電源周波数成分が残ってしまいリップル成分となります。
このリップルは、ブラウン管の画像の歪みに繋がります。
この歪みをみかけ上低く抑えるため、画像の表示速度とリップル変動速度の同期を取る必要があったのです。
 テレビが、1枚の画像を得るのに2回に分けて取り込んだのは、テレビが映画と違って画像を作るのに走査線という方式を使っていて、画面を上から下に一筆書きでなぞるような仕組みであったためです。
一筆書きで画像を作る際、1秒間に30枚の画像を作り出してその画像1枚を左上から右下まで1/30秒で描いた場合、画像の描き初めと終わりの1/30秒(33ミリ秒)の間にブラウン管の残光が保持できず、画面の上部と下部に時間差ができて極度のチラツキが出てしまいました。
60コマ/秒で画面全部を走査できれば問題なかったのですが、60フレーム/秒で走査するための技術(映像帯域、高周波数素子の開発)がなかったため、1画面を2つに分けて1走査線を飛び飛びにして織りなすような仕組み(インタレース方式 = interlace)が考え出されました。
苦肉の策だったのです。
現在では電子技術も進歩し、インターレース無しで1280x1024画素をカラーで75Hzで走査できるようになっています。
 
■ 網膜細胞(Retina, Photo Recepter) - 解像力(Resolving Power)
 人の眼が細かい所を見るとき目を凝らしますが、この時目は網膜中心に集中した視神経を使っています。
目の中心φ3mmには錐状体細胞がギッシリ詰まっています。
この細胞の直径は約1.5ミクロンでできているそうで、これがφ3mmの網膜の中に密集してますから直線方向に2,000本並んでいることになります。
数としては700万本に相当します。
視神経の大きさが網膜上で1.5ミクロンありますから目の分解能は網膜上で1.5ミクロン以下は取り得ません。
実際のところ物を認識するには2つの細胞にまたがっていなければならないし、CCDカメラの撮像素子と解像力(高速度カメラ入門Q&A ■ 固体撮像素子)の解像力でも述べているように概ね2つの素子(細胞)分が最小分解能となります。
したがって、この場合の網膜上の分解能は約3ミクロンとなります。
 目の解像力に影響を与える要素に目のレンズ(水晶体)があります。
目のレンズについては上の項目で触れていますが、レンズの分解能は目の場合、2.26ミクロンとなります。目の錐状体細胞が1.5ミクロンで、その細胞に2.26ミクロンの点像が結ばれます。
当然この点像は隣の視細胞にも周りこみます。
したがって、目の分解能は、両者の分解能の和として、
 
     2.26ミクロン + 3ミクロン = 5.26ミクロン   ・・・(Light34)
     目の総合分解能 = tan-1(5.26 x 10-3 mm / 17.1mm)
            = 0.017°( = 1/60° = 1分)   ・・・(Light35)
 
となり、視角1分が正常な人の目の分解能となります。
視角1分は、明視の距離25cmでものを見る場合、
 
     250mm x tan0.017 = 0.073 mm   ・・・(Light36)
 
となり、裸眼では0.1mm程度が目の限界能力となります。視力検査で、5mの距離を離れて1分の分解ができる視力を1.0と言っています。
この視力では、5m先の1.45mmの切れ目を識別できる能力を持っていることになります。
人の視野は目の動きで約50°が標準の視野と言われていますから、視角1分で識別する視野の範囲は、
 
     50° / 1分 = 50 x 60 = 3,000 分割   ・・・(Light37)
 
となります。
もちろんヒトの目はこれだけの情報を常時取り込んでいるわけではありません。
視細胞は、目の中心部に集中して集まり、ここの部分は1分の分解能をもっています。それが、眼球の運動によってあたかも50°視野を1分の分解能で認識しているように見せかけているのです。
その認識速度は、約10画像/秒です。
これだけの分解能を得るために目の網膜には見かけ上(眼球の運動と脳の合成機能の助けを借りて)、10,000素子x10,000素子の視細胞が並んでいることになります。
 
 
 
 
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フォトン(Photon = 光子) (2002.01.6)(2003.03.21追記)
 光をフォトン(光子)というエネルギー単位で論じる考え方は、20世紀初頭に始まった量子物理学の世界から発展してきました。
 光は大きく分けて3つの革命によってその特性が語られてきました。
 
 
■ 光の三つの革命
 
一つめの革命は、17世紀のイタリア人天文学者のガリレオガリレイです。
彼は、それまで概念的で哲学的だった『光』を科学の対象としてとらえ、実験によって光をとらえようとしました。
1609年、天体望遠鏡を作ったのもガリレオでした。
彼は、光の速度を求めようと実験を試みます。
彼は、面白いことに、光は粒子であると信じていました。
当時は、まだ光が波であるという現象が認識されず、話題にされなかったのです。
 
二つめの革命は、1867年、英国人物理学者マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)の唱えた電磁波論です。
ここで、光は波であることが決定づけられます。
ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)が粒子説を唱え、ホイヘンス(Christiaan Huygens、1629-1695)が波動説を唱えて、
それ以降、二分していた光の属性が、ヤングによって波であることに軍配が上がり、
マイケル・ファラディーの電気と磁気に関する研究によって、
これらの基本定数から計算される方程式のある定数値が、光速と不思議な一致示すことから、
マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)が光 = 電磁波を着想し定義づけました。
 
三つ目の革命が、1905年ドイツ人物理学者アインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)の唱えた光量子説です。
1900年、同国のマックス・プランクが発見したエネルギーの飛び飛びの値をとるふるまいについて、
アインシュタインは、光が粒子であり1個1個として振る舞うことを定義づけました。
彼は、これを光子(フォトン = photon)と呼んだのです。
アイシュタインといえば、難しい相対性原理があまりにも有名ですが、
この原理の元となるのは、光は粒子であると仮説し、運動のスピードは光速を越えられないこと、
質量とエネルギは等価であるという大発見に根ざしています。
アインシュタインによれば、
「光は粒子の一種であり、エネルギーが hν、運動量が hν/cの塊として光速 c で飛んでいる。」
と定義しました。
フォトンの発見は、レーザへの道を開くことになりました。
 
■ フォトンの単位
 フォトンの物理量は、微弱な光を扱うときに使用される光の単位として J = ジュールで表されます。
このエネルギー単位は、hc/λ = hν で示されるように光の波長によって決まっているため、
特定の光しか発光していない現象では、全エネルギーを量子化された光エネルギー単位で割ってやることにより、1個、2個と数えられるようになります。
微弱光の研究分野では、高感度光検出器を使って光の測定をしていると、エネルギーが連続した値で出てこずに飛び飛びの値で放射される事実がわかっています。
これが、フォトンカウンティングと呼ばれる所以です。
 
■ 光の波、光の粒
 光は、波の性質と粒子の性質を併せ持っています。
光が波であるのか粒子であるのかの論議は、かなり激しく論じられてきました。
光を科学的に体系づけた初期の物理学者、ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)は、光は粒子であるという説を曲げませんでしたが、トーマス・ヤング(Thomas Young、1773-1829)という同国(イギリス)の科学者による実験的考察から光の波動説に軍配が上がることになります。
ヤングは、1801年11月12日、ロイヤル・ソサイアティ(Royal Society)で講演を行い、ニュートンの死後英国人として初めて公然とニュートンの光の粒子説を否定し、波動説を擁護しました。
当時の物理の世界での光の振る舞いは、粒子よりも波の性質の方が物性がよくわかっていて説得力があったのです。
光の波動説は、スコットランドの科学者ジェームズ・クラーク・マックスウェルの提唱した(光の)電磁波理論で決定的になったかに見えました。
 しかし、それでもなお、光が粒子であるという説が完全に否定されたわけではありませんでした。
光が固まったエネルギーを持っていてあたかも粒子のような振る舞いをすると気づき始めたのです。
 
■ 量子としての光
それが、ドイツ人科学者プランクおよびアインシュタインらによる量子力学からの説明であり、光は粒子的な振る舞いをするエネルギーとして認められるようになっていったのです。
プランクは、光の放射がある単位量をもとにして不連続に変化することを示しましたが、これに至る前段階では熱放射について彼の考え方を明確にして「プランクの定数」を導きました。
プランクは「光」に関してはそれほど熱心ではなかったと言われます。
彼が「プランクの定数」を導き出したのは熱力学を統一的にまとめ上げる仕事をしている時であって、そのプランクの放射則を展開していくと可視エネルギー領域まで入り込まざるを得なかったのですが、「光の本質は波動」と考えていたプランクは、光の粒子性を認めることについては弱気で、革命的な主張を推し進めて良いかどうか長い間迷っていたと言います。
 
■ 光量子
 光を量子力学の中で不連続なエネルギー量(粒子)として確立したのは、アインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)でした。
アインシュタインは、プランクの放射則に光の粒子性が含まれるとしてプランクを勇気づけ、「光量子」という考えを確立して量子論を推し進めたのです。
 量子力学が発達する中で、光と電子はエネルギーを授受しあう重要な相互関係があることがわかり、原子・分子が放出するエネルギー形態の一つが光エネルギーであることがわかってきました。
それも、その光エネルギーは連続した値を取らずに飛び飛びの値を取る、
 
     E = h ν  ・・・(Light38)
       E:光のエネルギー(J)
       h:プランク定数、 6.6260755 x 10-34 J・s
       ν:光の周波数 = c/λ
       c:光速、299792.458 km/s (真空中)
 
という単位のエネルギーになることを、1905年にアインシュタインが突き止めたのです。
この最小単位を光子(フォトン)と呼びます。
 
■ 光と電子
 そもそも、光を「明るさ」という概念だけではなくてエネルギーとして考えはじめたのは、光によって電子が放出される光電子効果が発見されてからでした。
光電効果は、1887年にドイツ人物理学者ヘルツ(Heinrich Rudolf Herz 1857-1894)によって、マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)が唱えた電磁波理論の追従実験をしている中で発見されたものとされています。
ヘルツは、紫外線を使って電極を照射すると電極間のスパークがはるかに容易になることに着目し、紫外線を照射すると金属から電子を放出することを確かめたのです。
この光電効果について、ヘルツはあまり深く追求せず、1905年、アイシンシュタインが光電現象を法則化するまではそれほど大きな扱いはなされなかったようです。
光によって電気が起きる現象は、セレンや硫化カドミウムのような金属で良く反応し、ゲルマニウムやシリコンでも良く認められている現象です。
現在は、この恩恵にあずかって、シリコンに光があたると電気を起こすシリコンフォトダイオードやCCDカメラ、C-MOS撮像素子などに応用されています。
 
 光電効果には、以下に述べる二つの大きな意味があります。
 
     一つは、金属から放出される光電子の数は光の強度に比例する
であり、
     もう一つは、電子の放出される速度(エネルギー)は、光の波長(振動数)のみに依存する
 
というものです。
前者は、光をたくさん当てればそれに比例した分だけ電子が飛び出すことを意味し、後者はどれだけたくさん光をあてても電子が飛び出さない光があり、エネルギーの高い光子(例えば紫外線、X線)では、ほんのわずかの量でも電子を飛び出させる力を持つことを意味しています。
 このようにして、光は粒子として位置づけがなされるようになり、光エネルギーを個数で表すことができるようになりました。
それが、光子と呼ばれる素粒子の扱いです。
光子は、「光は質量を持たない粒子であり、その伝播速度は光速」、というアインシュタインの相対性理論の究極のもの(エネルギー)でもあるのです。
難しいと言えば、難しい概念です。私たちの回りに溢れるほどに拡がっている光が、そんなに奥の深い意味があるかと思うと神秘ですらあります。
 
■ フォトンの明るさ
 しかし、現実の生活において、フォトンを使った単位で光を論ずることは極めて希です。フォトンは微弱光を論じたり、光反応を扱う分野でよく使われていて、その量は微弱なことが多く、フォトン検出には高感度光検出器であるフォトマルチプライア(光電子増倍管)や、イメージインテンシファイアを使わないと測定が困難です。
 ちなみに、フォトン計測は、1秒間に1cm2 あたり1〜108 (1億)個までのエネルギーを放射する分野で用いられます。
108 個/秒・cm2 という光のエネルギーは、10-4 ルクス(0.0001ルクス)程度の明るさで、これは星明かり程度の明るさであり、この明るさがフォトン計測の最大限界と言われています。
 アインシュタインによって、光は究極のエネルギー(質量を持たないエネルギーそのもの)という位置づけがなされました。
宇宙を論ずるとき、また、原子やクォークなどの小世界を論ずるときに「光」はなくてはならないエネルギーそのものになっています。
しかし、このサイトを愛読される人達のなかで光を「光子(フォトン)」としてとらえる人は少ないように思われます。
 
 
 
【アインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)】 - 「光」の概念に革命をもたらした人 (2006.04.08)(2008.04.19追記) 
 
▲光とのかかわり:
 アインシュタインと言うと「相対性原理」がすぐに思い浮かぶ。
現実離れした宇宙空間の法則性を、頭脳一つで導き出した天才物理学者というイメージが強い。
しかし、彼の真骨頂は、「光」の本質をえぐり出した光量子説の発見にあるだろう。
彼は、この発見によって1922年、ノーベル賞を受賞した。
「光」をエネルギーの固まりとして、1個1個カウントできる量として扱うことにより、物理学の世界が一歩前進した。
波としての「光」の位置づけが強かった当時の物理学の世界にあって、彼は、粒子としての光の振る舞いに注目し、
また、プランクの放射則を土台において、光子という概念を導き出して、「光量子」の概念を考え出した。
彼はまた、光の波と粒子の二重性について追求し、気体分子と壁との運動量の授受における類似の理論から、
プランクの放射則に粒子性と波動性とが共存していることを明確にした。
この考えによって、光、電子、原子が統一的に説明できることになった。
 
▲光量子:
 「光量子」という考えは、20世紀になって考え出された新しい考え方である。
この理論によって、当時新しく発見された光電効果をものの見事に説明した。
光電効果とは、紫外線を当てると金属から電子が飛び出す現象であり、光を強くすると電子の数は増えるものの
電子の放出速度は変わらない、とする理論である。
また光電効果では、ある波長より長い波長の光ではいくら光を強くしても電子は出ない、ことも指摘している。
これらの光電効果は、「光」を粒子とし、これが電子と衝突することで完全に説明できた。
また、この概念は、ストークスの法則(照射光よりも発生する蛍光の波長が長い方にずれる現象)や、
コンプトン効果(X線と電子が衝突するとX線の波長が長くなる現象)などの発見を統一できるもので、
X線を光量子と考えればすべて説明できるものであった。
 
▲人となり、生い立ち:
 彼の前歴は、異例と言っても良いくらいに非エリート的で特異である。
彼自身、ユダヤ人であったことから、時代に流され米国に亡命するという憂き目にもあった。
アカデミックな枠にとらわれずに、独学で斬新な理論を導きだす独創性は、物理学のみならず哲学、思想界にも影響を及ぼした。
権威や差別、とくにファシズムを憎み、人類の平和を求め続けた人間性の豊かさは、他の類を見ないものであった。
 アインシュタインは、1897年3月14日、南ドイツのウルムにユダヤ人の長男として生まれた。
幼年時代は、平凡な日々を送っている。
 幼年時代は、普通の子供に比べて成長が遅く、知恵遅れではないかと両親を心配させたほどである。
平凡ではあったが、5歳のときに父親に見せてもらった羅針盤には異常な興味を示し、また6歳からバイオリンを習い始め、
これは生涯を通じての楽しみになった。
 1895年、電気技師になる目的でチューリヒのスイス連邦工科大学を受験したものの失敗し、
翌年、再度の受験で合格し1900年に卒業した。
学生時代は、正規の授業にはほとんど出席せず、友人のノートで試験を切り抜けた。
片方、一流の物理学者の原論文を熟読することに日々を費やした。
大学時代の彼は、教授からの評価が悪く、大学は出たものの研究に進む道が与えらなかったので、
友人(マルセル・グロスマン:1878-1936、チューリッヒ工科大学数学教授)の父親の推薦を受けて、
1902年、ベルンの特許局に見習い技師の職を得た。
その仕事の余暇に、理論物理学の研究に没頭し、1905年の「光量子」理論を導き出すに至った。
友人グロスマンとは、後に空間場を計算する時に、計量テンソル(球面幾何学)という数学手法を採用することになり、
この時に彼の数学処理の援助を得ている。
 
▲1905年:
 1905年は、「奇跡の年」とも言えるべき年で、アインシュタインは光量子説、ブラウン運動、特殊相対性理論に
関する三つの論文をドイツの物理学雑誌『物理学年報』(Annualen der Physik)に発表した。
さらに1907年、固体の比熱の量子論を同誌に寄せている。
 彼の研究スタイルは、自身の頭脳で思考することである。
多くの物理学者が、高額な実験設備を擁して研究を進めていたのに対し、彼の実験室は彼の頭脳のみであった。
その頭脳から、従来の物理学を統合する全く新しい次元の理論を構築していった。
彼の理論を「メタ原理」と呼ぶ。
メタとは、metaphor(メタファー:隠喩、形而上)の略で、現実世界を睨みながら、現実とは一線を画した別の世界、という意味合いが強い。
彼の相対性原理は、物理世界を統一する理論であったが、現実世界に束縛されて生きている人にとっては、おそろしく分かりづらい理論であった。
それは、彼がメタ原理で統一理論を構築したからである。
従って、彼の理論は仮定が多い。
仮定からの構築こそがメタ原理である。
彼の理論が正しいと認められるようになって行くのは、天文分野においてであり、次に原子の世界においてであり、彼の理論の確かさが証明されていった。
仮定が真実になっていった。
 
▲彼の構築した理論の背景(物理学の統一の思い):  (2009.02.27追記)
 彼が物理学を統一理論でまとめたい、と思い立った発端は、当時、物理学には2本の柱があって、
その両者の非対称さがとても不愉快であったことだと言われている。
二本の柱とは、ガリレオ→ニュートンの構築した力学であり、
もう一つは、ファラディー→マクスウェルの電磁気学であった。
この両者は、それぞれの世界ですばらしい成果を生み出していたが、
深淵部(天文学の分野と原子物理学)において、互いに歩み寄る気配がみじんもなかったのである。
アインシュタインは、この両者を統一的に結び付けたのである。
その統一の大鉈(おおなた)が、
一つは、空間は曲がるという理論であり、
もう一つが、光の速度はどの世界(時空を超えた世界)でも一定である、
としたことである。
この二つの大前提(メタ原理)は、古典力学の大前提を根底で否定した。
古典力学では、乗り物に乗った人から見た外界の動きは、止まって見た時に見える運動とは異なって見える、という前提がある。
電車に乗って、りんごを放り上げる運動は放り上げた人から見れば上下運動であるのに対し、
電車に乗っていない外の人が見れば、進行方向にもリンゴは運動(放物曲線運動)している。
光も、・・・そうであるに違いない、と、普通は、そう考える。
地上に降り注ぐ光の速さと、ロケットに乗って高速で飛んで入る時に見える光の速さは、・・・当然、違うに違いない。
古典力学ではそうなる。
我々の地上での日常生活では、その考えで100%で事足りている。
しかし、アインシュタインは、それを否定した。
光の速度は、見るものがどんなに動いていても一定であるとした。
 実際問題として、当時の彼の下した大前提に証拠はあったのか。
証拠はなかった。
その大前提を作ることによって、それまで対峙していた二つの物理世界が一つにまとまる、ということが、彼の思考のよりどころであった。
彼の理論は、ほどなく天文学や量子力学で正しいと下される証拠があげられるようになる。
彼の理論によれば、太陽から放射されて地球に届く光の速度と、遠い何万光年と離れた恒星から地球に届く光の速度は一定ということになる。
太陽と地球は一定の関係があり、両者がどのようなスピードで運動していようとも、両者の相対位置は良くわかっているので光の速度は一定であろう、というのはなんとなく理解できる。それが何万光年も遠くの恒星の場合、恒星が地球に対してどのような運動をしているかは分からない。
それこそ、地球に対して秒速何百km(光の速度の0.067%)で遠ざかっているかもしれないし、逆に近付いているかもしれない。
ガリレオ - ニュートンの力学では、そうした場合の運動体に対して相対的に運動の変化を要求する。
光も、当然速度が変わらなければならない。
しかし、アインシュタインは、光は一定の速度で推移すると定義づけた。
光の速度が、どんな運動場でも一定の速度で伝播するとなると、それを伝える空間はどうなってしまうのだろう。
アインシュタインは、運動する空間場自体が歪むと考えた。
そうしなければ、光速一定の大原理が崩れてしまう。
「重力場」という考え方である。
電磁気学では、実は空間が歪んでいるという考え方をしていなかったので、エーテルの存在に固執し、エーテルによってすべてを解決しようとしていた。
アインシュタインと同時代にあって、電磁気学を発展させ電子の存在の仮説を立てたオランダのヘンドリック・ローレンツ(1853 - 1928)も、マクスウェルの電磁気学をガリレオ物理学に合わせるべく苦心を重ね、エーテル中を移動する物体は、長さが短縮されるという仮説を立て(1893年)、力学と電磁気学の統一理論を作ろうと躍起になっていた。
その結果が、ローレンツ変換という式で結実する(1904年)。しかし、残念ながら彼が期待したエーテルは結局は見つからなかった。
ローレンツは、偉大な電気物理学者であったが、当時の学者がそうであったようにエーテルに固執していた。
アインシュタインは、そうした考え方をとらずに、加速度のある空間場(重力場)を可変にした。
ローレンツの式では、光よりも速い運動体があると、時間も空間も虚数になってしまうという問題があった。
アインシュタインは、物体の速さが増すと質量も増加して加速が起きにくくなり、物体が光速を越えることがないようにした。
空間場(重力場)が可変になることは、物体の質量も不変ではなくなることを意味していた。
静止している物体と運動している物体では、質量が変わる。アインシュタインはそう考えた。
おもしろいことに、アインシュタインは、自らの理論を構築する際に、ローレンツの変換理論も、米国マイケルソンの実験も知らなかったそうだ。
このことは、彼が当時、物理学の趨勢を見ながら自分の理論を構築したのではなくて、単に、ガリレオ - ニュートン力学とマクスウェルの電磁気学の統一を図りたくて、思索の道を歩んでいたことを物語るエピソードである。
 
 
 
【ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)】 - 光学の粗、物理学の祖  (2006.03.29)
  ニュートンは、ルネサンス以降の科学技術が急速に発展した時代を生きた人で、物理学(運動力学)の基礎を築いた人物である。
日本の歴史スケールで見ると、江戸時代初期の頃に活躍した人物である。
 
▲生い立ち:
 アイザック・ニュートンは、イングランドのカールスターワース(Colsterworth)の近くにあるウールスソープ の(Woolsthorpe)に 生まれた。
カールスターワースは、イギリスの中ほどのイングランド島のくびれた部分の東寄りにある小さな町で、同じ位置の西には競馬で有名なダービーがある。
宮殿で有名なノッチンガムや、港町ボストンも彼の生まれた近くにある。
両親には恵まれず、父親はニュートンが産まれる3ヶ月前に死去した。
二年後、母親はニュートンを祖母に預けて新しい夫の元へ嫁いだために、彼は母方の祖母に育てられることになる。
幼少期の彼は、体が小さく内向的で目立たぬ子であったため、友だちから虐めの対象にされていたが、あるとき、彼らに反旗を翻してそれに勝てたことによって自分への自信につながり、学問の分野にも自分の生きる道を見つけて自我を開拓することができた。
学業は、すばらしくよくできて神童であった。
 1661年、19才の時に、叔父が学んでいたケンブリッジにあるトリニティカレッジに入学する。
ケンブリッジでは、デカルトやガリレオ、コペルニクス、ケプラーなどの最先端をいく物理学者達の学説を好んで勉強したという。
1665年、23才の時に、数学理論の構築の中で「二項定理」を発見し、微分を発見し、微分積分学の発展に寄与した。
彼の数学における真骨頂は、幾何学であり、代数学は、スイス人数学者オイラーの方が秀でていた。
ニュートンを有名にする運動力学も、オイラーによって数式化されたものであり、ニュートン自身は、運動力学を幾何数学によって説明していた。
 彼のバックボーンには、当時のキリスト教社会にあってピューリタン思想が強くあったようだ。
ケンブリッジ時代の彼は、世界から逃げ出したい厭世的な人物と評価されている。
それは、当時のイギリスが大航海時代時代に入り、海外貿易での商業が盛んになって時代の変革を迎えていたにも関わらず、大学は旧態依然とした年功序列の学内人事が横行していたために、それに嫌気がさしていたと言われている。
 生涯独身を通し、1727年、85才、ロンドン郊外のケンジントンで病没した。
 
▲国を支える:
 ニュートンは偉大な数学者であり、かつ物理学者、天文学者、哲学者であったが、政治にも深い関わりを持っている。
大学教授時代のニュートンは、国の政治にも参加し、教え子たちの推薦もあって、国の政に参加した。
1696年、54才の時に、教え子で大蔵大臣を勤めるモンタギュー(Charles Montagu)のすすめで、造幣局監事に就任した。
1699年造幣局長官になり、贋金(にせがね)作りの取締や、金本位制度の改革を行った。
 
▲集中期:
 1665年、23才の時にケンブリッジで学位を取った直後、ロンドンでペストが大流行したため、大学が閉鎖されてしまった。
そのため、ニュートンは故郷のウールスソープに帰り、その後の2年間、微分積分学と光学、重力についての研究を行った。
帰郷期間の1665年後半から1666年の一年半で、彼の生涯に成し遂げたほとんどの研究の成果を出している。
この期間は、「驚異の一年半」と呼ばれている。
の期間で思索した内容の発表は、すぐには行わず、かなり後のことになる。
 
▲業績: 
プリンピキア - Philosophi Naturalis Principia Mathematica「自然哲学の数学的諸原理」 (1687年)(45才)出版。
   ラテン語で書かれた古典数学。天体の運動を解明し、万有引力の法則と運動方程式を記述した。
   古典力学(ニュートン力学 = ニュートンの運動の三法則)を創始した。運動に、「力」という概念をはじめて導入した。
   この本は、文章と幾何数学(図形)で構成されていて、代数による記述はない。したがって、ニュートンの有名な
   運動方程式は、後の数学者が彼の記述に当てはめた。方程式は、フランスのデカルトがあみ出し、運動力学に微積
   分を応用したのは、スイスのオイラーであり、
     md2χ/d2t = F(←運動力学 F= ma の微分方程式)
   という運動方程式の記述は、ニュートン・オイラーの式と呼ばれている。エネルギーという概念で動力学(Dynamics)
   を体系化したのは、ドイツのライプニッツであった。
   しかし、自然界に隠れる運動の本質をさぐりあて、三つの法則を抽出し数学的に表した手法は画期的な革命と言える。
・微積分法を発明(1666年)。同時期、ゴットフリート・ライプニッツも同じ手法をあみ出していたため対立することになる。
・二項定理に完全な証明を与える。
・天文学。地球と天体の運動を初めて実験的に示した。地動説をより一歩進めて詳細な研究を行い、運動力学をあみ出す。
   ケプラーの惑星運動法則に関して数学的に証明を与えた。
・錬金術師 - ニュートンは近代科学の成立に貢献する傍ら、錬金術の研究を行っていた。
   当時、彼は造幣局長官をしていたため、このことを隠していたが、 20世紀になってニュートンの遺髪を分析したところ、
   水銀が検出されたことにより、錬金術に相当の関心と情熱を持っていたことを裏付けることになった。
 
▲光学に関する業績:
・光学は、ケンブリッジでの学生時代、ケプラーやデカルトの影響を受けて造詣を深めるようになる。
   レンズ、プリズム、顕微鏡、望遠鏡などを集めてレンズ研摩を始める。
・1666年、最初のプリズムの実験を行う。これは望遠鏡改良の一環で行った研究で、球面収差除去の目的で始めた。
   この研究から色による収差を発見した。この知見から光の屈折を研究。光のスペクトル分析も行うようになる。
・1669年、27才の時、師のバロー(Isaac Barrow:1630-1677)を継いでルーカス教授となり、光学を講議した。
   バロー(当時38才)は、偉大な数学者(ユークリッド幾何学)であり、物理学者(光の反射および屈折の研究、
   光学の焦点、屈折焦線の作図法を考案)でもあったが、聖職者でもあったので
   ニュートンの非凡な才能を認めた彼は、自らトリニティ・カレッジのヘンリー・ルーカス基金による
   ルーカス数学初代教授の職を辞し、ニュートンにその職を譲って聖職に専念した。
・1671年、29才の時に、口径2インチ(φ50mm)、倍率38倍の反射望遠鏡の発明した。
・1672年、ロンドン王立協会に提出した反射望遠鏡が大評判となり、王立教会の会員に選出された。
   以降、王立教会にて、ロバート・フック(Robert Hooke:1635-1703)と光学論争で対立することになる。
・光の粒子説。- オランダのホイヘンスの光の波動説を否定。
   彼は、光の粒子説をとったが、彼の研究には細いスリットからもれる光の回折や、ニュートン・リングで知られる
   干渉縞実験、薄膜の実験などを通して、光の波としての性質も十分認知していた。
   彼が光の粒子論に固執したのは、光の直線性としての性質が極めて高く、幾何光学を得意としていた彼にとっては
   この特性を無視して波動性を論じきれなかったためと考えられる。
   粒子としての立場を貫きながら、波としての性質を持つ光の属性に苦慮した、というのが本当の所ではなかろうか。
・「Opticks」(←綴りに注意)(光学)出版。1704年(62才)
   英語表記で書かれた本。プリンピキアが出版されていなければ、ニュートンの最も代表的な出版書となった本。
   数学的表記は、幾何学(幾何光学)の手法によっている。光の屈折、反射、色について、実験や現象の裏づけによって言及。
   白色光は、いろいろな光が混じっていることを証明した。
   白色光のプリズムによる色分解、色とスペクトルの関係について言及している。
 
 
 
 
 
 
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光 - 波と粒子 (2003.01.3.24)
 光は、波の性質と粒子の性質を兼ね備えています。
1900年を境にして、波と粒子の二つの性質を兼ね備えた物質を求め、その相互関係を研究する分野が出来上がりました。
これが、量子力学と呼ばれるものです。
難しい量子力学の世界も、その根本は光であるのは不思議です。
すごく身近にある光が、とても不思議なふるまいをし、宇宙を述べる根本の一つが、光であったなどとは摩訶不思議なことです。
ガリレオが、光を科学の対象として研究を始め、英国人物理学者ヤングから同国物理学者マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)に
いたるまで、光が波であるとする説が有力でした。
光を粒子として位置づけ、ニュートンの光の粒子説を高度にまとめあげたのは、アインシュタイン(Albert Einstein:1879-1955)でした。
我々の日常生活では、光は波としてとらえた方が都合が良い場合が多くあります。
以下に、光の二つの考え方(波としての光と、粒子としての光)を示したモデルを示します。
両者では、パラメータにかなりの違いがあります。
両者を取り持つのは、光の速度(光速 = c)と波長λです。
 
波としての光のモデル
粒子としての光のモデル
記号
名称
説明
記号
名称
説明
a
振幅
光の強度  = | a | 2
e
電荷
なし (無誘導性)
λ
波長
1 x 10-9 m〜1 x 10-3 m
(可視光400nm - 700 nm)
m
質量
0(静止質量はなし)
p
位相
0〜2π(rad)
E
エネルギ
E = hν
 h:プランク定数
ν: 光の周波数(= c/λ)
c
光速
c = 2.998 x 108 m/s
P
運動量
P = hν / c
c: 光速
ν
周波数
ν = c / λ
N
個数
生成 / 消滅が自由
偏光
直線偏光、(楕)円偏光
コヒーレンス
波長の純度、干渉しやすさ
統計的性質
ボーズ統計(ボーズ粒子)
スピン(自転) = 1に対応
(2005.06.23  ν: 光の波長を→光の周波数(= c/λ)に変更。光学メーカF氏より御指摘。)
 
 
 光が波であると言っても、一般的にはあまり馴染みがないかもしれません。
一般生活で、光が波であると自覚できる事象があるのでしょうか?
光は、光が波であると認識された初期の頃に縦波であるとされていましたが、偏光という現象が現れてからは、横波であるとされるようになりました。
偏光という現象は、液晶表示やCD、DVDのオプティカルピックアップ光学系に積極的に利用されています。
自然界では透明体の反射面で偏光がおきます。
偏光は、光が横波であることの確かな証拠なのです。
光は、いろいろな波長を持っていて、その波長により色が変わることは、物理学を学んだ方なら理解できると思います。
光は、連綿とつづく電磁波の中のある特定の波長を指して、これを可視光と呼んでいます。
その範囲は、波長で言うと400nmから700nmというわずか300nmの範囲です。
なぜか(いや、太陽の光がこの範囲の電磁波を一番たくさん地球に降り注いでくれたので)、人の眼はこの電磁波に感じ、それを色として認識できるようになっています。
光が波である根拠のもう一つの理由は、発光体が高速で移動する際にドップラー効果が光でも現れることです。
現実社会ではこの現象はわかりませんが、天体観測などで恒星の運動速度を求めるときに光のドップラシフトを用いています。
 
 新しい考え方によると、光は電気的な性質はまったくありません。
つまり電気に左右されないのです。
ですけど、電子がものに当たったり、電子が外部からエネルギを受けると一時的にエネルギを蓄え、それがまた元に戻るとき光(もしくは電磁波)を放出します。
光は電子と性質を異にしますが、切っても切れない関係にあるのです。
もともと、光というのは、電子の運動の結果放出されるものだとされています。
つまり、光の出るメカニズムは、
 
   1. 双極子放射 - 電子の振動
   2. サイクロトロン放射 - 電子の加速運動
   3. 誘導放出 - 光による光の発光
 
の3つで、上の二つ(1.と2.)が自然放出と呼ばれているものです。
最後の誘導放出が、レーザの基本原理となったものです。
光が光を生むのです。
 双極子放射というのは、加熱発光に代表されるもので、外部からエネルギを受けると電子が振動し、その振動が激しくなると波長の短い電磁波が放出されて、それが可視光になるというものです。
その振動数は、一秒間に約500兆回というものです。
 サイクロトロン放射は、電子を加速させることによりそれに伴って光を放射します。
電子を円運動させ光速に近づけると強い光(X線)がでるようになります。
こうしてできた強い光は、学術的に利用価値が高いため、国家プロジェクトとして施設を建設し研究に使われています。
兵庫県にある高輝度放射光施設(SPRing8)は、強い放射光(X線)を放出する設備があります。
誘導放出についてはレーザの項目を参照してください。
 光は質量がありません。
質量がないのに運動量を持つ、というのはどうも納得がいきません。
古典力学が染みついている私は、運動量は質量と速度で求まる、と思ってしまうからです。
運動量は古典力学から導きますと、
 
     P = mv  ・・・(Light39)
       P: 運動量
       m: 質量
       v: 質量の速度
 
となります。
方や光は粒子ですから(だけども質量はありません)、運動量は上の表から、
 
     P = hν / c  ・・・(Light40)
       P: 運動量
       h: プランク数
       ν: 光の周波数
       c: 光速度
 
となります。
古典力学で扱っている物体mが非常に高速にvで運動して、ついに光速にまで達したらどうなるのでしょう?
上の二つの式は同じになり、
 
      mv = mc = hν / c  ・・・(Light41)
      hν = mc2  ・・・(Light42)
 
となります。
ここで、
 
      E = h ν  ・・・(Light38)(前述)
 
ですから、
 
      E = mc2  ・・・(Light43)
 
となり、有名なアインシュタインの相対性理論の根幹をなす方程式にいたります。
この式は、質量mの物質は、ポテンシャルエネルギーとして、質量mと光速 c の二乗を掛け合わせただけのエネルギを持っていることを示していますし、質量mのものが光速で運動したら質量が無くなってエネルギだけになることも示しています。
 光は、ですから、エネルギーの最終形態ということができるのかもしれません。
光は電子によって簡単に発生し、電子に簡単に吸い取られて消滅する。
それが、アインシュタインが100年前に考えていた光の原型です。
 
 
【ボーズ統計とフェルミ統計】
 上の表で、ボーズ統計という言葉が出てきました。
光と電子の性質の違いを表すものに、ボーズ統計性質とフェルミ統計性質、という考え方があります。
ボーズ(Satyendra Nath Bose: 1894-1974)は、インド人の物理学者で、フェルミ(Enrico Fermi: 1901-1954、1938年ノーベル物理学賞受賞)は、イタリア系米国物理学者です。
光は、集団的なふるまいがとても好きで、互いに強調して同一行動をとろうという性質があります。
この性質をあらわしたのが、ボーズ統計と言われています。詳細は、私自身よくわかっていません。折りをみながら追記をします。
片や、電子は、光とは全く違って、単独行動が大好きで、電子同士仲が悪くて排他的だそうです。
その仲の悪さを表したものが、フェルミ統計で表されるのだそうです。
フェルミ-ディラック統計も、私自身良くわかっていないので、折りをみて更新します。
 宇宙に存在する素粒子は、ボーズ統計に従う仲の良い素粒子と、フェルミ統計に従う仲の悪い素粒子の二つに分類できるそうです。
レーザと呼ばれる光も、実は、光の仲の良い性質(誘導放出、共振)を最大限に利用した所産であると言えます。
この説明によると、電子は、きちんと整列させて発振させることは不可能であることがわかります。
電子は、質量があるのにいまだその所在がわからず神出鬼没、あちらに現こちらに現れたりと忍者のようです。
 
 
 
 
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光速と長さ(The Speed of Light and Physical Length) (2003.01.18)
 光は、長さをも規定してしまいます。光で長さを決めることができるのでしょうか。
現在のメートルの定義は、光によって決められているというのだから驚きです。
 
● メートル原器
 長さの単位であるメートルは、元をたどると、フランスが発明したもので、かなり理論的な単位です。
生活に密着した所から定義づけられてきた、インチや尺・寸とは趣を異にしています。
非常に論理的に、かつ物理的に割り出されました。
メートル誕生は、AnfoWorldオムニバス情報3-標準化、メートル法を参照下さい。
そのメートルという長さの根本は、メートル原器というものがあって、すべての長さの基本は、フランスが保管している白金とイリジウムの合金で作られた(熱膨張の極めて低い)メートル原器によって成り立っていました。
主要各国は、メートル原器のレプリカを持っていて、それを使って物差しやいろいろな測定機器が作られていました。
このことは、私の小学校時代(1960年代)に学校の先生からそう教わりましたし、教科書にもその原器なるものの写真が載っていました。
現在、メートルの定義は、光によってなされています。
その方が、メートル原器に合わせるよりはるかに精度良く、かつ、再現性がいいのです。
長さの定義が、メートル原器から光によって定義されたのは、1960年です。
 
●1960年
 1960年は、光にとって注目すべき年です。
一つは、メートルの定義がメートル原器からクリプトンの同位体86Krのオレンジ線の波長の1,650,763.73倍、と定義され直された年であり、
もう一つは、レーザーの発振が初めて行われた年なのです。
レーザの話は、項を改めます。
光によって、どうして長さが精度よく求まるのでしょうか?
光は、とてつもなく速く伝播するので、1メートルの長さなど、計測が不可能なように思われます。
しかし、光の速度を求めていく過程で光速を精度よく求める手法が考え出されて、これが逆に、長さを測る原理になったのです。
面白い出来事といえましょう。それほど光の速度は安定していることの証でもあります。
 
●ガリレオの実験
 光の速度を最初に求めようとしたのは、イタリア人ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei 1564 - 1643)です。
ガリレオの時代、光が有限の速度をもつかどうかが大きな関心事になっていました。
同時代のケプラー(Johannes Kepler 1571 - 1630 独)や、デカルト(Rene Descartes 1596 - 1650 仏)は、光は有限の速度を持たない、と思っていたようですが、ガリレイは有限であると信じ、その測定に情熱を傾けます。
彼は、光は粒子だという信念も持っていました。
彼が行った光の速さを求める測定は、今から考えると滑稽なほどプリミティブでした。
その実験は、1.6kmほど離れた位置にランプとシャッタをおいて、一方がシャッタで光を相手に送って、相手がその光を見たら相手はシャッタを開いて光を送り返すというもので、それに要した時間で光の速度を求めようと言うものでした。
実験は失敗に終わりました。
しかし、ガリレオのすごい所はその失敗にもめげず、なお、光はとてつもなく速いが有限である、という信念を曲げず(その信念の拠り所は、稲妻の始点と終点が肉眼で認識できることだったらしい)、研究を続けました。
 
● レーマーの実験
 この測定は、ガリレオの没後、1676年、レーマー(Ole Roemer 1644 - 1710 デンマーク)によって行われました。
彼は、木星の衛星が木星自身によって遮られる現象(食)が、地球上の季節によって周期の変動が見られることに着目し、地球の公転距離と木星距離を割り出して、周期の違いから時間を求めて、地球と木星の距離の差で割って光の速度を求めました。
惑星間の距離を使って、やっと光の速度をそれらしい値を求めることができました。
レーマーが求めた光速は、214,000km/sだったそうです。
 
● フィゾーの実験
 レーマーの実験は、測定距離を長く取ることにより光速を求める方法でしたが、シャッタを短く切る手法を使えば、それほど長い距離を取らなくても光速は求まるはずです。
1849年のフランスの物理学者フィゾー(Armard Hippolyte Louis Fizeau、1819-1896 仏)の実験は、高速シャッタの開発から始めました。
彼は、円板に歯車のような形をした切り欠きを等間隔に作り、重力の力を借りて錘で円板が一定の回転数で回る装置を作りました。
1840年代当時は、電気モータなどない時代で、正確な装置と言えば機械時計しかなかったので、フィゾーは機械時計の原理を高速シャッタ装置に応用しました。
彼の作った高速シャッタは、720の切り欠きの円板があり、これを毎秒10回転で回しました。
したがってこのスリットを通る光は、
 
     1 /(720 x 10)= 1/ 7,200 秒(138.89マイクロ秒)  ・・・(Light44)
 
の間隔で点滅する光源となりました。
光の点滅そのものは、切り欠きが等間隔ですから、点滅間隔の半分になり、
 
     1 /(720 x 10 x 2)= 1/ 14,400 秒(69.44マイクロ秒)  ・・・(Light45)
 
の発光時間となります。
歯車を通った光は、ある距離 L 離れた所に反射鏡を置いておくと、反射鏡によって再び歯車に光が戻ってきます。
従って、光の測定距離は2 x Lとなります。
光の点滅の間に、2Lの距離を光が往復すると、歯車の隙間を通して光が見えるようになります。
フィゾーは、反射鏡と歯車を置く距離を正確に割り出し(8,633m)、歯車の回転数(n回転/秒)を徐々に上げていき、光の点滅の様子を観察しながらすべての光が見えなくなる歯車の回転数を求め、その回転数と距離から光の速度を求めました。
フィゾーの実験では歯車の回転数が12.6回転/秒であったので、
 
     c = 2 x 8,633 / (1/720 x 12.6 x 2) = 313,274 km/s  ・・・(Light46)
 
という結果を得ました。
 フィゾーの実験には、その最初からフーコー(Foucault 仏)が参加していて、彼と共同して光速の測定実験を行っていました。しかし、しだいにその関係が悪くなります。
1950年には、彼らは別々の実験を行うようになり、得られた結果も別々に発表することになります。
 
● フーコーの実験
 フランスの実験物理学者フーコー(Jean Bernard Leon Foucault、1819-1868)は、フィゾーの実験をさらにおし進めて、歯車に変え、さらに回転鏡を使って実験精度を高め、1862年に、298,000km/sという値を得ました。
フーコーは、生来病弱で正規の教育を受けておらず、基礎教育は家庭教師によっていました。
フーコーは、振り子の実験者としても有名で、地球の自転を証明した人でもあります。
フーコーは、1851年パリのパンテオンで67メートルと25kgの錘による振り子を使ったデモンストレーションを行い、時間の推移と共に振り子の振動面が真上から見て時計方向に回転していることを示しました。
フーコーはまた、ジャイロスコープの発明や、天文学で使う反射望遠鏡の検査手法、シュリーレン手法をあみ出しました。
 
● マイケルソンの実験
 アメリカの物理学者マイケルソン(Albert Abraham Michelson、1852-1931。生まれはドイツプロイセン。幼児両親と共にアメリカに移住)は、光の干渉原理を利用して極めて精度の高い光速の測定に従事しました。
彼は、アメリカの海軍兵学校を卒業し数回の航海の後に母校の物理学講師となります。
1880年から1882年(28才〜30才)に、ドイツ、フランスに留学し、ヘルムホルツらに師事しました。
干渉計は、その時に発明されます。
彼の研究は、一貫して光速の精密測定に関連したものでした。
彼はその中で、エーテルの存在を客観的に否定するデータを出し、彼が作り出した超高精密のマイケルソン干渉計は、実験物理学上の大きな功績となりました。
1882年、30才の年に発明した干渉計で、メートル原器を測定しました。
彼は、この結果より、長さの基準であるメートル標準を従来のメートル原器から光波長にすべきことを提案しました。
それは、彼の死後30年ほど経った1960年に実現しました。
マイケルソンは、干渉計の考案とそれによる分光学、及びメートル原器に関する研究で、1907年にノーベル物理学賞を受賞しています。
この授賞は、アメリカ人として初めての授賞でした。マイケルソンは、回折格子の製作にも貢献しました。
 
 
 マイケルソンが発明した干渉計について説明します。
マイケルソンが干渉計を発明した時代には、レーザなどありませんでした。
光の干渉縞は波長依存性が高いので、使用する光源を単一波長に近付けるため、使用する光源をプリズムで分光して単一波長を取り出しました。
スリット(S)より射出する光は、コリメータレンズを介して平行光となり、半透明鏡(G1)によって二つに分岐します。
分岐した光は、それぞれの反射鏡(M1)(M2)に入射し、もと来た光路を帰り、再び半透明鏡(G1)で会して観察視野に入ります。
観察視野では、二つに分けられた光路の長さの違い(L)によって干渉縞の数が増減します。
 その関係は、
 
     L = N * λ / 2  ・・・(Light47)
      L: 鏡M2の移動量
      N: 干渉縞の増減の数
      λ: 光源の波長
 
で示され、使用する光源の波長と干渉縞の数がわかっていれば、被検定鏡(M2)の移動量がわかります。
この方法を用いて、1895年、カドミウムのスペクトル線を標準光源としてメートル原器の長さが測定されました。
 
● 現在の1メートル
 光の速度を、なぜ高精度に求めなければならないのでしょうか。
これには、物理学的な理由と、光学的な理由があります。
物理学の世界では、基本的な量である質量、電気、磁気、エネルギーなどの間には、光速を仲立ちとして密接に結びついている場合が多いのです。
アインシュタインが定義づけたエネルギー(E=mc2)などが好例です。
光速は、物理学で今や根幹をなすものなのです。
光速の精度が上がれば、関連づけられた単位の精度も上がるのです。工学的な観点からも、光速は大事なものです。
光が、長さを定義づけるまでになっているからです。
メートル原器で定義された長さも、1984年10月の国際度量衡委員会総会で、次のように決定されるまでになりました。
もっとも、1960年では、1メートルはクリプトンの同位体の発するオレンジの波長から求められる、と定義されていました。
24年の短い間に次のように変更されたのです。
 
     『1メートルを光が真空中を299,792,458分の1秒の間に進む長さとする』
 
この定義のすごい所は、メートルそのものが光速(299,792,458m/s)の数値を採用していることです。
それに、光速が長さの根本になるくらいに安定していてかつ精度良く求められていることです。
この定義をもとにして、実際にはどのように1メートルを求めるのでしょう。
 長さを求める例を挙げると、次のようになります。
ヘリウムネオンレーザとセシウムの同位体133Csを用いた原子時計(9.2ギガヘルツ)との組み合わせでビートを発生させ、ヘリウムネオンレーザの発振周波数を精密に測定します。
原子時計は、原子の共鳴で発振するもので、その原理はレーザの発振と極めて似ています(AnfoWorldオムニバス情報3-標準化、【時間】参照)。
その発振誤差は、30万年〜160万年に1秒というものです。
その時間と光速をもとにして、ヘリウムネオンレーザの波長を正確に求めることができます。
ヘリウムネオンレーザ光の波長が求まれば、長さの単位が求まり、波長の数を数えれば、希望の長さが求まります。
今後、実際の長さを求める手法に、もっと信頼性の高い方法が現れるかもしれません。
その時のために、国際度量衡委員会は、手法で長さを縛るのではなくて、光速を拠り所として長さを定義し、その手法は時代にまかせるとしたのです。
いずれにしても、光速が普遍であり、信頼性の高いものであるが故に長さの基準に光が採用されたことは間違いないところです。
 
 
 
 
 
レーザ光の強さ(Light Intensity of Lasers) (2000.12.21改)
 つぎにレーザ光について、レーザ光が照らす面の照度、光束の値について考えてみましょう。
 レーザ光は、レーザポインターなどでご存じのように光の放射の指向性が強い発光体です。
上で述べたような、光度とか輝度のような考え方は適用し難い光です。
レーザを光度(カンデラ)表示することはまずありません。
光度の単位表示する背景には光が四方八方に拡がるという暗黙の考えがありこのイメージにレーザはほど遠いのです。
また、輝度という考えも適当ではありません。
レーザの光は、1mm程度の光の線のようなものです。
輝度はある面積から完全拡散面を想定した光の広がりをもった光束の密度を言いますから指向性の強いレーザ光では輝度という考え方も適応できません。
しかし、レーザ光をレンズで広げて白い紙に照射すればその部分は明るくなり照度としての値は出せそうです。
この項では、レーザ光を照度として見た場合にどのくらいの明るさになるかを考えてみます。
(レーザについては、別の項で詳しく触れていますのでそちらを参考にしてください。)
 
 He-Ne(ヘリウム・ネオン)レーザは、波長632.8nmの赤色発光です。
通常ヘリウムネオンレーザは、1mW〜100mWの光出力を持ちます。
ここでは10mWの光出力について考えます。
これを前式を使ってレーザの出力光が何lm(ルーメン)に相当するかを求めます。
上の図の比視感度曲線より波長630nmの比視感度が、555nmの0.29倍であることがわかりますから、
 
     0.29 x 683 lm/W x 10 x 10 -3 = 1.97 lm  ・・・(Light48)
 
という値が導きだされ10mWのヘリウム・ネオンレーザー光は約2ルーメンの光束に相当することがわかります。
同じ10mWの光出力でもアルゴンレーザの場合は、緑の発光(511 nm)であるので 赤色ヘリウムネオンレーザより2.5倍比視感度が高く、約5 lmの光束となります。
ヘリウムネオンレーザのビーム径は約1mmであり、レーザー出力10mW、ルーメンで言い換えると約2 lmの光がほぼ平行に放射しています。
これを照度に換算するには、光束を放射される面積(m2)で割ってやれば良いので
 
     2 lm/(25πx10-8m2=2.5x106 Lux  ・・・(Light49)
 
となり、かなり明るい赤色ビームであることがわかります。
これを光学レンズで拡げてφ100mmのビームにすると面積で10,000倍に拡がるので、照度は250luxとなります。これからわかるように10mW程度のレーザではビームイクスパンダで光を拡げてやると室内光程度の明るさになってしまいます。
参考までに、真夏の太陽光は100,000lux程度の照度をもち、口径φ50mmの虫メガネでφ1mmに集光させると、
 
     100,000Lux(=100,000lm/m2)x(25x10-32 x π m2 = 200lm   ・・・(Light50)
     100,000Lux x (50/1)2=250,000,000 Lux   ・・・(Light51)
 
となります。これは、10mW ヘリウムネオンレーザのφ1mmのビームより100倍も強力な光になります。
 
 
 前項でも触れたように、レーザ光はビームを拡げてしまうと強い光になりません。
随分とたくさんの電気エネルギーを消費しながらほんのわずかの光学エネルギーしか取り出せない(電気エネルギー変換効率が悪い)レーザがもてはやされる理由は、他の光源にはない特徴があるからです。
その特徴を以下に述べます。
(レーザの詳しい説明はレーザ(LASER)の項を参照下さい。)
 
【レーザ光の有効性】
 
   1. 発振波長が正確にわかるため光反応、ドップラーシフト、ラマン反応などの履歴が取りやすい。
     ・ドップラーシフト : 高速飛翔体に光を照射すると当てた光の波長とは違う波長で反射する。
     ・ラマン反応 : 化学反応時、反応化学種に特定波長のレーザ光を照射すると化学種が励起し
      エネルギー準位を戻すときに化学種特有の光発光を伴う。
      したがって、検出したい科学種に反応する波長のレーザ光をあてて反応を見る。
   2. 発振波面がそろっているため光の干渉性が高く、これを積極的に利用して発振波長単位での計測が可能。
   3. 直進性が良いため、ミラーなどの光学部品の位置決めが容易。
   4. 単色光のため色収差を心配することなく、安価な光学部品で光を拡散、集光、シート光にすることが可能。
   5. 光のピークエネルギーが強い(YAG、エキシマー、銅蒸気レーザなど)ので、金属、非鉄の材料加工用熱源に使用。
 
我々の扱う高速度カメラは、通常の散乱光照明で10,000ルクス〜1,000,0000ルクス程度の光量が必要で、かつ広範囲にわたる照明が必要なためレーザ光源は適当ではありません。
レーザシャドウグラフ、レーザシュリーレンなどの透過光撮影では、上記の3.、4.の利点が使えるため利用価値が高いといえます。
 
【レーザシャドウグラフの光源】
 自動車などの内燃機関のエンジン燃焼で使われるシュリーレン手法やシャドウグラフ手法ではレーザを点光源に見立てたレーザシャドウグラフという撮影手法が幅広く使われています。
レーザーシャドウグラフの場合、10mWのヘリウムネオンレーザでどの程度の短時間露光が可能かを検討してみましょう。
 レーザは、光の出力エネルギーが正確に把握できるためフィルム面(やCCDカメラ撮像面)に到達する光量を計算することができます。
一方、感光フィルムや CCD 撮像素子では像面での適性露光量が決まっていて、ASA(ISO)100のフィルムで 0.1 Lux・秒、CCDカメラで1/160 Lux・秒となっています。
これは、ASA100のフィルムを使えば 0.1ルクスの像面を照らす照度でシャッタ速度を1秒間にセットすれば適性露光が得られることを示しています。
また、1ルクスの照度でフィルム面に光が当たっていれば、1/10秒の露光で適正露光濃度が得られることを示しています。
10mWのヘリウムネオンレーザを光学系で集光させ像面上でφ6mmの径に結ばせたとき 2ルーメンのレーザ光束は、
 
     1.97ルーメン / 9π x 10-8 m2 = 69,700 ルクス  ・・・(Light52)
 
の照度を得ます。
しかしレーザは、光学レンズ、被写体を透過して撮像面に到達するためこの間の吸収を加味しなければなりません。
この光学系で50%の吸収ロスがあると仮定すると、像面は、
 
     69,700 ルクス/ 2 = 34,900 ルクス  ・・・(Ligh53)
 
の照度となります。
ASA100のフィルムは、0.1 Lux・秒で適性露光になるのでこの値から必要な露光時間を求めると、
 
     0.1 Lux・秒 / 35,000 Lux = 2.9 x 10-6 秒  ・・・(Light54)
 
となり、3マイクロ秒の露光でASA100のフィルム面が適性露光となります。
 CCDカメラではさらに、ASA(ISO)100のフィルムの16分の1の露光時間で適正となるので、 200ns(0.2マイクロ秒)を与えれば良いことになります。
いずれにしてもレーザ光を用いると光学系のセッティングが容易で効率良く光を導くことができ、比較的微弱な光でも3マイクロ秒程度の露光を満足できる点が興味あるところです。
 
 
 
 
 
 
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自然現象に見る光の性質(Light properties appeared in Nature Phenomena) (2003.12.21)
 自然界には、光にまつわる様々な現象が現れます。
古代の人々にとっての光は、天からの恵みであり神そのものではなかったでしょうか。
茜色の夕焼け空や、紺碧の空、など太陽の光が形作る自然界のスペクタクルは魂を揺さぶるほどの感銘を受けます。
そうした自然に接するときふと疑問に思うことがあります。
 
 空は何故青いのか? 
 夕焼けは何故おきるのか? 
 雲は何故白かったり黒かったり赤かったりするのか?
 虹は何故起きるのか?
 呼び水や蜃気楼は何故起きるのか?
 日食や月食は何故起きるのか?
 カミナリはどのくらいの光を放つのか?
 太陽の回りにできるハロー現象はどうしておきるのか?
 極地に降り注ぐオーロラの正体はなにか?
 雲海の彼方に見えるブロッケン現象やセント・エルモの火はどうして起きるのだろう
 
 こうした自然界に見られる不思議な現象を古来の人達は神の意向ととらえてきました。
しかし、16世紀あたりから光を熟知した科学者によって現象を科学的に突き止めていく試みがなされます。
こうした叡智をこの場でみなさんと一緒に紐解いて行きたいと思います。
自然の現象が科学的に解き明かされたからと言って自然の織りなすスペクタクルの感動が失われるわけではありません。
前にもまして自然の法則性に思いを新たにし、より親しみを持って自然と接することができればいいなと思います。
 
光の直進(Straight Line Motion) (2004.01.04)
 光の大きな特徴の一つに、真直ぐに進む性質があります。
もちろん、光は反射したり屈折しますし、散乱や回折、吸収も起きます。
しかし、光の一番の大きな特徴は、まっすぐに進むことなのです。
この大きな特徴の下に屈折や反射があると考える方が素直です。
光の直進のおかげで太陽からのエネルギーが地球に降り注ぐことができ、何千光年かなたからの光も地球に届くのです。
この性質は他の電磁波よりも強い性質です。
地球から1億5000万キロメートル離れた太陽の光が地球に降り注ぐ際に物体にあたった光はしっかりとした陰影を作ります。
この事実は光が真直ぐに進んでくることをハッキリと示しています。
2003年11月23日には南極で皆既日食が現れました。
日食は太陽と地球の間に月が入り、太陽光を遮り地球に月の影を落とすと言うものです。
この現象は、光が直進する事実をはっきりと示しています。
天体の運行が計算によって認識されるようになって太陽、月、地球の位置関係が特定されるようになると、はっきりと日食、月食の日時が特定されるようになりました。
 
■ コロンブスと月食(Lunar Eclipse of Columbus)
 月食で思い出されるのは、アメリカ大陸を発見したコロンブス(1451-1506: Christoper Columbus, イタリア人船乗り)が、月食の事実を知っていて航海の災難を免れたことです。
コロンブスは、1492年にアメリカ(西インド)を発見しましたが、1502年5月、第4回目の航海で難破しジャマイカ島に回航しました。
スペインに帰る機会を待ちながらジャマイカで暮らすうち、彼等に食料などを供給していた土着人らが彼らを疎んじはじめました。
最初のうちは、スペインから持ってきた品々を物珍しがって、喜んで食料と交換していた土着人もそれに慣れるうちに珍重しなくなったのです。
食料に事欠く事態に陥ったコロンブスは、彼の天文学の知識を利用してこの危機を打開しました。
その天文知識と言うのは、1504年3月1日に月食が起きることで、彼は、ジャマイカ人の酋長を集めて、もしお前たちが心を改めずに我々を餓死させるのであれば、神はお怒りになり、月の色を変え光も消し去るであろう、と宣言しました。
酋長の中にはこれをあざ笑うものもいたそうですが、予定通り月食が起き、光を失った月を見た原住民は恐れおののき、コロンブスを神とあがめ月をもとに戻してくれるよう懇願したと言います。
コロンブスは、神にお伺いをたてる体裁をたてて難破した船室に退き、再び現れて、「お前達が約束を守れば神様は許しをたまう。その証拠に神はただちに月を再び光に満たされる」と説いたそうです。
月が再び満月になるのを見て土着人たちは喜び、コロンブスに感謝し、尊敬をしたそうです。
コロンブスは、天文知識によってこの難局を切り抜けたのです。
上の日食の原理図は、分かりやすく示したもので実際の距離間隔とは異なります。
月は、白道という軌道で地球の周りを約1ヶ月の周期で回り、地球は太陽の周りを黄道という軌道で約1年の周期で回ります。
白道と黄色の軌道が同じであれば、日食は地球上で毎月ごと新月の時に現れますが、両者の軌道は5度8分43.43秒傾いているため、新月の時に必ずしも月の影を地球上に落とすとは限らず、両軌道が一直線になったときに初めて日食が成立します。
両者は年に2回軌道が交叉する時期があり、この時地球上のどこかで必ず日食が見られます。
2回の周期はおおよそ6ヶ月です。
両者の軌道が一直線になるのは約18.6年の周期(サロス周期)で、この周期で両者の軌道は徐々に狭められたり広くなったりして逆行運行をくり返しています。
従って、年に2回起きる日食の間隔が1月と7月から3月と9月というようにサロス周期の間に移動しながら再び戻ってきます。
月は、地球の周りを楕円軌道で回っているので、地球に落とす影の位置が変わり、月が太陽をすべて隠す皆既日食が起きる場合と、月が小さくて太陽をすべて隠せない金環食が現れます。
 また、上の図では、地球が作る影が大きくて月が地球の影に入る確率が多くて月食が頻繁におきそうな図になっていますが、実際は地球の影は月の位置に対して狭いので頻繁にはおこりません。
むしろ、日食より月食の起きる確率は低いのです。
しかしながら、月食は日食にくらべて月食の見られる地域が広いため、月食が起きればほとんどどの地域でも見られるため、感覚的に日食より月食の方が多く見れる感覚にとらわれます。
 
■ 点光源
 光が直進する原理を応用して、一点から放射する光を作りあげるといろいろな面白い機器が作られることが分かってきました。
顕微鏡に使われる光源は、照射する対象が小さいために効率良く光を集める必要があります。
光を絞って照射する場合には、元になる光源は集光性の良い点光源が必要であり、しかも密度の高い光である必要があります。
灯台に使う光源は、遠くに光を飛ばすため、光の密度の高い点光源が使われます。
映画を写し出す映写機の光源も、液晶プロジェクタも基本の光学設計は点光源をもとにしています。
これらは、光が直進するという前提で光学設計を行っています。
シャドウグラフ、シュリーレン撮影で使用される光源にも点光源が使われます。
精度のよい点光源を用いることによってきれいなシュリーレン像を得ることができます。
光の干渉を利用する光学測定装置には、干渉を起こしやすい単一波長と共に点光源からの光を広げて精度の良い測定ができるようになっています。
 
■ レーザ光
 レーザ光は、光が直進する理想的なものです。
大型建造物の位置出しや測量にレーザが利用されるのは、レーザが強い指向性があり直進する力が強いからです。
光は、どの光でも直進しますが、弱い光だと到達距離が短く、ビームも広がってしまい精度が上がりません。
米国NASAのアポロ計画では、レーザを使って月に置いてきたレーザ反射装置に向けて地球からレーザを発振させて、その往復する時間で、地球と月の距離を精度よく測定しました。
この事実を見ても光がいかに精度よく直進して、おまけに一定の速度で進んでいるかの証になるものです。
レーザの詳細は、本ホームページ「光と光の記録 - レーザ」の項目を参照ください。
 
■ 光の速度
 光が一方向に真直ぐ進む性格と同時に一定の速度で進む速度は、光の大事な特性の一つです。
光がどのくらいのスピードで進むかと言う問題は、光を研究する科学者たちの大きな関心事であり、多くの人達の研究により精度の良い計測手法が考え出されました。
詳細は、「光速と長さ」で触れています。
光の進む速さは我々の生活ではおそらく体験することのできないほど速さです。
音でしたら、やまびことか、救急車の警笛音、雷の稲妻と音のズレなどで音の伝播速度を体験できます。
しかし、光はあまりにも速いため現実に体験するのは困難です。
それでも天文分野では光の速度は有限的な値となります。
月から地球まで到達する光の時間は1.3秒であり、太陽の光は、8分18秒かかって地球に到達します。宇宙の距離は、光が一年かかって進む距離で表し1光年と呼んでいます。
別の観点から見ますと、それほど、光の進む速度は安定しているのです。
光の速度は究極的なものかも知れません。
すべてのものが光の速度に達すると質量を無くしてエネルギーだけとなり光そのものになります。
アインシュタインはそう考えました。
光の安定した速度をもとに、長さの基準を光を用いて規定するようになりました。
 
■ 長さの基準としての光
 上でも述べたように、光は真直ぐに進み、しかも速度がとても安定しているので、1960年には、メートル原器の代わりとして長さの定義を光で行うようになりました。
1960年の制定では、クリプトン元素が発するオレンジの光を利用して長さを決めていましたが、1984年の改定では使用する光源を排除し、光の速度だけで定義するようになりました。
レーザが発明されてクリプトンの光を使うよりもより簡便に精度よく長さが割り出されるようになったからです。
有効数字9桁まで測定されています。
この有効数字9桁が現代の工学(光学のみならず工学、物理学)の大切な基本の一つとなっています。
詳細は、「光速と長さ」を参照ください。
 
■ 幾何光学
 レンズの設計は、光の直進を大前提としています。
光が直進する性質は、光学設計を行う上で幾何学が非常にうまくあてはまりました。
西洋科学が発達する過程でレンズが登場し、プリズムができ反射鏡が出来上がります。
その過程にあって光を幾何学的に扱ったのはドイツの天文学者ケプラー(Johannes Kepler, 1571-1630)です。
彼は、ガリレオの発明した天体望遠鏡に触発され、望遠鏡のレンズ系の研究を行いました。
その研究成果が1611年、「屈折光学(Dioptrik)」として表されました。
ケプラーは、自分では望遠鏡を作りませんでしたが、シャイネル(Christoph Scheiner, 1575-1650) という人がケプラー式天体望遠鏡を作りました。
ケプラー以後、17世紀になって、光の幾何学理論がフェルマ(Pierre de Fermat, 1601-1665)、スネル(Van Roijen Willebroad Snell, 1591-1626)、デカルト(Rene Descartes, 1596-1650)らによって基礎づけられます。
スネル、デカルトらは光線の反射、屈折の法則を確立し、フェルマは一般的な光線通過に関する原理(フェルマーの原理)を発見しました。これらの基礎は現在のレンズ設計においても幾何光学として生き続けています。
デカルトが考え出した平面の直交座標をデカルト平面と呼んでいます。
デカルトは幾何学の集大成家として知られています。
 
 
光の反射(Light Reflection) (2002.12)(2004.04.12追記)
 光の反射は、我々が日常でよく使うものです。
水面に反射する風景や太陽は光の反射の代表例です。鏡に映った自らの顔や形も光の反射によって起こるものです。
また、物体が物体として見えるのも実は光の反射によるものです。
 鏡のようにきれいに反射するものと違って通常の物体は表面で光を四方八方に反射させます。
これを光の散乱とか乱反射と呼んでいます。
ツルツルの紙は表面が滑らかなので比較的規則正しく光を反射させるので光を与える光源部が特に明るく光るスポットが見えます。
タオルなどのように表面が毛羽立っているものは光が散乱しやすいので艶のない面になります。
 
 
 
 物体には光を選択的に透過(吸収)したり反射させたりする性質があります。
すべての光を反射する物体は白色となり、赤い色を吸収しやすいものは青く見えます。
すべての光を吸収する物体は黒色に見えます。
光の反射は、光の直進の性質からとらえると分かりが良いかも知れません。
光は真直ぐに進む波であるために、媒質の違う場に入る時に、媒質に阻まれて光が直進できず反射されます。
穏やかな池の水面に石を投げ入れると、波面が放射状に広がり池の縁で遮られて反射を起こします。
波としての光はそうした反射の性質を色濃く持っています。
光の反射は幾何学的な作図によって簡単に光の進む方向を求めることができます。
 
 
 
 
■ 通り抜ける光、捕捉される光
 昔から不思議であったものの一つに、
  空気はなぜ光を透過させるのだろう、固体にあってもなぜガラスは光を透過させるのに鉄は光を透過させないのだろう?
というのがあってずっと疑問に思っていました。
それ以前に、光という波は、振動を伝える媒質がない空間(宇宙)をなぜ進んでくるのかもわかりませんでした。
これは偉い学者が喧々諤々論じあってきた命題で、年端も行かない少年が理解すること事態難しいことだと今になっても思います。
それはさておき、固体中を通過する光にとって透過する物体と透過しない物体があるのは何故なのか、このことは身近に感じるとても不思議な現象でした。
透明な物質は、すべての電磁波を透過させるかと言えば、そうではなくある限られた電磁波を透過させるに過ぎません。
例えば、ガラスなどは、可視光を良好に透過させますが40nm以下の波長の短い紫外線は透過せず、1000nm以上の長い波長も透過しません。X線は不透明体である金属を透過します。
 
▼ 原子(分子)と光
  光が物質を透過する際に、まず理解しておかなければならないことの一つとして、光は大きさがないことが挙げられます。
そして、光は質量をもたず、電気的な性質もありません。
光は大きさがない反面、エネルギの固まりとしてとらえることができ、光子という塊として数えることができます。
方や光を遮ったり透過したりする物質は、原子核と電子で成り立つ分子で概ね説明できます。
原子の大きさは、原子核を取り巻いている電子の距離によって決まります。
原子核と電子の距離は、原子核の大きさや電子の大きさに比べると驚くほど長い距離になっています。
大きさを持たない光にとっては、原子(分子)は簡単に入り込むことができるものであり、素通しできる存在なのです。
それが、物質によって遮られるのはなぜでしょうか。
 そこには、電子が光(エネルギ)を捕縛するという事実があります。
電子と光はとても仲がよくて影響を及ぼしあっています。
分子を構成する電子が光を捕縛したり跳ね返したりして光の透過、反射がおきているのです。
 
▼ 光と電子
 電気の根元である電子については不可解な振る舞いが多く、全容はわかっていません。
電子はおどろくほど小さくて、現在のどんな顕微鏡を使ったとしても見ることができません。
電子関連の本を読んでも、電子の属性として電荷[クーロン]、質量[グラム]の説明はあるものの、大きさについて触れているものは少ししかありません。
電子の振る舞いは雲のようなものでぼやけているそうです。
原子の周りを回っている電子は、原子核からの距離は特定できるものの(その距離で原子の大きさが決められる)、電子1個の大きさはわからないそうです。
ちなみに電子の重さは分かっています。
電気量もわかっています。
しかし、電子一個の大きさはわかっていない。
電子が少ない時の電子の振る舞いは、粒子より波としての性質が強くなり、電磁波の領域に委ねなければならないようです。
 原子の大きさは、おおよそ1億分の1センチメートル(0.1nm)で、原子核の大きさは数兆分の1センチメートルと言われています。
この両者比は1/20,000〜1/30,000になります。
約80mmの野球ボールを原子核になぞえると、電子は1,600メートル〜2,400メートルの遠い軌道を描いて取り巻いていることになります。
この観点から見ると、原子は隙間だらけの空間が存在し、(相対的に)広い空間に原子核が点在していて、その周りをせわしなく電子が取り巻き、原子核との量子力学的なバランスを保っていることにります。
 そうした原子核を取り巻く電子と、身の回りに溢れる光は密接に結びついています。
光のエネルギは、電子の活動を活発にし、物質を構成している原子の周りを回っている電子にエネルギを与えます。
また、電子は光エネルギを放出しながら原子の周りを回る凖位を落としています。
そう考えると、電気を流さない物質は光の吸収も起きないため、透明かもしくは白色である傾向があることが理解できます。
透明と言うのは光が複雑な屈折や反射を起こさずに進むことで、白色であると言うのは複雑に屈折したりはねとばされ反射したりすることです。
がラスは電気的に安定しているので電子を流すことができません。
ですから光エネルギも吸収がおきずに透過すると考えられます。
碍子も絶縁物です。
こちらは内部の結晶粒塊が複雑にからみ合っているために、光は吸収しないものの複雑に屈折するために白く見えます。
 氷も水が固体になったもので絶縁体ですから電気を通さず可視光も水分子の電子に作用することがないので透過します。
氷の結晶の並びがよくないと、結晶粒塊の境界で複雑な屈折、反射が起きて白くなります。
ガラスが透明なのは、がラスは結晶体ではなく液体(理解に苦しむかも知れませんが固体化した液体、固溶体と言います)だからです。
 金属は、銀白色のいわゆる金属色をしていますが、この物質は周りに電子がありすぎて、しかもそのエネルギ準位が高いため光エネルギをほしがりません。
それに原子も重く密度も高いため、入射する光は金属の表面で弾き飛ばされてしましいます。金属が光るのはそのためです。
 
▼ 炭素(Carbon)
 炭素は光にとっておもしろい物質です。
炭素の粉は真っ黒ですが、きちんと配列した炭素結晶のダイヤモンドは透明です。
ダイヤモンドは、炭素元素の共有結合を受け持つ4つの電子の手をすべて原子同士が共有して結合しているため、原子間配列の極めて良好なとても堅牢な結晶体です。
このため外部から電子が入ることがありません。
したがってダイヤモンドは良好な電気絶縁物となりしかも光エネルギーもほしがらない透過体となっています。
ダイヤモンドはさらにおもしろいことに、赤外エネルギについても結晶格子の振動となってすみやかに伝達します。
自由電子の多い金属銅が電子によって熱エネルギーを伝導しているのに対し、ダイヤモンドは銅金属よりもすみやかに熱を伝えます。
したがってダイヤモンドの熱伝導率はあらゆる物質の中で一番良好だと言われています。
炭素は、反面、炭素棒と呼ばれる黒い棒については電極に使われているほどに電気をよく通します。
炭素棒は黒いので、光を吸収します。炭素棒は、炭素原子の持つ4つの電子の手のいくつかが開いているため電子が光を捕捉しやすい性格を持ちます。
黒鉛(グラファイト)という炭素分子は、平面状に六角形の網目状の原子結合していますが、立体構造をしていないために滑りやすく平面膜のような組織です。
従って、電子の手が上下方向にあいていて自由がきくので光エネルギも捕捉して(電子が多い場合は光を受け付けないので反射します)黒い金属光沢の物体となります。
もちろん電子も自由に移動できるので良好な電導体となっています。 
 炭素結晶でおもしろいものに、C60フラーレン(Fullerene)という球状分子があります。
フラーレンは、ちょうどサッカーボールのように六角形と五角形を交互に組み合わせた球形の形をしたもので炭素原子60個で構成されています。
フラーレンは、1985年に発見されました。
発見した英国サセックス大学クロート(Harold W. Kroto:1939 -)と米国ライス大学スモーリ(Richard E. Smalley:1943 -)とカール(Robert F. Curl:1933 -)は、1996年にノーベル化学賞を受賞しました。
C60フラーレンは、60個の炭素原子で分子を形作った球状結晶であるために物性上はとても強固で固い特性を持っています。
しかし、分子を構成する炭素原子は、隣り合った3個の炭素原子と共有結合をしている反面、本来4つの電子の手を持つ炭素原子であるため一つ余ったままの分子構造となっています。
つまり、フレーランは、機械的にはとても強いが電子的(化学的)にはとても活発な結晶と言えます。
従って、フラーレンは電子の手が余っているため光を捕縛し、グラファイトのように黒い物体となり、電気も良く通す性質を持ち合わせているのです。
 こうした事例から、光を通す物質は、電気を通さない物質が多いことが理解できるでしょう。
(左図、フラーレンイラスト提供:京大ベンチャーズ 「サイエンス・グラフィックス(有)」殿 http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/c60/index.htm.jp/
 
▼ エネルギギャップ(Energy Gap)
 光(電磁波)が媒質を透過する場合、エネルギーを吸収しない物質であることが確かめられています。
光のエネルギーを吸収しない物体は、光を散乱させるか透過させるかのどちらかになります。
半導体レーザの所でも触れていますが、光はエネルギーであるために物質に作用します。
光のエネルギーは波長によってエネルギーの強さ(光子 hν)が変わり、電子と相互作用を持ちます。光エネルギーが原子や分子の周りを取り巻いている電子に作用してエネルギーを与えると、その光エネルギーは電子によって奪われてしまうので、媒質によって吸収が起きてしまいます。
光エネルギーの吸収が起きない場合は、光エネルギーは透過したり散乱(反射)を起こします。
光エネルギー(E)を吸収する度合いは、物質のエネルギギャップ(Eg)に依存します。
光が透過するということは、その物質のエネルギギャップ(Eg)が可視光(E)に対して高いことを意味しています。
 
     E(=入射光) < Eg(=物質のエネルギギャップ)  ・・・(Light55)
 
例をあげると、窓ガラスの主成分はケイ素で、水は酸素と水素でできています。
これらの物質は可視光の持つエネルギ(光子エネルギhν)よりも大きいため、相互作用をすることなくエネルギーを通過させてしまうので透明に見えます。
 しかし、波長の短い紫外線は光子エネルギが大きいので吸収が起きて透過を阻止します。
ちなみに、X線は多くの物質を透過します。X線はエネルギ(光子 hν)が強いので上式の観点からすると物質で吸収されそうに思われますが、X線は吸収される以上にエネルギが強いため電子を弾き飛ばして突き進んでしまいます。
電子が弾き飛ばされた原子は、電子がなくなるためにイオン化されます。
逆に光子エネルギの小さい赤外線はX線と異なり波の性質が強くなるため、原子(分子)自体を振動させる(格子振動)現象を起こし透過しづらくます。
赤外線を良好に透過させる物質には、石英、結晶塩化ナトリム、シリコン、ゲルマニウム、サファイア、フッ化カルシウム、フッ化リチウムなどがあります。
 
■ 鏡(Mirror)
 鏡(Mirror)は我々の生活には馴染みの深いものです。
自らを映してみる手っ取り早い方法は鏡を使うことです。
昔の人達は良い鏡がなかったので穏やかな水面に姿を落として陰影を映し出していたのかもしれません。
鏡は、光の入射と反射角度が等しいという法則を正しく利用したものです。
平面の整った金属面を細かく磨き細かな凹凸を取り除くと鏡面が出来上がります。
鉄や銀などはすぐに酸化して反射が鈍くなりますが平面ガラスの裏側に銀を塗布して酸素を絶つと保存の良い鏡ができます。
現在の鏡は銀に換えてアルミを蒸着させて鏡を作っています。
鏡をつくる反射膜としては
  銀(Ag)、アルミニウム(Al)、金(Au)、ロジウム(Rh)、銅(Cu)、チタニウム(Ti)
などがありますが、金以下では可視光領域での反射率が高くなく吸収が多いのであまり使われません。
最近では、可視光のみを反射するだけでなく特定の波長を反射するフィルターミラーや光学系などにつかう半透明鏡(ハーフミラー)などの要求も高まっています。
 
【保護膜】
 アルミニウムは非常に酸化しやすい金属です。
アルミニウムで鏡を作ると酸化膜で鈍い鏡面になってしまうので表面に保護膜をもうけて鏡面の劣化が進まないようにしています。
・Al2O3 - 酸化アルミニウムはアルミニウムの表面保護に使われています。
      アルミニウムの酸化を逆手にとった手法です。
      酸化アルミニウム(Al2O3)はアルマイトとも呼ばれるもので、
      薄膜構造が非常に緻密で2-3nm以上には酸化が進まない性質をもっています。
      これを電気処理で厚い酸化被膜にすると黒いアルマイト処理になります。
・MgF2 - 酸化アルミニウムは、紫外領域に吸収があるので、紫外線の反射ミラーには
      フッ化マグネシウムを使用します。製作には、真空中でアルミニウム蒸着で
      ミラーを作り、そのままの状態で保護膜を蒸着させます。
・SiO - 酸化シリコンは、蒸着しやすく膜自体が丈夫なので保護膜として一番よく使われます。
 
▲ リフェクスミラー(REFEX miror) (2005.08.25)
 薄い膜(フィルム)でできた反射鏡です。
ガラス基板を使ったミラーに比べ格段に軽いので、大形ミラーを設置する場合に威力を発揮します。
 
  
■ 反射板(Reflector) (2003.01.14)
 車で夜道を走っていますと、交通標識などが明るく光って見えることがあります。
別にランプが埋め込まれているわけでもないのにかなり明るく光ります。
この光は、ヘッドランプなどで照らしてやるとライトを当てる方向と同じ方向に明るく輝きます。
この標識のことを視線誘導標と称していて反射の特性は一定の基準を設けているようです。
このような標識には、光の反射作用を利用したコーナーキューブ、マイクロプリズム、マイクロビーズを使った反射シートが使われています。
ミラーを直角にたてて2面のミラーを作りますと、入射した光は同一面上でもと来た方向に戻っていきます。
3つのミラーを用いてそれぞれ直角にした立方体を作りますと、入射した光は同じ方向に反射して戻っていきます。
この3面のミラーを用いた反射体をコーナーキューブと言っています。
レーザ測距などでターゲット部にコーナーキューブをおいて離れた位置からレーザを照射して反射されて帰ってくるレーザ光で位置や、距離を求めます。コーナーキューブを小さくして面状にちりばめたものがマイクロプリズム式の反射板です。
 
▼ 再帰性反射(Retroreflection):
 入射した光がもとの方向に反射されることを再帰性反射(Retroreflection)と言います。
反射板のカタログを見ていますと面白いことに気がつきます。
反射性能を示す値として今述べた再帰性反射を表す値 Ra = coefficient of retroreflection が表示されているのですが、この値の単位がcd/m2/luxになっています(cd/lux/m2となっている資料もあります)。
この値は、一般の人でも、またある程度光学に精通した我々にもよくわからない値です。
こういうあまりわからない単位をこれ見よがしに出されてもドギマギしてしまいます。
この値は、色彩に関する規格を策定しているCIEと呼ばれる機関が作ったCIE Publication No.54(TO-2.3)に従って測定されているようですが、その測定の仕方も単位の取り方もよくわかりません。
数値からみると入射光と反射光の角度が狭いほど大きな数値となっていて、300-500ほどの値となり、角度が広くなると低い値の100-150程度になります。
これは私の想像の域を出ていませんが、白い紙をおいた時の反射輝度と反射板をおいた時の再帰性反射輝度の比が再帰性反射値(coefficient of retroreflection)になっているものと思われます。
入射光をルクスで表して、入射光による反射輝度をcd/m2で表し、その比を取るためにcd/m2/luxとなっているものと考えられます。
 照度E(ルクス)の入射光を入れて反射率100%の白い紙に照射させますと、白い紙によって反射される光の輝度は、(5)式で述べた
 
     B1 = K1 x E / π = E / π    ・・・・(Light5)(前述)
       B1:輝度(cd/m 2
       K1:物体の反射係数、白い紙は100%反射で1.0
       E:照度(ルクス)
       π:円周率(3.14159)
 
となります。これを書き直すと、
 
     E = π x B1  ・・・(Light56)
 
が導かれます。
この入射光の条件で反射板を置き換えて反射輝度を測定し、B2(cd/m 2)という値が求まりますと、B2は、(5)式と同じ入射光から得られていますから、
 
     B2 = K x E / π    ・・・・(Light5)(前述)
 
となります。
再帰性反射値(coefficient of retroreflection)Raは、B2と入射光Eの比とすると、
 
     Ra = B2 / E = B2 / (π x B1) = (B2 / x B1) / π  ・・・(Light57)
 
および、
 
     Ra = B2 / E = K x E /( π x E) = K /π  ・・・(Light58)
 
の両式の関係が導かれます。
上の両式は、いずれも白い紙の反射と反射板の反射の比を表しているのですが、その比にπが入っています。
πを考慮してよいのかどうかわからないのですがRaの単位から考察するとこのようになります。
従ってRaが500というのは白い紙の反射輝度より、500 x 3.14 = 1,570倍ほど明るいことを示してます。(ひょっとしたら、単純に500倍明るいのかもしれませんが、ここの所はよくわかりません。)
 この値は、いずれ調べてアップしておきます。
 
■ 光の反射・屈折の横ずれ現象 (2004.09.09)(2006.01.17追記)(2007.01.12 追記)
 2004年9月9日の朝日新聞朝刊3面に興味ある記事が載っていました。
光の反射・屈折は規則通りの一定の角度で反射したり屈折したりするのが定説でしたが、産業技術総合研究所(永長直人・研究チーム長、小野田勝研究員)と東京大学(村上修一助手)のグループは、反射光も屈折光も入射位置から微妙にずれて出てくることを突き止めた、というものです。
 光のズレは、光が別の媒質に入射する位置から、可視光で数万分の1ミリ(約100ナノメートル)程度入射面と同一面で進行方向に対して前後にずれるそうです。
このズレは、レンズなどの光学製品では無視できる範囲だそうですが、「フォトニック結晶」と呼ばれる特殊な素材では、通常より数十倍もずれが大きくなることをわかり、光通信回路設計に利用価値がありそうだとのことです。
この現象がなぜ起きるのかは、詳しくは触れてませんが、電磁波である光が、電子と同じように「スピン」と呼ばれる回転を示す性質も見つかっているようです。
難しい考えですが興味ある記事だと思いました。
 → 2006.01.14 J.U.さんよりメールにて以下のコメントをいただきました。
この記事の内容は、グースヘンシェンシフトという横ずれ現象で、新しい事ではなく古くから知られているということです。
古いというのはどの時代のことか良く分からず、グースヘンシェンというのは人の名前なのかどうかも私には良く分かっていません。
インターネットで調べてもほとんど出て来ないものですが、追々調べて、わかった内容を追記していきたいと思っています。
光を微視的に見ていくといろいろな面白い現象が現れるものだと痛感させられます。
J.U.さん情報ありがとうございました。
 → 2007.01.12 グースヘンシェンシフトは、英語表記では Goos-Hanchen Shiftとなります。 (Goos-H穫chen Shift)
   1947年に F. Goosと H. Hanchenが確認したそうです。
 
 
 
 
 
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光の屈折(Light Refraction) (2002.11.07)(2004.04.19追記)
 私が中学校の頃、最初に光学らしいことを学んだのはガラスの屈折という現象だったと記憶しています。
厚いガラス板を白い紙の上においてガラスの向こう側に2本の虫ピンを使って任意の角度をつけて白い紙に突き刺します。
ガラスを通して反対側から二本の虫ピンが一直線になる方向を見極めて、見る方向(反対側)からも二本の虫ピンを刺します。
こうしてガラス板を取り外して、ガラスを挟んで突き刺した白い紙の上の合計4本の虫ピンの位置を定規で結んで光の光路を図式化し、ガラスによって光路が直線とならずに曲がっていることを理解した記憶があります。
その実験では実験から作図によって屈折率まで求めました。
光との関わりは、その実験の前にも虫メガネを使った拡大観察や、太陽光を集光して黒紙を燃やす実験をしましたが、学問としての実験らしい実験は初めてのような気がします。
この実験とは別に、実生活の中で水面下に落としたコインが浅い所にあるように見えたり、夏の熱いアスファルトに水たまりのような光の陰(逃げ水)ができたりする現象を体験し、これが実は光の屈折という性質であることを学びました。本の中で蜃気楼の話がでてきたときはなんだかすごく怖い気持ちになった記憶があります。
プールに入った人の体が随分と縮んで見えたのを面白く見てました。
このように、光の屈折現象は私達の身の回りにたくさんあります。
 光の屈折や反射を扱う学問はかなり昔から体系づけられていて、幾何光学という分野を確立しました。
光の屈折を利用していろいろな光学器械が発明されました。レンズもこの恩恵を受けた人類の大きな財産です。
 幾何光学という学問は、光の直進、反射、屈折だけに焦点を絞り、これ以外の光の性質(回折、干渉、偏光など)は別の課題として位置付けています。
幾何光学は、光を一つの線とする、つまり光線を図面上で扱い幾何の対象として学問づけたものです。
この学問は近代になって、それだけで光を扱える領域が狭くなってきて、古典領域という位置づけにおかれるようになりましたが、レンズやミラーなどを組み合わせて光学系を設計する場合や、レンズそのものを設計する際にはなくてはならない考え方として、光学器械の設計のみならず電子顕微鏡や粒子加速器の設計などに現在も活躍しています。
 幾何光学の始まりは古く、幾何数学を唱えたギリシャのユークリッドは、自然界の一つの法則として光の直線と反射を題材にした光の幾何学性を立証しました。
光の屈折に関する研究のはじまりは、17世紀後半のルネッサンス後期と言われています。
屈折の法則を最初に突き詰めたのは、フランスの哲学者で数学者のデカルト(Rene Descartes, 1596-1650)です。
光の屈折の研究に関しては、デカルト以前1の615年にオランダのスネル(Van Roijen Willebroad Snell, 1591-1626)という人が実験データを整理してこの法則に達していましたが、どこにも公表していませんでした。
その上、デカルトはライデン大学にスネルを訪問していたことから光の屈折の法則に関する先取権が取り沙汰されました。
我々は屈折の法則をスネルの法則と習いましたが、フランスの教科書ではデカルト・スネルの法則としているものが多いと聞いています。
 
■ 虹(Rainbow)
 虹は、おそらく光学の事始めとしてはとても興味ある自然対象に違いないでしょう。
あまり頻繁に現れないこの現象が、太陽の反対側の天空にかかるのを見るととても晴れ晴れとした気持ちになります。
虹は太陽が出ていないと現れません。そして同時に、太陽の反対側に雲がかかっている方向(正確には水滴が浮遊している方向)に円形状に表れるのです。
日本では虹は七色と決まっていますが、私自身七つ色を数えたことはありません。
円形状に内側からと続いて見えます(実際はもう少し複雑で中央部に黒い帯を挟んだ二重の虹になりその色は対称になっているようです)。
 虹は、実は空気中に浮遊する雨の水滴に太陽光が当たってその屈折によって出来上がったものです。
 虹の面白い現象として、虹は見る位置から42°の円を描いて見えます
これは、私は全く意に介さなかったことですが古い人達はこの事実を知っていました。
 その正体を突き止めたのはフランスの数学者(正確には哲学者)デカルトです。
デカルトは、幾何学に明るく座標の概念を確立した人として有名です。
光の屈折を明らかにした初期の人としてこのフランスのデカルトとそれにオランダの数学者スネルがあげられ、彼等につづいて、イギリスの物理学者ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)が「光学(Opticks)←綴りに注意!」を著しました。
彼等の研究によって光の屈折が体系づけられ、幾何光学の一応の完成を見ます。
 デカルトは、光の屈折原理を説明する格好の材料として、みんながよく知っている虹を引き合いに出したのです。
 
 
 彼は、虹の説明をするにあたり、光の屈折理論を用いて幾何学的に説明しました。
その説明の前提条件になったのが以下の項目です。
 
   1. 虹は、雨滴に太陽光が当たって生じる。
   2. 雨滴は球形とする。雨滴の大きさは虹の発生に関係ない。
 
デカルトは、理論式を導き出す前に模擬水滴を用意しました。
大きな球形のガラス瓶に水を見たし、これに太陽光をあてて光路の実験を行なったのです。
彼は、水の屈折率を1.337として計算し、球形内部で屈折反射して出る一次光が半径41°47'にあり、二次光が51°37'にできることを突き止めました。
 デカルトは、虹の発生が太陽光と球形の水滴による屈折反射という考えを証明しましたが、なぜ虹色に見えるかは説明できませんでした。
これを説明したのが、英国の物理学者ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)でした。
ニュートンは、1666年に白色光をプリズムによって色別に分解し、それを再び集めて白色光に戻すという実験を行って、白色光が多くの色を持った光でできていることを示しました。
ニュートンは、色別に水の屈折率を測定し虹の出来具合を特定しました。
彼は、虹には主虹と副虹の二種類があり二つの間には屈折光が介在しない領域(アレキサンダーの暗帯)が存在していて、二つの虹はそれぞれ色の順序が逆になっていることを突き止めました。
 
 こうして虹の正体が自然科学の手法によって魅惑のベールを脱がされることになりました。
しかし、デカルトとニュートンの理論でも虹のすべてが解き明かされたワケではありませんでした。
虹は、プリズムで分光したときのような鮮やかな色合いに比べて褪せたようなぼんやりしたもので、時にはほとんど着色しない虹(白虹)が認められます。
また、過剰虹というもう一つの虹が主虹に隣接して下方に現れたり、時には重なって混色が起きて主虹に黄色の帯が太く現れたりすることがあります。
こうした自然現象をさらに深く突っ込んだ考察がなされました。
ニュートンらの業績を引き継いだ同国人トーマス・ヤング(Thomas Young、1773-1829)やエアリー(George Biddell Airy:1801-1892)ら第一級の物理学者らが再度自然界の虹に着目し、デカルトが当初定義した「雨滴の球形は大きさに関係なく虹ができる」という仮定を洗い直して、粒径を考慮した新しい波動光学理論(光の干渉を扱う)を編み出してこれらを説明しました。
 ヤングは、1804年に波動光学理論を完成しますが、この完成にあたっても自然界の「虹」の解明を応用命題にしたことを思うと、「虹」がもたらした科学の恩恵は大きいものがあるな、と思わざるを得ません。
 
 
■ ハロー現象[日暈(ひがさ)、月暈(つきがさ)halo]
 本項を書いている10月下旬(2002年)夜、仕事からの帰り道歩きながら空を見上げると、満ちた月に薄い雲がかかっておぼろになって、さらにぼやけた月の周りに明るい光の輪ができているのが気に留まりました。
月暈とよばれる現象で、薄い雲を通して見える月に霞がかって月の周りに光の環をなしていました。
なお注意深くみるとその環は外側が幾分赤くなっていました。
 この現象は、雲が高い位置にあって(5,000メートル〜10,000メートルにある巻層雲、白くて薄いベールのような雲。氷の粒で成り立っています)、その雲にある氷の粒で月の光が屈折を起こし光の輪を作るのだそうです。
したがってこの現象が起きるのは雲が薄くて水滴ではなく氷の粒でなければならないことがわかります。
この現象は、ハロー(Halo Phenomena)現象と呼ばれるもので氷の結晶中に光が入り屈折して出るために、月のまわり、太陽の周りの22°の半径で光の輪が生じます。
ハローは、もう一つ46°にも光の輪を作ります。
氷の結晶粒は、六角形状をしていて、氷粒に入射して反射をくり返して出てくる角度が22°と46°になります。
ちなみに、暈(かさ)を作らない雲は高層雲と呼ばれるおぼろ雲で、法則性のある光の屈折はせずに単に光を散乱させるだけのようです。水滴(球状)が42度の角度で光を屈折させて「虹」を作り、氷の粒(六角形状)が22°でハロを作るのは興味のある所です。
 
 
■ 蜃気楼、逃げ水(mirage)
 私は蜃気楼を見たことがありません。
しかし真夏のアスファルトに見える逃げ水や、陽炎(かげろう)は何度か体験したことがあります。
蜃気楼は富山湾が有名です。
 蜃気楼や逃げ水は、大気の密度変化による屈折現象です。
太陽で熱せられた空気が一つのプリズム(もしくはレンズ)を形成して地上の風景をあたかも別の方向にあるように見せる現象です。
ですから、こうした現象は空気が熱せられる暑い夏場に発生することになります。
砂漠などに見られる蜃気楼は、太陽が砂漠を熱しその熱が大気にのぼって暑くし、空気の屈折率を変えるために空が地表に現れて水と錯覚する現象です。
ナポレオンがエジプトに遠征した際、従軍したフランスの数学者モンジュ(G. Monge)が初めてこの現象を書き著したので「モンジュの現象」とも呼ばれました。
 砂漠やアスファルトの熱せられた地面とは反対に、極地の海面や冷たい雪解け水が湾に流れ込む地域では、海面の温度が低く上に行くに従って温度が高くなる状態になります。
このような場合でも、地表のものが持ち上がって空中に浮くという現象が見られます。
この現象を初めて著したのがイギリスのビンズ(S. Vince)であったため、彼の名前をとって「ビンズの現象」と呼んでいます。
この現象は、日本では富山湾の蜃気楼が有名です。
蜃気楼は、4-5月頃、立山などの雪解け水が富山湾に流れ出し、海面の温度が低下して上空に暖気が入り込むと現れるそうです。
北海道のオホーツク海沿岸で流氷の季節に現れるものは、「幻氷(げんぴょう)」と呼ばれているそうです。
 九州八代海と有明海で見られるこの現象は「不知火(しらぬい)」と呼ばれているもので、これも漁火が空気の屈折現象によって水平方向にいくつか別れそれが明滅する現象です。
不知火は、月のない真夜中の午前3時頃 = 大潮の干潮(新月の干潮)時、漁り火の多い旧暦8月の初めと12月の終わりによく見られるそうです。
遠浅の干拓地帯は潮が引くと温度が下がりますが、沖の海水は地面より温度が下がらないため双方で約3度の温度差があるとき、そしてそこに風が吹くと周りの海域は温度差(密度差)のある空気の塊が多数できあがり、それがレンズの役割を果たして漁り火を屈折させて左右に分岐させたり、一つになったり、明滅させたりするそうです。
幻想的な現象です。
 
■ 屈折の意味するもの - 何故光は曲がるのか
 今まで述べてきたようは、自然界の光の現象を見て見ますと、光には屈折する性質があることが良く分かります。
光は直進する、という前回までの話とは裏腹に、光がぐにゃっと曲がるのはどうしておきるのでしょうか。
両者の関係にはどういう決まりがあるのでしょうか。
 媒質中に密度差があると光は直進せずに進路が曲げられます。
私達の身の回りに起きる光が曲がる(屈折する)という現象は、実は、光の透過する速度が変わるために結果的に光が曲がるように受け取られているのです。
光の本質は直進です。
光は、しかし、様々な振る舞いをするために、その属性を定義するのにいろいろな考えが提案されました。
それが、光の粒子説であり、波動説であり、光量子説であり、電磁波説なのです。
我々は、光の性質を論ずる時にこれらの都合の良い光の定義を引っ張りだしてそれに当てはめて納得しようとします。
光の本質は、電磁波という位置付けでよいように思います。
ただし、その考え方は我々にはいまいち理解に苦しむものです。
光を小さい世界で見る時には、粒子としてふるまう性質が出てくるために光子として扱ったほうが理解する上で都合がよいのですが、光の屈折を考える時は、波としての性質を利用したほうがわかりが良いようです。
 
 
 電磁波の性質として、電磁波は真空中を光速で伝播する性質があり、媒質が変わるとその速度が変化することが知られています。
光は、まさに電磁波ですから真空中では光速で移動し、媒質の中では速度を落として進みます。
 
▼ チェレンコフ光(Cherenkov radiation)
 旧ソビエト連邦の科学者チェレンコフ(P.A. Cherenkov)が1934年に発見した、放射性物質の放射する青白い光をチェレンコフ光と言っています。
原子力発電所の燃料が入った水の容器(プール)を覗き込むとこの青白い光が見えます。
荷電粒子が物質を通過する時、荷電粒子が光の速度より速い場合は飛跡にそって光を残していくような現象が現れます。
これは明らかに物質中での光の速度が真空中で伝わる光速cよりも遅いことに起因しています。
荷電粒子は言い換えると電子の塊のようなもので、これが光速で物質中を伝搬する時に物質に電子的な作用を及ぼします。
荷電粒子は、物質の原子を分極化させてそれが飛び去った後、分極化した原子がもとに戻るときに光が放出されます。
これがチェレンコフの光と呼ばれるものです。
ノーベル賞を受賞した東京大学名誉教授小柴昌俊先生が岐阜神岡のカミオカンデで実験されているのは、宇宙から飛来する荷電粒子(超新星爆発でできるニュートリノ)の方向と量を求めるため、神岡鉱山の跡地に作った地下1000mの巨大プールに1,050個の超高感度光検出器(光電子増倍管 = フォトマル)を埋め込んで、微弱な発光をするチェレンコフの光をとらえているのです。
カミオカンデは1983年に完成し観測を始め、3年半後の1987年に大マゼラン星雲での超新星爆発をとらえました。
この時のデータは、13秒間で11個の信号が検出されたそうです。(1,050個のフォトマルが13秒間の計測期間中に11箇所の検出!)
 
▼ 「光は波」と位置付けたホイヘンス (Christiaan Huygens、1629-1695) (2005.01.16記)
 ホイヘンスは、英国ニュートン、仏国パスカルと同時代のオランダの天文・物理学者である。
 1998年、米国NASAによって土星に向けて探査機(カッシーニ)が送りだされ、この探査機に積み込まれた土星の衛星(タイタン)を探る小型探査機の名前がホイヘンスであった。
ホイヘンス(タイタン小型探査機)は、欧州宇宙機関(ESA)が作ったもので、親機カッシーニから切り離されてタイタンに着陸した。
7年の歳月をかけて2005年1月14日に到着した小型探査機ホイヘンスは、タイタンの大気や地表の様子を鮮明に撮影しNASAに画像を送ってきた。
 物理学者ホイヘンスは、自らレンズを磨き望遠鏡を作って1657年、彼が28才の時、土星を観察し衛星を発見した。
彼の名前にちなんで土星の衛星探査機はホイヘンスと名付けられたのである。
ちなみに、土星探査機のカッシーニは、イタリア人の天文学者ジャン=ドミニク・カッシーニ(1675年、土星の輪が二重になっていて、内側の輪と外側の輪があることを発見した人)にちなんで名付けられている。
 
 ホイヘンス(Christiaan Huygens)は、1629年、オランダのハーグで生まれる。
知識階級の高い家に生まれ、彼の父Constantin Huygenceは外交官で自然哲学に造詣が深かった。
そのもとで育てられたホイヘンスは、幼少の頃より家庭教師につき数学を得意とした。
父親がフランスの数学者マラン・メルセンヌ(Marin Mersenne)や哲学者デカルト(Rene Descartes)との親交が厚く、デカルトがオランダにやってくると彼の家に滞在することも多かったため、彼らの影響を受けて数学の素養を深めて行った。
ライデン大学で数学と法律を学び後に数学と物理学を専門とした。
1661年にロンドンに旅行し英国王立協会設立のための会議に出席している。
ここで彼はいろいろな研究者と交流を持つことになり啓発されていく。
1666年から1681年(37才から52才)までフランスのパリに滞在して研究生活を送っている。
オランダよりもパリの方が活躍の場が高かったのである。
彼はフランスに移る前の数年間イギリスのロンドンに滞在し、当時の著明な数学者パスカルやフェルマーと書簡を交えている。
フランスに活動の場を移したのは、フランス国王ルイ14世が彼に奨学金を与え彼の研究活動を援助したためである。
彼はその恩に報い、1675年、フランスに移った9年後、より精度の高い振り子時計を完成させてルイ14世に献上している。
 彼がフランスに移った1666年は、フランスで王立科学アカデミーが作られている。
このアカデミーは、国のお墨付で科学を研究しようというもので、王侯貴族の趣味的要素と軍事開発が多分に盛り込まれたものであったが、このアカデミーが近代科学の発達を大いに促すことになる。
実際、このアカデミーから数多くの数学者、物理学者が輩出した。
対国イギリスでは、その4年前の1662年、国王チャールズ二世の勅許を得て王立協会(ロイヤル・ソサイエティ)が作られている。(真の設立は1645年で、王の勅許が得られたのが1662年頃とされている)。
設立の真意はともあれ、ここに集まった優秀な頭脳によって近世ヨーロッパの科学技術は急速の進歩を遂げることになる。
 話をホイヘンスに戻す。
1681年、15年にわたるパリでの生活を終えてオランダに戻ったホイヘンスは、光学レンズの設計にとりかかる。望遠鏡用の焦点距離の長いレンズを製作し、ロンドンの王立協会(ロイヤル・ソサイエティ)に献上するのが目的であった。
レンズ製作の過程で彼はレンズ研磨の技術を研究し色消しレンズの発明をする。1689年から1690年の1年間彼はロンドンに滞在し、ニュートンと面識を持つようになり、ニュートンの運動力学に強い関心を示したがすべてを受け入れたわけではなかった。
 光学における彼の功績は、「光は波である」と最初に提唱したことである。
1678年、彼が49才の時に光の性質に関し二次波という概念を導入して光の波動論を唱え、光の直進、反射屈折などを説明した。
彼のこの着想は、運河の水面を見ていた時に水面を拡がる波面に着想を得たと言われている。
光を波としたとき、光が宇宙を伝わる際には宇宙に充満するエーテルを媒質としていると考えた。
二次波の概念は、波面上にあるエーテルのそれぞれの周りに新しい球面波(素元波)ができそれが重なりあい、新しい波面ができるとするものである。
 ホイヘンスが光の波動論を展開し、ニュートンが光の粒子説を唱えて大きな論議となったのは有名である。
当時の勢力では、ニュートンがあまりにも偉大すぎホイヘンスの理論に耳を傾ける学者は少なかったと言われる。
この波動論に光を当てたのは、ニュートンよりも200年後に現れた同国のヤングであった。
 ホイヘンスの理論では、光の直線、反射、屈折を巧みに説明できたものの回折を明確に説明しきれなかった。
彼の説には波長の概念が明確になっていなかったからである。ヤングはそれを明確にした。
 
 ホイヘンスを機械工学の面から見た場合、彼の存在意義は大きい。
ホイヘンスが時計に注目したのは、当時、新しい大陸が発見され船の建造と共に航海時に大切な正確な時を刻む時計の必要性があったからである。(参考:【時間】- 標準化、AnfoWorldオムニバス情報3) 
彼は、正確な時計を求めて振り子の振動周期について研究する。
振り子時計についてはイタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイが最初にアイデアを出している。
しかし、実際に作ってはいない。
実際に作ったのはホイヘンスである。
ホイヘンスは、振り子の振動振幅が大きいと等時性が成り立たないことを知って、厳密な等時性を得るために振り子の弦がサイクロイド曲線に沿って運動しなければならないことを明らかにした。
その原理を明らかにはしたけれど、彼が作った実際の時計は期待したほどには正確に動かなかった。
しかし、彼が原理を明らかにし、1673年、彼が44才の時にパリから出版された『振り子時計』という書物には、「慣性モーメント」の概念が書かれてあり、物理学、動力学書として出色のものであった。
この書物は、ガリレオ以後、ニュートン以前の中間を埋める最大の力学書であった。
ホイヘンスは遠心力の考え方も明確にした。
ちなみに、動力学はニュートンで頂点に達する。
ニュートンの運動力学の法則(1687年、書物「プリンキピア = Principia」で出版)は、高校の物理学で習う最も基本的なものである。
ニュートンのプリンキピアでは、運動力学を示す数学の表現として幾何学が使われているだけで、代数式は一つもないという。
プリンキピアはすべての説明を文章と幾何学で行っている。
ニュートンの運動方程式は、フランスの数学者オイラーが当てはめた。
従って、正確には運動方程式(F = ma、微分方程式で表すと、 md2χ/dt2 = F)はニュートン・オイラーの式と言うべきである。
 
 
▼ 光が電磁波たる理由
 光が媒質中を透過する時に何故速度が弱まるかは、私自信よくわかっていません。
媒質中の原子(電子)との相互作用があり、光の運動を拘束しているのだろうと想像します。
無線などに使われる電波も電磁波の仲間で同じような特徴があります。
ちょっと話がそれますが、電磁波と似たような性格を持ったものに音波があります。
しかし、音波と電磁波の決定的な違いは、音は真空中を伝わらないのに対し、電磁波は真空中を伝わり、なおかつ真空中が一番速く伝播します。
音波は、媒質の振動によってエネルギを伝えるのが基本であるのに対し、電磁波は媒質を振動させてエネルギを伝播するという性質は低いのです。
低いと言ったのは、電磁波は媒質を振動させる力も十分に持っていて、電子レンジのマイクロ波は、物体の水分子を振動させますし、赤外線も分子を振動させて熱を発生させる力があり、場合によってはその力が無視できないものになるからです。
電磁波は、電界と磁界の波の合成されたもので、それぞれの波は進行方向に対して直角で(従って横波)、かつ互いの波も90°の角度(直角)の関係を保って進みます。
電磁波は電界の時間的変化に応じて電界に直角に磁界を生じさせ、電界(磁力線)が動けば磁界ができます。
このようにして電磁波は、真空中を媒質なしで自ら切り開きながら、しかも物理学的に最高の速度で伝播すると考えられています。
これが、イギリス人(スコットランド人)物理学者マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831-1879)が唱えた電磁波理論です。
 電磁波の進む速度の定義に、以下のような公式があります。
 
     V = c /√(μs x εs)   ・・・(Light59)
        V:位相速度 (m/s)
        c :真空中の光速 (m/s)
          = 299,792,458 (m/s)
       μs : 媒質の比透磁率
       εs :媒質の比誘電率
 
この式の意味するところは、電磁波の伝播は、比透磁率(specific magnetic permeability)と比誘電率(relative dielectric constant)がともに1の時に光速になることを示しています。
両者の値は通常1以上の値であるため、媒質中を伝播する電磁波は光速より遅くなることを意味しています。
比誘電率とは、真空状態の誘電率(ε0)を1とした時の媒質の割り合いで、真空状態で電子が相互に及ぼす力(クーロン力)の定数(ε0= 8.854E-12 [F/m])との比を示します。
この値は、電気素子のコンデンサの容量を求める時にも使います。
従って、この値が大きいほどたくさんの電気をためることができます。
絶縁体ほどこの値が大きくなっています。
絶縁体のことを誘電体とも言います。
誘電率を示す英語の表記dielectric(di-electricとも言う)は絶縁という意味です。
英語の語感からすると電極が二つ(di)に別れるという意味があるので、帯電しやすい意味にもとれます。
この値(比誘電率)は、物質内での電子の振る舞いのしやすさを表す目安とも受け取られます。
電子が相互に力を及ぼしあう値であるため、この値が大きいほど電子の振る舞いを抑制するものと考えられます。
この考えが電磁波の動きを抑制するともとらえられます。
 比透磁率は、磁場での電子の受ける力の割り合いを示すもので、真空中の透磁率を1とした時の比で表します。
この値は、磁束の通しやすさの目安になるものです。
真空中での透磁率は、μ0 = 4 x πE-7 [Wb2/N・m2] となります。
ちなみに、√(ε0 x μ0 )は、光速となります。
 この式から、電磁波は、電界と磁界の相互作用で進んで行くことがわかり、比透磁率と比誘電率の高い物質ではその速度が減ぜられることがわかります。
光も電磁波ですから、この式があてはまります。
光も電子と密接に関わっていることがこの式からも理解できます。
 
媒質
媒質の比誘電率(εs)
媒質の比透磁率(μs )
真空
1
1
空気
1.0006
1
81.6
1※
ガラス
5 - 10
1※
ゴム
2.0 - 3.5
1※
-
500 - 5000
アルミニウム
-
1.0002
媒質の比誘電率(εs)と比透磁率(μs )
(1は、出典の根拠がなく記したものです。多くの文献には、
磁性体でない物体の比透磁率は1であるとあったので1としました。
鉄とアルミの比誘電率は今現在(2004.04.03)調べきれていません。
 
 誘電率は、電気の溜めやすさの目安で、電気を通しやすい目安は導電率で表します。
液体では、誘電率が高いほど電解質を溶解する力が大きいため、水などはいろいろな溶液を作る時に使われます。
 
▼ 音波と電磁波
 電磁波は、高速で伝播する性質がありますが、音波の伝播速度は、媒質の振動する属性(能力)に依存します。
音波は空気よりも分子が密に集まっている液体の方が速く伝わりますし、固体の方がもっと速く伝わります。
金属で音を最も速く伝えるのはベリリウムです。
ベリリウムは原子の中では4番目に軽い元素で、金属の中ではリチウムの次に軽い金属です。
リチウムは活性の強い金属なので単独では使いづらく、比較的安定したベリリウムが音響関係の材料として使われていました。
しかし、ベリリウムは毒性が強く、ベリリウムの粉が呼吸器系を犯すことから、ベリリウム単独では使わない方向になって来ています。
 音と違って電磁波(光)は、媒質が密なほど速度が減ぜられる傾向にあります。
光は、気体のみならず液体、固体に対しても比較的良好に透過しますが、音は空気から水、固体へはそれほど良好な透過を示しません。
また、面白いことに、光の仲間である電波も空気から水への透過は苦手です。
電波が水中に入ると見る見る減衰するため、電波による空気から水への送受信の限界はわずか数cmの深さだと言われています。
潜水艦を海上から探査するとき、ソノブイ(sono bouy = 超音波を発して海面下の移動物体を認識し、それを海上の探査飛行機に無線送信するブイ = 浮標)が利用されるのはそのためです。
最近では潜水艦の探査のために海上からレーザを海面下に照射してセンシングする手法が開発されているそうです。
光の方が電波よりも水への入射が楽であることの証明です。
 
▼ 媒質の違いによる光の屈折
 さて、媒質が異なると何故光は曲がるのかの説明に入りましょう。
上の図に光の伝播の概略を示しました。ここでの絶対事実は、媒質が変わると光の速度が変わるということです。
なぜ、光の速度が変わるのかという疑問はここでは深く触れないでおきます(私もよく分からず説明が難しいので)。
ある方向から入射した光が点P0で違う媒質に入るとします。
P0から媒質2に進む光は、速度が減ぜられて、媒質1ではP1の位置に来ている同一時間の波面も媒質2ではP2の位置にしか進みません。
その比は、D2/D1となります。
従って、同一時間軸で見た波面は媒質1と媒質2ではずれた形になり、結果的に光が曲がって見えるようになります。
 
■ 屈折率(refractive index)
 屈折率とは、光の曲がる度合いを示したものですが、上の説明から、「光の進みやすさ」を示した値と言えなくもありません。
光学の本をひも解けば、光学材料の屈折率は一目瞭然に紹介されていますから、自分で実験して調べる必要もないのですけれど、屈折率の本当の意味は、以下の式から導かれるものです。
 
     n = c/v  ・・・(Light60)
       n : 媒質の屈折率
       c : 光速
       v : 媒質中の光の速度
 
 この式からもわかるように、光速が得られる媒質の屈折率が1となります。
空気は、屈折率が1.000293ですが、光学設計では便宜上屈折率を1として計算しています。
面白いことに、屈折率は、光の波長によって値が変わります。
つまり、媒質は透過する波長によってその速度を異にしているのです。
総じて、青色波長の方が赤色波長より速度が遅いため、屈折率は高い値となっています。
光を透過する物質は、なぜ波長によって透過速度が変わるのでしょう(=屈折率が変わるのでしょう)? 
ここの所は私もよくわかっていません。
波長の短い光はエネルギーが高いため媒質の相互作用が強いために速度が遅くなるのでしょうか。
 一般的に物質の屈折率を示す時、D線(λ = 589nm)をもとにした数値が多いようです。
D線というのは、ナトリウムガスから発せられる指向性の強い黄色の光で、比較的簡単に単色光源が取りだせることから、光学を扱う検定用の単色光源として非常に重宝されていました。
ナトリウム光源は、レーザが発明されるずっと前からあり、光学の世界に多大なる貢献をしてきたのです。
ちなみに、ナトリウムの光線をなぜD線と呼ぶのかと言うと、ドイツの科学者フラウンホーファー(Joseph von Fraunhofer: 1789-1826)が太陽のスペクトルを測定していた時に、太陽光線の中に多数の暗線(フラウンホーファー線)があるのを発見し、600本ほど発見した中で(現在では数千本あると言われている)特に暗線の著しいものを選んで、ローマ字の頭文字(A、B、C、D、E、F、G、H)をふりました。
 
   A線(濃赤)、B線(真紅)、C線(橙色)、D線(黄色)、E線(緑色)、F線(濃青)、G線(藍色)、H線(すみれ色)
 
 この割り振りの中で、光学測定で良く使われていたナトリウムランプの光線がD線にちょうどあてはまったので、D線と呼ばれるようになりました。
このような理由から、屈折率を示す時は、D線の単色光を使った値が一般的となりました。
また、光学設計をするときは、D線の一本だけの波長のみでは収差などの補正ができないために、他の波長を考慮した光学設計が行われます。
この時に使用される光線が、水素発光によって簡便に取り出すことのできる橙色のC線と濃青のF線であったことから、C線、D線、F線の3線による屈折率表示と光学設計が行われるようになりました。
レンズで2線の光学収差を行ったレンズをアクロマート(Acromatic lens)、3線で光学収差を行ったレンズをアポクロマート(Apocromatic lens)と呼んでいます。
アポクロマートは、収差の良くとれた良好なレンズで高価です。
光学ガラスの発達と光学設計の進化は、ドイツ人アッベ(Ernst Abbe:1840-1905)の功績が多大で、彼が採用したアッベ数(Abbe Value)は、3つの波長の屈折率を使って端的に光学ガラスの屈折率性能を言い表わすことができる数値として、光学設計にはなくてなならないものとなっています。
このアッベ数を求めるのに、先に述べたC線、D線、F線の3本の波長が使われているのです。
 
     ν = (n D - 1)/(n F - n C   ・・・(Light61)
       ν: アッベ数(逆分散率)
       n Dn Fn C : D線、F線、C線における物質の各屈折率
 
アッベ数は、数値が大きい方が色によるプリズム効果が低く、プラスチックレンズ(眼鏡レンズ)などでアッベ数が40以上であればクリアで鮮明に光が透過します。
これよりも低いと滲んだような像になります。
 
物質
屈折率(nD
物質
屈折率(nD
空気
1.0000293
石英
1.5443
1.333
岩塩
1.5442
水素
1.00013184
サファイア
1.768
砂糖溶液(5%)
1.341
BK7
1.5168
砂糖溶液(30%)
1.376
SF13
1.7408
海水
1.343
螢石
1.4339
氷(0℃)
1.309
ダイヤモンド
2.4173
物質のD線における屈折率
 
 
 
C線の屈折率(nC
D線の屈折率(nD
F線の屈折率(nF
分散(nF - nC
アッべ数(ν)
ダイヤモンド
2.4100
2.47173
2.4354
0.0254
57.9
BK7
1.51385
1.51633
1.52191
0.00806
64.1
螢石(CaF2)
1.4325
1.4339
1.4371
0.0046
94.0
C線、D線、F線における屈折率と分散
 
 
  上の屈折率の表は、面白い情報を与えてくれます。
基本的に、気体の屈折率は液体よりも小さく、空気の屈折率に近くなっています。
また、固体の屈折率は液体よりも大きな値となっています。
大雑把なとらえ方としては、空気の屈折率が1で、水などの液体が1.3、ガラスなどが1.5で、硬そうな光学ガラスが1.7程度、一番硬いダイヤモンドが2.4という数値になっています。
 また、波長別に屈折率を見てみますと、赤色波長よりも青色波長の方が屈折率が高く、屈折率の差(分散)は、光学ガラスや光学結晶の場合、ダイヤモンドが一番高く、ホタル石が一番低い値となっています。
プリズムで光を分光する場合には屈折の高いダイヤモンドのプリズムを使うと光の分離がうまくいくはずです。
ただ、ダイヤモンドのプリズムは高価であり、回折格子を使った分光の方が精度がでるので、ダイヤモンドを使ったプリズムは現実には使用されていないようです。
しかし、ダイヤモンドの屈折力の強さは、入射した光を強烈に分解し(分散し)色とりどりの光をつくり出すので、宝石としては非常に価値があるものとなっています。
 
 
 
 
 ホタル石(Fluorite = フッ化カルシウム)は、屈折率が1.43近傍で紫外から赤外にいたるまで一様な屈折率を持つ光学材料であるために、レンズを設計する上ではとても貴重なものでした。
特に、色収差をとりたい焦点距離の長いレンズを設計する際には、魔法の材料と言っても良いくらいの材料でした。
天然のホタル石は純度が悪かったり、大形のものがないために望遠鏡や望遠レンズに使われることはなく、顕微鏡のアポクロマティックレンズ(3波長の色消しレンズ)に使われていました。
このフッ化カルシウムも、35年ほど前に人工で製造できるようになり、この材料を使った、望遠レンズ、望遠鏡、顕微鏡、紫外レンズが市場にたくさん出回るようになりました。
また、レーザの発振光学素子としても、特にエキシマレーザ用(紫外レーザ)の光学部材としてたくさん使われています。
 屈折の現象は、先にも述べたように、自然界の至る所で見ることとができます。毎日の疲れを癒すお風呂に入る時(日本人は湯舟が好きなので)、湯舟にしずめた体が小さく縮んで見える経験は誰しもお持ちだと思います。
水の屈折率は、1.33( = 4/3)であるため、3/4、すなわち75%も距離が近いように感じられるのです。
 
 
■ スネルの法則(Snell's Law)
 スネルの法則は、光学の本をひも解くと最初に出てくる法則です。
屈折の法則とも呼ばれているこの法則は、オランダ人スネル(Van Roijen Willebroad Snell, 1591-1626)が最初に発見して整理したと言われています。
オランダは、ホイヘンスと言いスネルと言い、光学の技術レベルは相当高かったようです。
ヨーロッパの光学産業は眼鏡と共に発展を見ますが、15世紀には、オランダとベルギーが眼鏡産業のメッカとなっていました。
その眼鏡による光学技術の基盤があって顕微鏡の発明がオランダ人(ヤンセンやレーウェンフック)の手によってなされます。
屈折の法則は、顕微鏡が発明されてからの発明ですから、ヤンセンやレーウェンフックは、屈折の法則を知らずに顕微鏡を開発したことになります。
スネルが活躍した時代の日本は、江戸時代の初期であり鎖国を取ってオランダと清国だけを相手に交易をしていました。
光学の技術動向から日本の物理科学を見て見ると、オランダを通してか細くはありながらヨーロッパの最新科学を手に入れていた感じを受けます。
 スネルの法則は、光が異なる媒質を通過する時の光の速度の割り合いの関係式を表したもので、光の速度が遅くなる媒質に対して屈折率が高いと定義しました。
屈折率が高いというのは、別の側面から見ると光が媒質によって曲げられる度合いが高いことを示し、直感的に理解しやすいものになっています。
 また、別の側面からスネルの法則を見てみますと、屈折率は、光が進むのを妨げる抵抗力を示す値とも言えます。
左図のLとL'がその意味をよく表しています。スネルの法則、
 
     n・sinθ = n'・ sinθ'  ・・・(Light62)
       n : 媒質1(入射側)の屈折率
       θ:入射角
       n' : 媒質2(屈折側)の屈折率
       θ':屈折角
 
の中のsinθがLを示し、 sinθ'がL'を示しています。
LとL'は、入射する光線と屈折した光線の進行(図から見て水平成分の)速度を表しています。
屈折率は媒質に入った光線の速度を補正するような値となっています。
 
■ 光路可逆の原理 (Principle of Ray Reversibility)
 上の説明は、入射光の媒質の屈折率よりも屈折する媒質の屈折率が高い場合の説明でしたが、これとは逆に屈折率の高い媒質から低い媒質に光が入る時、光線はどのように屈折をするかというと、上の光線とまったく同じ光路を通って逆方向に進みます。
これを光路可逆の原理と言います。
世の現象の中には可逆でない現象が数多くあり、その意味では屈折光路の可逆性は光学設計者にとってありがたい原理です。
 
■ フェルマーの原理 (Fermar's Principle)
 フェルマー(Pierre de Fermat:1601-1665。フランス)は、17世紀のフランスの法律家、数学者です。
同国人デカルトと同じ世代の人(デカルトより6才年下。没年はほぼ同じ)ですが、光学にはそれほど深く関わっていません。
彼の本職は政治家であり、その余暇として古い数学書を読みながら数学を研究し、その成果を数学者仲間に手紙で知らせていました。
彼の数学上の功績は、デカルトとは別の座標系を考え出したことと、極大・極小という考え方をあみ出し曲線上への接戦を引く手法を考えました。
また、パスカルと賭博の掛け金の分配について書簡をかわし「確率論」の創始者ともなりました。
その彼が光学の世界に功績を残します。それがフェルマーの原理と呼ばれるものです。
フェルマーの原理は、光の最短時間の原理とも呼ばれているもので、
 
  「二点間を進む光の経路は、幾何学的に可能な経路の中で所要時間が極小をとる」
 
と表現されます。この原理から、光の反射、屈折、不均質媒質での光の経路を求めることができます。
光の反射、屈折の原理を別の観点から見い出したのがフェルマーだったと言えるでしょう。
 
■ 全反射(Total Reflection)
 上の図で、入射角θをどんどん大きくして行って、θ= 90゜になったとき、入射光は媒質2の境界面に対して平行になるため中に入ることができません。
光の屈折には上に述べた光路可逆の原理がありますから、例えば、屈折率の高い媒質2から低い媒質1に光が抜けて行った場合に、θ'をどんどん大きくしていくと、最後には媒質1に抜けて行く光が境界面と同じになって、ついには外に出て行かなくなります。
これ以上に媒質1のθ'を大きくすると、光は境界面において反射の法則に従ってすべて反射されて戻ってしまいます。
この現象を光の全反射と言います。光が外に出て行かずに全反射を起こす光の角度を臨界角(critical angle)と呼んでいます。
臨界角は、
 
     sinθ' = n'/n  ・・・(Light63)
       n : 媒質1の屈折率
       n' : 媒質2の屈折率
       θ':臨海角
       全反射を起こすには n' < n であることが必要。
 
で求められます。
水の場合は、水の屈折率が1.333ですから、水から空気に抜ける光線の臨界角は、sinθ' =1/1.333であるため、48.607゜となります。
ダイヤモンドは、屈折率が2.4173であるため臨界角は、24.43゜と水の半分の角度で全反射を起こします。
ダイヤモンド内に一たん入った光はなかなか外に出てこず、光の分散も手伝ってダイヤモンド内部で光の反射をくり返して、最終的に分散した赤や青の光が外に出てくるようになり、まばゆい輝きを持つようになります。
全反射はすべての光が反射されるために光量ロスがなく、この法則を利用してプリズムで光を反射させる場合にも全反射条件で使用します。
 
▼ 光の反射率
 光が異なる媒質から反射する場合、反射率はどのくらいでしょうか。
この項目は、光の反射で紹介すべきなのですが、興味のついでにここで紹介しておきます。
媒質境界面で反射する割り合いは以下の式で表されます。
 
     R = 100 x (P - 1)2 / (P + 1)2  ・・・(Light64)
       R: 反射率
       P: 媒質間の屈折率の比(空気や真空中との比であれば媒質の屈折率)
          P = n2 / n1
          n2:媒質2の屈折率(光が入る側)
          n1:媒質1の屈折率(光を入れる側)
 
 ただし、この式は入射する光が垂直に入る時の場合であって、斜めから入射するときの反射率はこの限りではありません。
斜め入射する場合には、「偏光」という現象も現れます。
偏光に関しては当サイトの「偏光」を参照ください。
 上の反射率を求める式からわかることは、屈折率が高いものほど、界面での反射が大きいことが理解できます。
例えば、水の屈折率は、n = 1.333ですから、反射率は、2.04%になります。
光学ガラス(BK7)では、n = 1.516であるため反射率は4.2%、ダイヤモンド(n = 2.417)では17.2%の反射となります。
ダイヤモンドはかなりの反射をすることがわかります。
屈折率の強い媒質から弱い媒質へ出る時(例えば、ガラス内部から空気中へ光が出る時)の光の反射はどのようなものになるのでしょうか。
この場合も、上式に当てはめて考えてやると、Pの値が1以下の小さな値となりますが反射率は同じ値となって、水から出る光の反射率は、2.04%、光学ガラス(BK7)での反射率は4.2%、ダイヤモンドでは17.2%の反射となります。
つまり、異なった媒質に入る時に反射される量と再び同じ媒質に抜け出る時に反射される量は同じとなります。
従って、ガラス窓に入る光の約4%は反射されて再び抜け出る時も96%の光の4%が反射を受けるため、合計0.96 x 0.96 = 0.922、92.2%の光しか透過せず、7.8%の光がガラスの両面で反射されてロスしてしまいます。
ガラスが何枚もある場合、どれだけの光が反射によってロスするかというと、
 
     Rt = 100 x [1 - (1 - R/100)2m   ・・・(Light65)
       Rt : 複数層(n層)の媒質を透過する光の総合反射率
       R: 媒質の反射率
       m: 透過する媒質(ガラス)の層(枚)数
 
 この式の意味するところは、例えば、コーティングのない眼鏡では、8.2%の光量がロスし、3枚程度のレンズで構成された対物レンズでは22.7%の光量ロスが起きます。
また、3枚の対物レンズと3枚のレンズで作られた接眼レンズを組み合わせた望遠鏡では、40.2%の光量ロスが起き、入射する光は半分程度まで減ってしまいます。
レンズを多く使うズームレンズでは、コーティングを施さない限り実用に耐えないことがお分かりになると思います。
 媒質界面の反射を抑えるためにコーティング(反射防止膜)という手法が取られます(詳細は、コーティング参照)。
コーティングは、光の干渉から応用されたものですが、反射率の原理から言いますと、例えば、空気とガラスの境界面に空気とガラスの中間の屈折率(正確には1 / √2)を持った媒質を光の波長の1/4の膜厚で処理すると反射が極小になるそうです。
 
■ 屈折のたまもの - レンズ
 現在、私達の身の回りにある光学部品、レンズは、光の屈折を非常に巧妙に利用したものです。
人の目もレンズに相違ありません。
カメラのレンズのみならず、光を集める目的のためにもレンズが使われます。
眼鏡、顕微鏡のレンズ、望遠鏡、カメラ用のレンズ、IC部品を製造するリソグラフィ用レンズなど巧緻を極めたレンズが生まれて育っています。
現在のレンズ技術が確立するまでには多くの困難がありました。
レンズ設計を行う場合、屈折につきものの色収差がかならずクローズアップされます。
レンズ設計は、色収差をはじめとする諸収差との折り合い、妥協とこだわりの戦いと言われる所以です。
こうしたレンズの歴史や性質を紹介するのは、もう少し後の章に譲って、光の性質を一通り述べた後に回したいと思います。
 
 
 
 
 
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偏光(Polarization) (2004.05.22追記)
 光の偏光というのはおもしろい現象です。
一般的にはあまり馴染みがありませんが、液晶素子にはなくてはならない光の性質です。光の偏光を利用しなければあれだけシャープな表示装置はできなかったでしょう(液晶については液晶ディスプレーの項を参照してください)
ヘリウムネオンレーザやアルゴンイオンレーザ光も偏光をもった光です。
レーザは光の共振条件を作って光を増幅させて発振させるのですが、偏光の仕組みを使って光が減衰しないようにしています。
従って、この原理を応用しなかったらおそらく世の多くのレーザは発振できなかったでしょう。
ガスレーザは、鏡を使って誘導放出光を光増幅させる際、プラズマチューブとは別に置かれた1対の反射鏡で光を何度も反射させます。
この時に光がガスチューブから出て再び入るとき光の反射が起きます。
それが何度も繰り返されるので反射時の損失が無視できなくなります。
英国物理学者ブリュースター(Sir David Brewster、1781-1868)が発見した偏光角にガラス窓をセットしておくと、偏光した光はガラス面の反射に影響することなく透過することができます。
この恩恵に預かって反射鏡を何度も往復して発振を行うヘリウムネオンレーザが発振できるのです。
こうしたレーザに使われているガラス窓のことをブリュースター窓と呼んでいます。
ブリュースター窓を取り付けたレーザ光は偏光をもったレーザとなります。
また、CDやDVDに使われているオプティカルピックアップにも偏光素子が使われています。
偏光素子を使うことによってディスクのピットの読み取り精度が向上するのです。
鉱物を顕微鏡で観察するときに鉱物の持つ偏光特性を利用して偏光顕微鏡が使われます。
光弾性も偏光を応用したもので、内部応力の観察に利用されています。
自然界では、水の表面やガラス表面で反射した光、それに、青空の散乱光が(太陽から90°の位置がもっとも強い)偏光をもっています。
昆虫の中には、偏光を感じるものがいるそうです。
ミツバチはこの機能を持っているそうです。
ミツバチには複眼がありそれぞれの眼が空の偏光を察知し、自分の位置を太陽の方向を基準とした角度で記憶して巣に戻ってきた時ダンスによって蜜を取ってきた場所を教えていると言われています。
 
液晶モニタに偏光フィルタをかざして回転させると画面が消える。液晶モニタ画面は偏光を持った光である。
 
 偏光は、媒質を透過する時に生じる透過偏光と、媒質表面(光学的透明な媒質表面)で起きる反射偏光、それに青空のように微粒子の散乱によって起きる散乱偏光があります。
透過偏光は、方解石の二重像で明らかにされました。電気石という鉱物にも偏光が認められます。
電気石は、トルマリン(Toumaline)と呼ばれていて、太陽光のエネルギーを受けて電気が発生し、0.06mA程度の微弱な電流が流れることから命名されました。
1880年、フランスの物理学者キューリー夫妻の夫ピエールが兄ジャックと共に電気石の科学的解明を行ったそうです。
雲母(うんも、きらら、mica)にも偏光特性が認められます。
人工的な偏光光学素子としては、1936年に多色性結晶体のヘラパタイト(Herapatite)が作られました。
その後、フィルム(高分子構造体)を一方向に強く引っ張ると偏光を持つ性格が認められたことから、ポリビニルアルコールフィルムを一方向に引っ張って高分子樹脂の鎖を一方向にして、これに沃素をドープして固定させたフィルム偏光板が作られました。
これらは、ポラロイドやダイクロームという商品名で市販されました。
フィルム偏光子よりプリズム偏光子の方が偏光の能力(消光比)が1桁程度良いので、微細な偏光観察が必要な応用には高価であるプリズムを使った偏光子が使われます。
 
■ ポラロイド(Polaroid)の発明 - ランド博士
 偏光板を商品化し、インスタントフィルム事業に進出して巨大な富みを得たのは米国の物理学者エドウィン・H・ランド博士(Edwin Herbert Land:1909-1991)です。
ポラロイド(フィルム)は、今でこそデジタルカメラの勢いに押されて使用される頻度は少なくなりましたが、1950年代から1990年までの40年間のインスタントカメラの役割は重要で、1960年代の米国家庭の半数はポラロイドカメラを持っていたと言います。
ポラロイド社は確固たる市場を築いていました。
そのポラロイド社の源流は、それを遡ること20年、1929年のランド博士による偏光板製造の特許取得と製造販売に始まります。
 ポラロイドという名前の由来は、偏光板 (ポラライザー) とセルロイドの2 つの言葉から造られた合成語です。
「ポラロイド」の名前そのものは、ランド博士の奥さん(Helen Maislen)が彼と結婚する前にSmith Collegeで物理学を専攻し、研究室の教授からポラロイドという名前をもらっていました。
しばらくして、Norwitch Collegeで勉強していたランド氏と結婚し、ポラロイドという名前も嫁入り道具の一つとして持って行ったようです。
ランド氏は、幼い頃より光学、特にブリュースターが1816年に発明した万華鏡に興味を持ち、光学に傾倒していました。
博士は、ハーバード大学時代に偏光現象にのめり込み、中退後、ニューヨーク公立図書館で独学自習を通して偏光に関する文献をよりどころに「ポラロイド」偏光フィルターを商品化したそうです。
1932年2月8日、ハーバード大学物理学専門家会議の席上で、これまでになく薄く幅の広い、シート状の偏光板の合成法の開発アナウンスをおこないました。
当時、偏光板そのものはすでに存在していたのですが、サイズが小さく量産もできず実験室的な規模のものしかありませんでした。これを低コストのシート状にすることが彼の研究課題であり、その発表の前の1929年にパテントを獲得しました。
ランド博士、わずか 20 歳の時のことです。
ポラロイド偏光フィルムの最初のお客さまは、Eastman Kodak社で、カメラレンズフィルタや立体画像を見る眼鏡に使われました。
その後、General Motors, General Electricなど大企業が次々と彼の発明品を利用するようになりました。
  1932年、ランド博士はポラロイド・コーポレーションの母体である、「ランド=ホイールライト・ラボラトリー」を設立しました。
同社の名前を有名にしたポラロイドインスタントフィルムを発明するのは、1947年2月のことです。
ポラロイドは、インスタントフィルムの代名詞となり1990年代まで社会に貢献しました。
ポラロイドフィルムには偏光の技術背景は直接にはなく、ポラロイド社のブランドネームを優先させるためにその名前がつけられました。
 
■ 偏光発見の歴史
 ところで、偏光とはどういうことなのでしょう?
 この性質は、光が学問として体系される中でも比較的後の方になって組み入れられるようになりました。
幾何光学で不十分であった光の回折や干渉は、ホイヘンスやヤングらの光の波動説で一応の完成を見ましたが、偏光の解釈にはなす術をもっていませんでした。
ヤングらは、光は音と一緒で媒質中を粗密波で伝わる縦波だとしていましたが、水面に反射する光が偏光をもっている事が発見されてから光が縦波であるとする根拠が揺らぎました。
 偏光は、1808年、マリュス(Etienne Louis Malus、1775-1812)がガラスや水面からの反射光の特異性の発見から始まります。
その後、1815年フランスの数学者ビオ(Jean Baptiste Biot:1774-1862)が電気石の二色性を発見し、同国人天文学者アラゴ(Dominique Francois Jean Arago:1786-1853)が施光性や結晶干渉を発見し、ついでイギリス人物理学者ブリュースター(Sir David Brewster 1781-1868)によって偏光角の発見が相次ぎ、光の進行方向に対して特別の面を持つことが揺るぎない事実となっていきました。
 
■ 方解石(Calcite)による複屈折現象(Double Refraction)
 マリュス以前にも、光がおかしな屈折をする複屈折現象については知られていました。
透明な結晶体である方解石(Calcite: CaCO3)をかざして見ると、方解石を透過する物体が二重に見えたのです。
これを発見したのは、1669年、デンマークの学者エラスムス・バルトリヌス(Erasmus Bartholinus:1625-1698)でした。
方解石は炭酸カルシウムの結晶構造体で、マッチ箱を押しつぶしたような平行六面体形状をしていて、角面は101°55’の鈍角と78°5’の鋭角で構成されています。
方解石の仲間に石灰岩、大理石などがあります。
これらは同じ炭酸カルシウムでありながら結晶構造になっていないために平行六面体結晶になっていません。
方解石は、容易にへき解(cleavage)し、細かく砕かれても、その形状は小さな平行六面体形状を保っています。
この方解石は、結晶体の中で光を二つにわける性質があったのです。色が分散して光路が変わるのとは違い、波長全域に渡って二つに別れるのです。
その後、二つに別れる原因が結晶中で偏光作用が起きているためだとわかりました。
当時これは、常光線と異常光線の複屈折現象としてとらえられていて、偏光という考え方には到達していませんでした。
反射光による偏光特性が分かりはじめて、方解石の複屈折が偏光であることがわかりました。
偏光は、物質中にもそして反射面でも起きているのです。
この方解石の偏光分離作用を利用して偏光素子(偏光子、検光子)を作ったのが、スコットランドのエジンバラ大学物理学者ニコル(William Nicol:1768-1851、J.C.マクスウェルは彼の教え子)で、1828年のことです。アイスランド産の方解石で作られたニコルプリズムは、波長特性がよく透過損失も少ない性質を持っていました。
しかし、プリズムを回転すると光軸がずれてしまうので、改良を加えたグラン・トムソンプリズム(Glan-Thomson Prism)に置き換えられるようになりました。
 
■ 反射偏光の発見
 フランスの物理学者マリュス(Etienne Louis Malus、1775-1812)は、複屈折の研究から表面反射による偏光を発見した人です。
彼は結晶の複屈折現象について研究を進めている中、ある日の夕方、パリの自宅からリュクサンブール宮殿の窓ガラスが太陽の光を反射しているのを眺め、この反射光を方解石結晶を通して見たところ、二重に見えるはずの窓が一重にしか見えないことを発見しました。
彼は驚き、さらに詳しく調べてみると、方解石を回転するにつれその角度によって二つの像が現れたり消えたりして、方解石を通してみる反射光の明るさも回転によって規則正しく変化しました。
マリュスは最初、この現象を太陽が大気中を通る間に何らかの影響を受けているのだろうと考えましたが、その後、ロウソクを使って水面に反射させた反射光について調べたところ同じ現象が起きていることがわかりました。
彼は、さらに詳しく調べて水面への光の入射を変えていき、52度54分では二重像の一方が完全に消失することをつきとめました。
彼は方解石の実験と水の反射の実験から、光の特質として偏光の現象が透過のみならず反射によっても起きることを発見したのです。
 マリュス以後、多くの研究者達が偏光の研究に携わり、フランスの物理学者フレネル(Augustin Jean Fresnel、1788-1827)が偏光現象を統一的に説明する理論を打ちたてます。
彼は、光は横振動である、という仮説を打ちたて光の偏光を説明したのです。
それまで光は縦振動をするものとして受け入れられていて、学問の大系も組み上げられていました。
光が縦波であるとする当時の体系の根拠は、光の真空中の伝搬です。
波が伝わるのは媒質がなければなりません。
当時、空間にはエーテルと呼ばれる光を伝達する媒質があると信じられていてこのエーテルは稀薄な気体と考えられていたので、横波では真空中を光速で伝達できそうもないからです。
当時は光を弾性波と位置づけていて、波が媒質を振動させ伝搬すると考えられていました。
 光が縦波であるとする学説はアインシュタインの相対性理論で覆され、光は電磁波であるという説が正しく組み入れられました。
マックスウェルがとなえた電磁波理論は、電波や光波は進行方向に対して互いに垂直に電気成分と磁気成分が存在して伝播するというもので、この理論は明らかに電磁波が横波であることを示しています。
  
 
 通常の光は、進行方向に対して横方向(= 垂直方向)に振動する成分がいろいろな方向へ放射していて、偏光では振動成分が一方向に限られたものになっています。
透明媒質の表面では特定の方向に振動をもつ光のみ反射されます。
それがP偏光と呼ばれるものとS偏光と呼ばれるものです。
P偏光は、媒質に入る方向(入射方向)に対して立った角度で入って行く成分(スキーのジャンプで選手が飛んで行く姿勢と同じような角度)で、S偏光は横に寝た成分です。
直感的にP成分の方が媒質にずぶずぶと入る感じがあり、S偏光成分は表面にあたってそのまま跳ね返るような感じを受けます。
その感覚どおりにS偏光は入射角度を変えても絶えず反射が起き、立った角度で入射するP偏光はある角度ではずぶずぶと入ってしまい反射されなくなります。
その入射角度がブリュースター角と呼ばれているもので、その関係式は、
 
     tanθ = n  ・・・(Light66)
       θ: 光線の入射角度
       n: 媒質の屈折率
 
で示されます。
例えば、ガラスの屈折率をn = 1.5 とすると、ブリュースター角は、56.3°になります。
この角度で自然光が入射するとガラス表面で反射されるのはS偏光のみとなります。
したがって、この位置で偏光フィルタを入れれば反射光は除去されます。
 逆に、この角度からP偏光のみの光を入れてやると、光の反射は全くなくなり媒質の中にずぶっと入って行ってしまいます。レーザ発振器のブリュースター窓はこのように設計されています。
 
【Sir David Brewster 1781-1868、ブルースター、ブリュースター】
イギリスの物理学者。
スコットランドに生まれエジンバラ大学を卒業。
大学在学中より光学に興味を持ち望遠鏡などの光学器械を製作した。
17才よりさまざまな物質の屈折率を測定し始めるようになった。
この屈折率を求めて行く中で、1851年「ブルースターの法則」を発見する。
彼は、イギリス科学振興協会の設立(1831)に貢献した。
ブリュースターの法則を発見し偏光の特性を熟知し屈折にも熟知していた彼であったが、光の波動論は認めず、ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)以来唱えられていた光の粒子説に固執した。
彼は、1816年、万華鏡(Kaleidoscope)を発明する。
Kaleidoscopeは、Kalos = beautiful、 eidos = form、 scope = watcher の造語で、彼が名付け1817年特許を取得している。
彼は、この万華鏡を発明してわずか3ヶ月の間に30万個を売りつくしたと言われている。
 
 
【ブルースターの法則、Brewster's Law】
 1851年(ブリュースター70才)に発見した光の反射による法則。
自然な光が透明物質(屈折率n1)から透明物質(屈折率n2)に入るとき、ある特定の角度θで入射する光については入射面に水平な光成分だけが反射されるという法則。
反射される光は最も偏光の強い光が反射される。
この角度θをブリュースター角、または偏光角と呼ぶ。
偏光角を測定すれば第一の媒質の屈折率(n1)がわかっていれば両者で第二の媒質の屈折率(n2)を求めることができる。
ブルースター角は、外部型のガスレーザでレーザ発振をする際に安定して発振させる場合にガスチューブの窓を設計する際に適用され、ブリュースター窓として知られている。
 
 
【Augustin Jean Fresnel、1788-1827、フレネル】
 フランスの物理学者。
ノルマンディーのブロリーに生まれる。
1800年にカーン中央学校に入学。
1804年にパリの理科大学校で土木工学を学び、橋梁築堤学校を経て、政府の技師となった。
光学を始めたのは1814年、26才の時で、ナポレオンの百日天下の動乱の最中、ナポレオンの蜂起に反対して政府の職を辞し無職となった時である。
1818年にアラゴ(Dominique F. J. Arago)の助力でパリでの勤務となり1824年までの6年間は光学者として多くの業績を残した時期となった。
この時期、アラゴと協力して偏光の実験を行っている。
また、灯台監督官に任命された際、有名なフレネルレンズを考案している。
フレネルレンズは、複数枚の薄いレンズを張り合わせて厚いレンズの代用にしたものである。
近年では、プラスチック成形により、一枚板の上に同心円状の角度の違うプリズムを形成し凸レンズとみなしたものがフレネルレンズとして使われている。
地図を見るためのプレートレンズや、OHPプロジェクタの光集光レンズ、一眼レフファインダの集光レンズに利用されている。
1823年にはフランス科学アカデミーの会員に選ばれ、1827年にはイギリスの王立協会からランフォード・メダルを授与された。
 フレネルを有名にしたのは光の波動論の確立である。
それまでの光学は、イギリスのニュートンの影響が強く光の粒子説が主流であった。
19世紀になると結晶などの鉱物の工学的性質が詳しく研究されはじめ、光学理論の再構築化の必要性が出てきた。
1815年、フレネルは「光の回折について」と題する論文で、イギリス人物理学者T. Youngとは別に粒子説の批判を行った。
一方、ラプラスやビオを中心とするフランスの科学アカデミーは、粒子説を指示する立場で、未解決の光の回折現象の理論化を1817年の懸賞問題として取り上げた。
フレネルは科学アカデミーの意向を無視して粒子説を取らずに、オランダのホイヘンスの波の概念、干渉の原理を使って光の回折現象、光の直進性を立証し1818年に提出した。
フレネルの提出した光の波動論は、フランス科学アカデミーの意図に反したが、実験に基づいて数学的に論証したことから翌1819年、賞と賞金が与えられた。
フレネルは、光の伝播について音とのアナロジー(類推)から縦波だと考えていた。
しかし、当時発見された新しい知見、光の偏光や複屈折現象から横波と考えるようになった。
その結果、彼の研究対象が光の波を伝える媒質(エーテル)の動力学的性質を研究し、同国の数学者コーシーに引き継がれ、光の弾性波動論として体系化された。
 
 
■ 直線偏光、円偏光、楕円偏光(Linear Polarization、Circular Polarization、Elliptical Polarization)
 偏光には、レーザ光に見られるような直線偏光と、雲母板を透過してみられるような円偏光が認められています。
偏光にはなぜこのような性質のものがあるのでしょうか。
偏光は振動方向がきれいに揃った光であることは理解できます。
この振動方向がいつも一定の方向にあるのを直線偏光と言い、方向が周期性を持って回転しているのを円偏光、さらに回転する強度も周期的に変わるものを楕円偏光と言っています。
光は電磁波であり、進行方向に対して電界と磁界が直交して進みます。
電界と磁界の位相が同じである時、電磁波(光)の強度は両者の間(両者の45°の位置)で振動します。
この位置はいつも一定なので直線偏光と言います。
電界と磁界の位相がずれた場合、光は円を描いたように螺旋状に進みます。
進行方向からみると回転しているように見えます。
これが円偏光と呼ばれるもので、雲母板を透過した光は円偏光になっています。
円偏光のうち、電界と磁界の強度が違う時、合成される光の強度も位相によって周期的に変わります。
この時の偏光は楕円状に螺旋運動します。これを楕円偏光と言います。
 
■ 1/4波長板(Quarter Wave Plate)
 波長板は、電界と磁界の位相をずらす働きをもったもので、この板を通過した偏光は位相のずれた偏光となります。
波長板は、1/4波長板、1/2波長板が市販されています。
この波長板を使うと、例えば直線偏光が通過すると1/4波長板では電界と磁界に1/4波長のずれがおきるため、それまで直線で偏光していたものが螺旋を描くようになり円偏光となります。
逆に円偏光のものが1/4波長板を通過すると1/4波長ずれますから直線偏光にもどります。1/2波長板は位相が180°ずれるので偏光が反転する働きをもちます。
市販されている波長板は、水晶(合成石英)や雲母で作られています。
また光学材質(BK7)を使って平行六面体のプリズムを作り、プリズムの全反射と複屈折を使ったフレネルロム波長板というものもあります。
フレネルロム波長板は、直線偏光を円偏光に変える1/4波長板と、これを2つ張り合わせた1/2波長板の二つがあります。
 
 
 
 
これらの波長板は、偏光のモードを変える働きを持つものですが、光のセパレーションの目的によく使われます。
波長板が使われている一つの応用として、偏光顕微鏡があります。
鉱石は、一般的に複屈折を起こしやすい結晶を含んでいるので、鉱物組成を調べる上で偏光素子(偏光子、検光子)を顕微鏡に組み入れて使うことが多くあります。
こうした顕微鏡のことを偏光顕微鏡とか岩石顕微鏡と呼んでいます。
偏光顕微鏡に使われている偏光素子には、今まで述べたニコルプリズム、グラン-トンプソンプリズム、ポラロイドなどが使われ、偏光モードを変換するために波長板(1/4波長板、1/2波長板)が使われます。
 
波長板が使われるもう一つの代表的なものとして、我々の身近にあるCD(コンパクトディスク)のピックアップ光学モジュールがあります。
 1973年にオランダのフィリップス社で開発されたCDのデータ読み取り機構には、偏光の特性が巧みに利用されていて、この原理を使ってコンパクトで信頼性の高いデータを読み取ることが可能となりました。
1973年当時はコンパクトな半導体レーザがなかったため、ヘリウムネオンレーザを使って初期モデルが作られました。
半導体レーザは、1970年に実用化されます。
その3年後にCDが開発されるのですが、当時はまだ半導体レーザの性能が安定せず、価格も高価でした。
半導体の性能の向上と低価格化によってCDは大ブレークしたと言っても過言ではありません。
 レーザは、きれいな直線偏光をもった光源で、これを1/4波長板を介してCD面に反射させます。
1/4波長板を通過する際に、直線偏光だったものが位相が1/4波長ずれるため、先に述べたような理由から円偏光になります。
この円偏光は、CD面で反射して回転が変わります。
反射光はもと来た光路を帰る時、再び同じ1/4波長板を通るため直線偏光になります。
この時の直線偏光はもとの偏光成分とは90°ずれた偏光となります。
この戻り光が偏光ビームスプリッタで反射してディテクタに導かれます。
半導体レーザの直線偏光と戻り光の直線偏光は、振動する方向が違うために戻り光がレーザに戻ることはなく100%の光が検出器(ディテクタ)に入ります。
1/4波長板と偏光ビームスプリッタ、レーザ光ならではのなせるわざです。
 ちなみに、レーザ光はどのくらいまでしぼれるかと言うと、光の回折の所でも触れますが、集光スポットの限界は波長に比例し、レンズの開口数に反比例します。
780nmの赤外レーザを使って対物レンズの開口数N.A. = 0.5とすると、1.8umまで絞ることができます。
このビームがCDのピットに照射されます。
ピットの大きさは、短軸0.5um(信号情報によって長軸は変わる)で深さは0.1umです。
レーザ光が1.8umのスポットですから、ピットのサイズに比べて倍程度の大きさのスポットがCDのピットに照射されることになります。
 ピットの深さは極めて重要です。
深さを波長の1/4の長さにしておくと、往復の光路で1/2波長となり、穿ったピットの底が反射面となって強い反射があったとしても1/2波長分で干渉を起こし反射光が減ぜられます。
このことからピットの深さは信号を取り出す上で極めて重要です。
780nmの光の1/4波長は、195nm(0.2um)です。
しかし実際のピットは0.1um(100nm)です。
なぜ2倍も短くなっているのでしょうか。
ピットの前には透明なポリカーボネートが1.2mmあるのでこの分の屈折率を考慮しなければなりません。
ポリカーボネートの屈折率は n = 1.5 なので、1/4波長は130nmとなります。
このことを考慮してもなお30nmほど短く穿たれている計算になります。
この理由は、CDを回転させて信号を読み出す際に、CDの回転振れや倒れなどで必ずしも正しいトラッキングが行われないため、トラッキングエラーを最小にするためには1/8波長にしてやる必要があります。
そこで、トラッキングエラーの最良の値と光の分離(干渉)の最良の中間をとって1/6波長程度とし、100nmのピット深さが採用されているわけです。
光信号の分離がうまくできているおかげで高速読み出しが可能となっているのです。
 
 
 
 
 
 
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光の干渉(Interference)(2004.07.20)
 光の干渉は、光が波であることの決定的な事実です。
しかしこの現象は、我々の周りでは簡単に見い出すことができません。
自然界の光は、いろいろな成分の光が混ざりあっているために干渉現象を見るのは難しいのです。
それに光の波長は音などに比べて極めて短いので現象として我々の目に入りにくいのです。
シャボン玉の虹色の現象は、今でこそ薄膜の干渉による現象として知られていますが、それを科学的に取り上げたニュートンは光の干渉現象として捕らえられていませんでした。
光に干渉現象があることを科学的に説明したのは、ニュートンの死より約50年後に生まれた同国のトーマス・ヤング(Thomas Young、1773-1829)です。
彼は、巧妙な仕掛けを作って太陽光を導き光の干渉を実現して見せました。
彼は、ニュートンと同時代にあって光の波動説を唱えたオランダ人ホイヘンスの理論に息吹を吹き込み、光が波動性を持つことを実験的に検証し、ニュートンが手をつけた薄膜の研究や、ニュートンリングを光の波動理論を使って完全に説明したのです。
 20世紀に発明されたレーザ光を使うと、頻繁に光の干渉を見ることができます。
その理由は、レーザは発振の性質上発光波長が極めてよく近似していて(単色光であり)、波長の位相がとてもよく揃っているからです。
位相が同じでなければ光の共振を起こすことができず増幅もおきませんから、レーザは波長の位相が極めて良好に揃った光ということができます。
波長と位相が揃った光をコヒーレント光(coherent)と言います。
コヒーレントな光の性質のおかげでレーザは実に多くの応用が考え出されました。
例えば、レーザを使った長さの測定は、レーザ光の波長単位での計測ができます。
位相がそろっていますから簡単に干渉を起こすことができ、干渉の強弱により波長単位の測定が可能になっています。
光学測定機器では光の干渉原理を利用したものも少なくなく、代表的なものでは、ニュートンリング、マイケルソンの干渉計、ファブリ・ペロー干渉計、マッハ・ツェンダ干渉計などがあります。
ニュートンリングは、光学部品の研磨精度を検査する時に用いる光学原器で干渉縞によって波長レベル(nm)の平面度を検査することができます。
マイケルソン干渉計は、「光速と長さ」の項目でも述べましたように長さを波長レベルで測定することが可能な器械です。
ファブリ・ペロー干渉計(Fabry-Perot Interferometer)は、「アルゴンレーザのエタロン」の所でも触れました。
この干渉計は、極めて精度の高い波長成分を取り出すことができる光学装置です。
マッハ・ツェンダ干渉計(Mach-Zender Interferometer)は、透明媒質の密度差を測定するのに使われます。
 レンズコーティングは、薄膜上の光の干渉です。
この他、光学フィルターとして光学ガラス面に金属、非金属の薄膜を蒸着させて一種のファブリ・ペロー干渉条件を作った干渉フィルタがあります。
このフィルタは、バンドパスフィルタ(Bandpass Filter)とも呼ばれているもので分光の研究に使われています。
このフィルタは、分光器(光の回折の所で詳述)よりも性能は落ちるものの安価であり、レンズに装着できるので映像機器(カメラ)と組み合わせて使われます。
 
■ 眼鏡の反射防止膜(AR 〔= Anti Reflective〕 Coating)
 メガネをはめていると、メガネの表面で反射される光がまことに煩わしくて眼が疲れます。
今でこそ眼鏡にコーティングが施されているのは当たり前ですが、私の高校時代(1970年代前半)はコーティングを施してある眼鏡の方が珍しく高価でした。
レンズ表面にうっすらとかかったアンバーやマゼンタ、グリーンのコーティング色を見ると神秘的な気持ちになったものでした。
高級一眼レフカメラのレンズに(マルチ)コーティングが施されるようになったのも1970年代だと記憶しています。
最近のメガネは、ほとんどがマルチコーティングが施されていて表面の反射がなく(あっても極めて微小)、クリアな視界を提供してくれます。
透明体の表面に薄膜を塗布すると表面での反射が著しく減ぜられて透過がよくなる特性があります。
ガラス表面の反射は、約5%と言われていて、単層膜のコーティングでは2%程度になり、3層膜コーティングでは、可視光全体を0.1%程度に抑えることができます。
 ガラスのような透明体の表面に薄膜を形成させるとなぜ反射が減ぜられて透過が良くなるのでしょうか?
これは光が波であることの大きな証しでもあります。
透明体の表面で反射が起きるということは、光が媒質の中に入って行くことが困難であるとも取れます。
光が中に入ろうとして押し返されてしまうようなものです。
薄膜は光の波長レベルまで薄い膜でできていて光が媒質に入りやすくしていると考えられなくもありません。
光学では薄膜による干渉によって反射が防止できると説明しています。
光の波長レベルの薄膜を媒質に付着させることによって、媒質の界面を効率良くくぐり抜けられるようになるようです。
私は、今まで反射防止膜の現象について以下のような考えに縛られ無限ループに陥っていました。
 
反射防止膜に関する本を読んでいると、反射した光と防止膜で反射した光の波長がお互いに打ち消し合って反射光を無くしている、という記述をよく目にする。
とすると、100ある入射光のうちの5つが表面で反射し(5%の反射という意味)、コーティング面で位相が逆転して1/2波長ずれた光の3つが反射して追いかけるようにして打ち消し合う。
3つの光が追いかけるので、先に5つの反射した光のうち3つ分だけ打ち消されるけれど2つは生き残って反射光として残る。
であるならば、100の光は5つと3つの光で互いに相殺されるので8つの光が消耗してしまい、92しか透過しない! 
しかし、現実は、2つの光だけが反射して98の光が透過している!!
 
私は、この問題の解答を自分で見つけだすまでに(どの参考書を見てもこの素朴な疑問に答えてくれなかったので)かなりの時間がかかりました。
今は、自分なりに先に述べたような考えを持つに至っています。
 
媒質に入射する光は、以下の関係によって光が伝達されます。
 
     入射する光(LIN = 反射する光(Lref + 屈折透過する光(LOUT + 吸収・散乱する光(Labs  ・・・(Light67)
 
つまり、一連の流れの中の光は(→ここで言う一連の流れとは、一つのソースから放射された光という意味であり、別々のソースから来た光ではないという意味です)、反射と吸収によって排除された残りの光で進んで行くと言うものです。
100の光があって、それが表面で4反射されると残りは96となります。
96の光が媒質中で16分吸収されると、80の光となって透過する計算になります。
ですから、反射の際に4つ分ではなくて1つ分だけ減ぜられると、反射の過程では100の光は99が残る計算になります。
 波と言うのは面白いもので、電気信号の波でも同様の現象が見られます。
ビデオ信号を接続するのに同軸ケーブルというのを使っていますが、この同軸ケーブルも似たような性質があって、75Ωのインピーダンスマッチングさせたケーブルを使うと、理論上、無限大にケーブルを延ばしても電気信号は減衰せずに伝播する、というものです。
もちろん無限大に延ばして使用できるビデオ信号の周波数帯域があり、ビデオ信号が採用している周波数帯域ではケーブル内で一種の共振現象がおこって、波が安定し、減衰を抑えて信号を伝播させるのです。
光の分野の薄膜においてもビデオ帯域の同軸ケーブルと同じような共振条件が揃う条件があり、「光の波長レベルで共振条件をつくり出して、光の方向を反射から透過へ振り向けグイグイと光を媒質に送り込む」、と、そんなイメージを抱いています。
 話が横道にそれましたが、光の干渉を利用した反射防止膜の膜厚は光の波長の1/4波長、もしくは1/2波長です。
その厚さはサブミクロンに相当しています。
 
■ ニュートンの薄膜研究(Thin Layer)
 薄膜に光の干渉作用があることを最初に研究した人は、英国の物理学者ニュートン(Sir Isaac Newton: 1642-1727)でした。
研究を始めたのは、ニュートンが永年住み慣れたケンブリッジから、1696年に造幣局長の椅子を得てロンドンの邸宅に移り住み始めた頃のことです。
彼が邸宅の窓よりシャボン玉を吹いていたのを通行人が見て、子供のようなニュートンにロンドン市中で評判になったそうです。
彼は童心に帰ってシャボン玉遊びに夢中になっていたわけではありませんでした。
彼はシャボン玉に浮き上がる玉虫色の紋様をながめながら、シャボン玉が水の薄膜でできていることを認識しシャボン玉の大きさで膜の厚さが変化し、その変化によって表面の色が変化することを克明に記録しました。
シャボン玉は吹き初めの液膜が厚いときは無色ですが、大きくなるに従い(膜が薄くなるに従い)鮮やかな色がつきはじめ、青色から黄色、赤の順序で色が変わっていき、ついにはほとんど色彩がなくなって銀白となり、最後は真っ黒の膜となって破裂します。
このような観察をしたニュートンでしたが、膜の厚さと色のつき具合までは測定できませんでした。
しかし、彼の観察に敬意を表して、膜の厚さと色の関係を一覧表にするにあたってこれをニュートンスケールと呼んで使われているそうです。
光の干渉によって起きるシャボン玉の色は、液膜が1ミクロン程度で赤色になり、0.5ミクロンで紫、0.3ミクロンで白、0.1ミクロンで黒になるそうです。
いずれにしても、光の1波長程度の膜厚間で光の干渉が起きているのです。
 
■ レンズコーティング(Lens Coating) (2004.12.25追記)
 薄膜の干渉の重要な応用として、コーティング技術があります。
コーティングとは、ガラスの表面にガラスの屈折率とは違う材料の薄膜を正確な厚さで重ね合わせるものです。
写真レンズでは反射光を減らすために単層の反射防止膜を施したものが広く使われています。
 レンズにコーティングを施すことを最初に試みたのは、イギリス人の光学学者のデニス・テーラー(H. Dennis Taylor:1862 - 1943)でした。
彼は、1894年にレンズ焼けをおこしている古いレンズから偶然に反射防止膜を発見したそうです。
彼はこの経験を元にレンズ表面を酸化処理させてコーティングを施す処理を考え1904年に特許を取得しました。
しかしながらこのレンズは、製造にばらつきが出て性能的にあまり芳しいものではありませんでした。
 レンズコーティング手法を確立したのは、1936年、ドイツの Carl Zeiss(ツァイス)社のAlexander Smakula博士です。
彼は、真空容器の中にレンズを起き、これにフッ化マグネシウム(MgF2、n = 1.38)を過熱させて蒸発させレンズ表面に付着させるという真空蒸着手法を考案したのです。
ドイツのZeiss社が開発したレンズコーティング技術は、ドイツ軍のトップシークレットとして公開されず、彼等の軍用光学機器(測距儀や双眼鏡)に使われました。
コーティングを施したツァイスの双眼鏡は70%も明るさを増し(当然フレアがなく切れが良い)、ドイツ軍の頼もしい装備品となりました。
レンズコーティング技術が公開されたのは第二次世界大戦が終わってからでした。
(別の文献によりますと、真空蒸着を行ったのは、同じ年1936年に米国カルフォルニア工科大学のストロング(J.D. Strong)で、彼は、真空中(10-4torr以下)でガラスを置いてフッ化カルシウムを加熱して蒸着したそうです。この蒸着は初期のものは爪などでこするとすぐに剥げてしまう代物でしたがレンズを加熱することにより強い膜ができるようになりました。Strong博士はパロマ天文台の天体望遠鏡に関する研究に従事し鏡のコーティングの研究をされていたようです。)
 レンズにコーティングを施さない場合、空気中からガラスへ光が垂直入射すると、フレネルの反射則に従ってガラスの屈折率が1.5の時に4%の反射になります。
これが屈折率1.6に増えると反射率も5.3%に増えます。
レンズは大抵一枚ではなく複数枚のレンズで構成されるのでレンズを光が透過する毎にレンズ表面で反射を繰り返します。
レンズ枚数をmとすると、入射する100%光は以下の式によって、
 
     Rt = 100 x [1 - (1 - R/100)2m  ・・・(Light65)(前述)
       Rt : 複数層(n層)の媒質を透過する光の総合反射率
       R: 媒質の反射率
       m: 透過する媒質(ガラス)の層(枚)数
 
(1 - R/100)2mの光しか透過しないことになります。
 また、レンズで反射された光は、その前にレンズが置かれているとその面で反射されて再び主光線の方向に入り込んで最終的にカメラにレンズで反射された散乱光が入ってきます。
これらの反射光はレンズごとに何度も繰り替えされるため像を構成する光とはならず撮像面を照らすノイズ光になります。
この光は、つまり、像のコントラストを低下させたりフレアっぽい画像となります。
レンズ表面反射による散乱光は、レンズの枚数が多くなると急激に多くなります。
レンズコーティング技術は、レンズ枚数の多いズームレンズや高性能レンズにとって朗報でした。
表面反射と反射によるフレアのために使い物にならなかったレンズ群の多いレンズが主役の座を占めるようになりました。
 コーティング技術は、第二次世界大戦後にドイツZeiss社の技術が公開された真空蒸着法によって丈夫な単層反射防止膜が作られるようになり、Zeiss社の特許が切れた1960年代から急速な普及を見ます。
それまで4%以上もあった反射を可視光領域全般で1.2〜1.4%に減ずることができ、透過率を飛躍的に向上させることができました。
 薄膜の屈折率がガラスの屈折率より小さい場合、そして、膜の光学的厚さが光の波長の1/4の場合(光がガラス面にあたって反射するので、光の反射光路は波長の1/2になります)、垂直入射光に対する位相が反転し(180°)干渉によって反射光の強度が最小となります。
薄膜は、フッ化マグネウム(屈折率1.38)を使うことが多く、この薄膜コーティングによって先に述べた反射率を4%から1.2%へ減ずることができ、レンズ内を効率よく透過させることができるようになりました。
しかし、単純に単層のコーティングを施しただけでは、400nmから700nmの波長を持つ可視光全域にわたってうまく消すことができません。
人間の眼が緑色に対して感度が高いため、レンズ自身に緑色を多く透過させることを主目的に緑色部の透過を良くするコーティングを施しています。
こうすると赤と青の反射が強く出てしまうため、コーティング面の色が赤紫(マゼンタ)に見えます。
一般の写真は、眼に比べて青色方向に感度があるので、人間の感度中心よりは中心波長を青に寄せるように設計されています。
したがって、そのような写真レンズでは黄橙色(アンバー)色のコーティング反射光が見えるようになります。
 
 
 
 
 コーティング材の薄膜は、微視的にみるとその表面で反射がおきています。
つまり、反射防止膜を施しても、反射光を0にすることは不可能なのです。
射防止のために必要な薄膜の条件は以下の二つです。
 
     反射防止膜の屈折率
       n = √(ng  ・・・(Light68)
     反射防止膜の膜厚
       n x d = m x λ / 4  ・・・(Light69)
         n: 反射防止膜の屈折率
         ng:ガラスの屈折率
         d: 反射防止膜の厚さ
         λ: 透過光波長
        m: 整数 m = 1、2、3、・・・ 
 
 理想の反射防止膜の屈折率は母材料であるガラスの屈折率の平方根です。
ガラスの屈折率が1.51である場合に要求される反射防止膜の屈折率は1.23となります。
今のところ、低い屈折率で丈夫な膜を形成する材料は見出されていません。
そこで、使用可能な材料を使って単層膜を二層、三層と重ね合わせて垂直入射光に対する反射光を減じ、併せて広いスペクトル域に渡ってこの値を低く抑える多層膜技術が開発されました。
現在、反射防止膜として使用できる材料は、
 
   フッ化マグネシウム(MgF2、n = 1.38)
   硫化亜鉛(ZnS、n = 2.4)
   氷晶石(Na3AlF6、 n = 1.35)
 
などに限られているそうです。
この他に、
 
   フッ化セシウム(CeF3)
   酸化シリコン(SiO2)
   酸化アルミニウム(Al2O3)
 
などがありますが、安定した蒸着をレンズ上に行うにはテクニックがいるそうです。 
 上の写真のレンズは、Pentaxカメラのズームレンズf40mm〜f80mmF2.8/4で、1979年(今から25年前)に購入したものです。
レンズ前面にSMC(Super Multi Coated)と刻印されていて多層膜コーティングを誇らし気に示しています。
ペンタックスは1970年代初めからマルチコーティングを始めています。
私がこのズームレンズを買った当時は、まだ像の切れが甘くシングルレンズ(単焦点距離レンズ)の切れ味にくらべると、画質はほど遠いものでした。
このレンズはコーティングが玉虫色に見えて、当時の他のレンズに比べてレンズ面がとてもきれいでした。
マゼンタとブルーの反射が強く見えます。
そんなわけでコーティングの参考にと載せたまでです。
このレンズは、私の所有するレンズの中ではあまり活躍せずに現役をほぼ終わりつつあります。
今のズームレンズの画質はかなり良くなっています。
 
■ 干渉フィルタ(Interference Filter, Bandpass Filter) (2004.07.20)
 干渉フィルタは、バンドパスフィルタとも呼ばれています。
フィルタには、干渉フィルタとは構造が異なる吸収フィルタがあります。
吸収フィルタは、ガラスを着色して希望する光の波長を透過させて残りは吸収させるものです。
干渉フィルタは、光の干渉原理を使って選択透過させるものです。
従って干渉フィルタの方が狭い帯域の光を透過させることができます。干渉フィルタは、光学プレート(ガラス基板)上に薄膜を形成させるので、レンズコーティングと似ています。
しかし、コーティングが薄膜の干渉によって反射を弱める働きをするのに対し、干渉フィルタは1対(2層)の半透明薄膜の間に透明膜を挟む構造となっていて、1対の半透明膜で挟まれた透明膜の膜厚で干渉を起こして光が選択透過されます。
この原理は、ファブリ・ペロー(Fabry-Perot)の干渉原理と同じです。
ファブリ・ペローの干渉についてはレーザのエタロンの項目を参照下さい。
こうしてできた干渉フィルタは、光の波長レベルの膜厚を精密に調整して製作することによって極めて狭い波長帯域を透過させることができます。
選択透過する波長は透明膜の膜厚で決まります。
干渉フィルタの基本原理はファブリ・ペローの干渉ですから、干渉によって透過する波長は、膜厚の整数倍の波長(もしくは整数倍分の1の波長)となります。
従って、可視光域の干渉フィルタでは、その倍の波長である赤外域に透過する帯域ができてしまいます。
紫外域にも透過帯域が現れますが、基板ガラスが紫外域を透過しない光学ガラスであれば、この帯域をカットすることができます。
石英ガラスを基板とした紫外フィルタでは赤色領域に副次透過光が現れます。
副次干渉透過光をカットしたい場合は、紫外干渉フィルタの後ろに赤色カットフィルタを挿入して2枚で使用します。
 干渉フィルタの使用に際しては、入射光はフィルターに対して垂直に入れる必要があります。
干渉フィルタの原理は、先に説明しましたように膜厚によって透過波長が決まります。
従って、入射光が斜めから入る場合には膜厚の光学的距離が変わるためそれによって干渉を起こす波長が変わり、中心波長は短波長にシフトします。
例えば、入射角度0で設計された中心波長632.8nmの干渉フィルタに入射角度5°で光を入射させると、中心波長は631.5nmとなり2.3nm(係数にして0.998)分だけ短波長側によります。
従って、広角レンズに干渉フィルタを装着するときは、透過波長に注意をする必要があります。
 
 
▲ 金属干渉フィルタ、非金属(誘電体)干渉フィルタ
 干渉フィルタを作る際に、金属蒸着を使ったものを金属干渉フィルタと言います。
使用する金属は、ミラー製作と同じ材料のアルミニウム、白金、銀、クロムなどが使われます。
これらの金属を厚く蒸着させると間違いなくミラーになってしまいますが、薄い蒸着を施すと半透明金属膜となります。
半透明膜はハーフミラーとしても馴染みのあるものです。
この金属膜の間に膜厚を精密に制御した(1/2波長もしくは1/4波長の)非吸収透明膜(フッ化マグネシウムなど)を蒸着させて干渉条件を成立させますと、立ち上がりのするどい干渉フィルタが出来上がります。
金属膜に変えて非金属(誘電体)膜で作られた干渉フィルタを非金属(誘電体)干渉フィルタと言います。
材料は、硫化亜鉛(ZnS、屈折率 n = 2.35)、氷晶石(Cryolite、クライオライト、AlF3・3NaF、屈折率 n = 1.35)などが使われます。
このタイプの干渉フィルタ(誘電体多層膜フィルタ)では、このような材料を何層も重ね合わせた多層膜構造が主流です。
多層膜にすることにより透過中心波長を正確にし、その幅を狭くすることができます。
非金属(誘電体)干渉フィルタは、金属干渉フィルタと比べて光の反射が少ないので透過波長のピークが高く、半値巾も狭いという特徴を持っています。
 
■ ダイクロイックミラー(Dichroic Mirror) 
 ダイクロイックミラーは、非金属干渉フィルタの特殊なもので三色分解用フィルタとして開発されました。
CCDカメラを3つ使ってカラーカメラを作るときにCCD撮像素子の前にこの光学系を配置して、R.G.B.(赤・緑・青)を効率よく色分解させてそれぞれの色に反応するCCD素子に導きます。
ダイクロイックの本来の意味は、di = 2つの、choroic = 色の、という合成語で二色性という意味です。
つまり色を二つに分けるフィルタがダイクロイックミラーということになります。
3色分解フィルタは、ダイクロイックミラーを二つ使います。
一番目のミラーで青と緑・赤の2つに分け、二番目のミラーで緑と赤に分けます。
ダイクロイックミラーは、吸収フィルタ(余分な光をフィルタで吸収して希望する光だけを透過させるフィルタ)ではないので、光のロスが少なく効率良く光を分解することができます。
干渉原理のなせる技です。
入射した光を2方向に分ける必要上、ミラーは入射光に対し45°に傾けて設置され、希望する波長の光を入射光に対して90°方向に反射させ残りを透過させます。
反射させる光は比較的広帯域で、干渉フィルタよりも広い範囲の波長を反射させることができます。
 
■ コールドミラー・コールドフィルタ 
 コールドミラーは、熱反射ミラーとも呼ばれているもので、映写機や液晶プロジェクタ光源部の熱線反射ミラーとして使われています。
映画フィルムは、その昔、支持母材にセルロイドが使われていました。
セルロイドは着火性がとても良くて、一度火がつくと勢い良く燃えます。
そんな危険なセルロイドが映画用のフィルムに何故使われていたのかというと、寸法安定性がよかったからです。
昔は眼鏡のフレームにもセルロイドが使われていました。
危険なフィルムを使っていたおかげで映画館の中の映写技師は火薬の中で火遊びをしているような心境だったと思います。
実際、映画館の火災事故は多く、事実、20年ほど前(1984年9月3日)には、東京都中央区の東京国立近代美術館フィルムセンター倉庫から出火し,330本にも及ぶ古い名画フィルムが焼失しました。
フィルムに余分な熱を加えない工夫が、光源からの熱をコールドミラーによって排除して光だけをフィルムに集める工夫でした。
フィルムプロジェクタや液晶プロジェクタ、ショーウィンドウの光源などにも熱反射タイプのコールドミラーやコールドフィルタが使われています。
 
■ 薄膜技術のまとめ(Thin Layers Technology) 
 光の干渉を巧みに利用した製品は多くが薄膜技術で成り立っていることがわかります。
薄膜の使い方で光をうまく透過させたり反射させたりできます。
その薄膜での光の干渉をまとめたのが以下の式です。
 薄膜コーティングは、波長の厚さ分を目安に蒸着されます。
面白いことに、光は屈折率が変化する面で2者の屈折率の度合いによって反射の位相が反転したり同じであったりします。
空気からガラス、水に入るような低い屈折率の媒質から高い媒質に入る時は位相が反転し、逆にガラス、水から空気に抜ける時の反射は位相が同じになります。
従って、
 
     2 n d cosβ = m λ  ・・・(Light70)
     2 n d cosβ = (m-1/2) λ  ・・・(Light71)
        n : 薄膜の屈折率             
        d : 薄膜の厚さ             
        β : 屈折角             
        m : 整数(1、2、・・・) 
            
という関係式は、空気から水面に浮かんだ油膜(空気の屈折率 = 1.00、油膜の屈折率 = 1.4、水の屈折率 = 1.33)では上の2式の上段の式で反射光が打ち消され、下段の式で強調されます。
また、レンズコーティング(空気の屈折率 = 1.00、コーティング材の屈折率 = 1.2、ガラス屈折率 = 1.5)では、油膜のケースとは逆に上の2式の上段の式で強調され、下段の式で打ち消されます。
このように媒質の違いによって反射面での光の位相が反転するために、同じ膜厚でも媒質の違いによって光が打ち消さたり強調されたりします。
 
膜厚の関係式
低屈折→高l屈折の反射
高l屈折→低屈折の反射
2 n d cosβ = m λ
位相が反転 打ち消される
位相同じ 強調される
2 n d cosβ = (m-1/2) λ
位相が反転 強調される
位相同じ 打ち消される
膜厚と干渉の関係
 
 
 
■ 干渉と回折の祖 - トーマス・ヤング(Thomas Young:1773-1829)
 トーマス・ヤングについては、本サイトでたびたび出てきています。
ニュートンと共にヤングは、光学の世界では忘れてはいけない先駆者です。
ニュートンとヤングは同じイギリス人ですが、同時代の人ではありません。